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| みわっち。の『それさえも恐らくは平穏な日々』 |
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| 1906. 2003年11月18日 19時01分43秒 投稿:森下祐行 |
| 砂時計さま。 ごめんなさい。わたしの発言も、砂時計さまに向けたものではなく、 一種の独り言みたいなものでした。じゃあ、ここに書くなよ>おれ 発言の1903は無視してください。(発言削除すると、前後の関係が さらに混乱すると思うので、あえてしません) |
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| 1905. 2003年11月18日 15時04分14秒 投稿:砂時計 |
| えーと、もしかしたら誤解を与えてしまったかもしれないので、少しだけ。 前の書きこみは、「綾辻以前は社会派全盛」と思っている人の主観についての一つの推測であって、自分は「アクチュアリティを重視した作風」の作家・作品が日本のミステリ全体の中で支配的だったと考えているわけではありません。 それはそうと、パソコン上では「綾辻」の「辻」の字が正しく変換できなくて歯痒いな……。 ではでは。 |
| [219.109.153.127][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.0; Windows 95)] |
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1904. 2003年11月17日 23時45分24秒
投稿:桐生未月 [http://www.h2.dion.ne.jp/~schroe/] |
| ・・・議論の最中、お邪魔してごめんなさい(笑)桐生です。 昨日はどうもお疲れ様でした。 みわっち。さんのおかげで前売りの値段で入れましたし、アニメソングが多いカラオケにも行けました(笑) また何かの機会がありましたらぜひ誘ってくださいね。 喉を鍛えて楽しみにしています。 |
| [218.222.110.252][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)] |
| 1903. 2003年11月17日 20時25分15秒 投稿:森下祐行 |
| 砂時計さま 「アクチュアリティを重視した作風」というのが綾辻以降と以前を 分けるキーワードというのは、同感です。 「リアリティ」ではなく「アクチュアリティ」ですね。 しかし、現在でもアクチュアリティを重視した作風は継続していますから、 日本のミステリの「全体」を綾辻以降と以前に分けるのは、いくらなんでも 無理だろう、というのがわたしの意見です。 「新本格」といわれるミステリを進化の結論として、その発生の過程を過去 にさかのぼって理屈つけようとするのなら、それなりに理解できますが。 でも、それは「全体像」ではないでしょう。 このへん、今度、またどこかに書いてみたいです。 |
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| 1902. 2003年11月17日 12時19分55秒 投稿:砂時計 |
| SAMANAさまの書きこみを読んで再読してみたくなり、『推理日記II』を本棚から出しました。で、気がついたこと。 以前『黄色い部屋はいかに改装されたか?』を読み返した時に、記憶にあった「「黄色い部屋」は改装しなくてもいい。そこに現代人を住まわせればいいのだ」という文が見当たらず「あれ?」と思ったんですが、これ、『推理日記II』で読んだ言葉だったんですね。 今までひっかかっていたのが、おかげでスッキリしました。 みわっち。さま 大したことではないのですが、一応、自分が「1884」の書きこみの前の時点で口を挟むつもりだったことを書きますと、 森村誠一を含め、当時「新本格」と呼ばれた作品群には、 「謎解きの面白さ」と「アクチュアリティを重視した作風」のハイブリッド という大きな特徴があったと思うのですが、森下さまは、森村作品の主に謎解き部分に関わるプロット面を指して「古いタイプの本格」と表現し、みわっち。さまは(単に読んだことがないからということやタイトルの印象だけではなく)、アクチュアリティを重視した作風の匂いを嗅ぎ取って、「社会派」のイメージを抱かれたのではないかと自分には感じられました(違ってたらすみません)。 これに関係したことですが、どうも、綾辻デビュー以前は社会派全盛であった、と主張する人の多くは、謎解き興味の強さに関わらず(また「社会派」と呼べるようなテーマ性の有無にも関係なく)、アクチュアリティを重視した作家・作品群を全てひっくるめて「社会派」と呼んでいるフシがあるように思えるんですよね。 そこらへんの認識の違いが問題の一因なのかも。 ……といった思いつきを書いてみようかなと思っていたのでした。 |
| [219.109.153.127][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.0; Windows 95)] |
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1901. 2003年11月16日 12時02分36秒
投稿:森下祐行 [http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm] |
| ないとーさま >ポケミスが何点か現役です。なぜか、ブラウンはまとめて買う人が多いような。 そーでしたね。前の文章を書いたあとで、よく考えたら、たしかに 当のポケミスで、何点か現役だったような。 C・ブラウンは読むと癖になるので、まとめ買いも分かる気がします。 |
| [61.114.221.53][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.16; Mac_PowerPC)] |
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1900. 2003年11月15日 23時47分22秒
投稿:ないとー [http://www7.plala.or.jp/schizophonic/] |
| 論争、楽しく読ませてもらってます。 ちょっとだけ、些細なことですが、ツッコミを。 森下さん >現在、カーター・ブラウンは新刊書店では一冊も読めないハズですが、 ポケミスが何点か現役です。なぜか、ブラウンはまとめて買う人が多いような。 「我が青春のブラウン」ということなんでしょうか^^ |
| [220.221.66.44][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.16; Mac_PowerPC)] |
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1899. 2003年11月15日 00時05分16秒
投稿:SAMANA [http://www.asahi-net.or.jp/~yu4m-nkns/index] |
16号室SAMANAです〜。 �犧缶醉劉瓩諒源�を見かけたので、少しお邪魔を(笑)。 佐野洋VS都筑道夫の「名探偵論争」は、確かに佐野洋の エッセイ集となる『推理日記』におさめられています。 手持ちの本でいえば、『推理日記2』(講談社文庫)の 11〜14にあたります。もちろん佐野洋の文章だけで なく、都筑道夫の文章もおさめられています。 ※タイトル中の�爍沖瓩蓮∨榲�はローマ数字表記 ※まず間違いなく絶版…かな(汗)? ※原題は『新推理日記』とのことなので、単行本 でのタイトルは『新推理日記』かもしれません。 ※単行本の文庫化の際、エッセイ集は所収内容が 変わってしまう場合がままありますが、この論 争部分は一種の目玉でしょうから、まず単行本 にも含まれていると思われます。 といったあたりです。 少しはお役にたてた……かなぁ(汗)? 余談。 光文社文庫の「都筑道夫コレクション」11月新刊の『魔界 風雲録』。併作の短編が気になったので、やっぱり買っちゃい ました(笑)。恐らく厄年あたりで読むことになりそうですが、 今から楽しみでございます〜(笑)。 そいでは!! |
| [211.132.45.26][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.1.4322)] |
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1898. 2003年11月14日 23時24分08秒
投稿:森下祐行 [http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm] |
| 砂時計さま はい。この3点が主要部分です。 手際よくまとめていただいて助かります。 みわっち。さま なしくずし的に反論しちゃいます。ごめんね。 引用された文章はかなり感情的に書いています。(笑)誤解をされないよ うに弁解すると、わたしはクリスティやカーの絶版本(入手困難本)をさ がして高校時代、走り回ったこともあるんですよ。ホントの話です。 (『予告殺人』や『一角獣の謎』を見つけたときはうれしかった!) この部分は、一般的なミステリファンにとっては、クリスティだろうが カーだろうがカーター・ブラウンだろうが、代表作が読めれば、それでい いんじゃないの、という意味で言ったつもりです。常にあらゆる作家の全 作品がインプリントされることは不可能だし、その必要もないでしょう。 カーター・ブラウンだって一部の作品が読めれば充分です。(現在、カー ター・ブラウンは新刊書店では一冊も読めないハズですが、それは当然だと 思っています。時代が違いますから)それをあえて全作読もうとするのは 酔狂な人間のすることで、そういう輩は青春を棒にふっても当然です。 わたしの文章は、それを誰かのせいにしてないでしょう? そこは認めて下さいな。 あと、都筑道夫と佐野洋の論争は、たしか『推理日記』のどれかの収録されて なかったかなあ? 記憶が不確かです。 |
| [211.132.37.245][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.16; Mac_PowerPC)] |
| 1897. 2003年11月14日 17時21分01秒 投稿:砂時計 |
| みわっち。さま お言葉に甘えまして適宜口を挟ませていただくかもしれません。 ただ、その前に、御二人の議論を読ませていただいていて、論点がいまひとつ不明瞭なまま、細かい部分の主張に対しての反論が行ったり来たりしているように感じられますので、ポイントを明確にしたほうが良いかと思います。 自分が読んだ限りでは、森下さまの主張で重要な部分は、 1.ポケミスの絶版は本格ミステリに限ったことではないし、本格の新作は出版されていた。出版社に本格を絶滅させる意図などなく、ポケミスが「本格の敵」だったわけでもない。 2.「作家が書くことをはばかられ、出版社も眉をひそめる」というような意味での“本格ミステリ冬の時代”はない。 3.芦辺氏の文章には、何も知らない読者に対して誤った歴史観を植え付けるような、事実との相違や妥当性を欠いた表現がある。 といったあたりだと受け取ったのですが、どうでしょうか?>森下さま。 (修正・再投稿により、下二つの書きこみを削除しました。すみません) |
| [219.109.153.127][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.0; Windows 95)] |
| 1894. 2003年11月14日 03時27分32秒 投稿:みわっち。 |
| 11月13日『麿の酩酊事件簿 月に酔』読了しました、みわっち。です。 第一章の「診察券を忘れずに」が私のお気に入り。シリーズ全体通してみても、小味が効いていて面白いですね。謎解きと恋の行方のバランスが絶妙。「きっとこうなるんだろうなあ」と思わせつつも何処で幕引きになるのか楽しみです。 ★★で、「1884」書き込みへのレスです。 >砂時計さま まずは、昭和32〜42年までの名探偵の拾い上げありがとうございます。 <口を挟んでみたい事もあったのですが、 うわぁ。気になる、物凄く気になります!ぜひ口を挟んでいただきたいです。機会があればぜひよろしくです。ぺこり。 <自分にとっては魅力的な面々が並んでいるので、「冬の時代」とは呼びたくないなあ、と思ってみたりします。 「1892」の私のカキコの繰り返しになりますが、「それだけの名探偵が生まれたから、冬の時代ではなかった」のか「冬の時代だったから、それだけの名探偵しか生まれなかった」のか、受け取り手の主観で180度様相は変わってしまうのですが、その辺を客観的に確定させるのは非常に難しいですね。 追伸 地上最大のカー問答、読みました。確かに都筑道夫の言いたかった事は誤解されているんじゃないか、と思います。それにしても二階堂黎人って……(苦笑)。 ★★では、「1885」書き込みのレスです。 >森下祐行さま <十年間でひとけたでは、やっぱり“名探偵冬の時代”といわれても <否定できないかなあ。 すいません。その辺で実は教えを請いたい部分がございまして。都筑道夫と佐野洋でしたっけ?、名探偵の存在を巡る論争が行われたのは。そういう事が過去にあった、とは聞き及んでいるのですが、恥ずかしい話、二人がどんな論を展開して行ったのか、実物を未だ読んでいないものですから、今でも手に入るものなら「読みたいなあ」と思うのですが、どんなものでしょうか?ぜひぜひご教示くださいませ。 ★★「1887」書き込みのレスです。 >森下祐行さま <「自分の好きなものを読ませろ」という権利はあるのです。 <だから、どんなジャンルでも、好きならばそういえばいいのです。 <自分も我慢しているから、我慢しろ、といっているのでは <ありません。(わたしの文章がそう思わせたのなら、申し訳ない) 私が森下さまのどの文章で「自分も我慢しているから、我慢しろ、といっている」ように受け取ったのかといいますと、52号室屋根裏の森下さまによる今回の論争のきっかけ?とも言える「1190」カキコです。 具体的には― << そりゃあ、当時はクリスティだって絶版は多かったですよ。でも、クリ <<スティの新作は新刊のポケミスで出ていたし、古い「本格ミステリ」は当 <<然絶版ですがケメルマンのラビ・シリーズや、ヤッフェのママ・シリーズ <<や、ラヴゼイの歴史ミステリやポーターのドーヴァーものが次々と新刊で <<出ていて、新しいスタイルの「本格ミステリ」には不自由しませんでし <<た。 << << 芦部氏は古い「本格ミステリ」しか読みたくなかったから気がつかない <<のでしょうが、古い作品が手に入りにくいのは、なにも「本格ミステリ」 <<にかぎったことではありません。B級ハードボイルドやお色気スパイ小説 <<や異色サスペンスも同じように手に入りにくかったのです。 << << 私に言わせれば「本格ミステリ」はめぐまれています。ミステリ同好会 <<に入れば、間違いなく同好の士に出会え、楽しく語ることが出来たのです <<から。それは1970年代から今に至るまで、変わることなく続いています。 <<めぐまれすぎていて、自分がめぐまれていることにすら気がつかないので <<しょう。 << << 例えば、私はB級ハードボイルドが死ぬほど好きですが、同世代のB級 <<ハードボイルド・ファンってほとんどあったことがありません。芦部氏は <<こともなげにカーター・ブラウンが読めたように言っていましたが、確か <<にどれか一冊なら簡単に読めたでしょうが、全部読みたいと思ったら、そ <<りゃあ大変だったんだから。私はカーター・ブラウンを集めるために青春 <<を棒にふったんだから。 << << だからって、早川書房がB級ハードボイルドを絶滅させてると思ったこ <<となど一度もないし、訳してくれただけでもありがとう、と古いポケミス <<の後ろの既刊リスト血眼になってチェックしながら、探していきました <<よ。同好の士なんか、誰もいやしない。でも悔いてなんかいませんぜ。 ―という部分です。 すいません、本来なら事前に、この部分をこちらにも転用していいかどうかを確認するのが礼儀ですね。いきなり引用するカタチになってしまって、本当にすいません。 でも、この文章から、私は「B級ハードボイルドだって、本格以上に絶版だったり、同好の士が全然いなくて大変だったんだけど、私は翻訳してくれた早川書房に感謝こそすれ恨んだりしていないのに、なんだおまえ(芦辺拓)は」(意訳)とおっしゃっているのではないか、と受け取ったんですよ。すなわち「おまえも我慢しろ」とおっしゃっておられるんだなあ、と誤解しておりました。 またこの文章の矛盾点が非常に「それはちょっとどうなのよ」と気にもなっておりまして。後半部分で「カーター・ブラウンは、どれか一冊ならともかく、全作品読もうと思ったら物凄く大変」(意訳)といってしまっているのに、前半部分で「クリスティの絶版も多かったけれど、新作が読めるからいいじゃん」(意訳)というのは明かに矛盾しています。 クリスティを全作品読みたい人も、もの凄く大変だったと想像できるのに、「新作は新刊でていたからいい」といってしまうのなら、カーター・ブラウンだって、「一部の作品が読めたのだからいいではないか」ということになってしまいます。 もしかしたら、文庫が出る前にクリスティ作品をポケミスで集めようとして青春を棒に振ってしまった人だっているかもしれません(蛇足ですが、青春の長さははその人個人個人の主観による長さですから、客観的な年数は一概に当てはまりません)。 この文章はそれこそ「B級ハードボイルドだけを特別扱い」してはいませんか?とても「古い本格だけを特別扱いしてはいけない」とおっしゃる人の文章ではないと思うのですが。 ★★とりあえず今日はこの辺で。 |
| [219.124.222.185][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.01; Windows 98)] |
| 1893. 2003年11月13日 12時28分12秒 投稿:森下祐行 |
| うううう、反論しない、といながら、どうしてもこれだけは言っておきたいですうう。 >こんな事を言わざるを得ないのも、活字に影響されやすい、極端から極端に走る人が >きっといるんじゃあないかな、と思うからです。 >なぜ自分の頭でしっかりと考え、活字になっている文章でも歴史的な部分については >鵜呑みにせず「本当にそうだったのかな?」と思うことができないのか。 わたしのいいたいことは、みわっち。さんの書かれた、まさにこのことです。 わたしの文章がそうでない、というのなら、未熟を恥じるしかないですが、 「本格冬の時代」なんかなかった、という意見もあるのだということは、 ぜひ心にとめておいてください。そして、本格を書くことができなかった という時代はなかった、というのは、実際に本格が書かれていた事実をみれば 否定するしかないと思います。 すいません。またよろしく。 |
| [61.194.39.66][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.01; Windows NT 5.0)] |
| 1892. 2003年11月13日 09時24分04秒 投稿:みわっち。 |
| 11月12日『Mr.サイレント4心象世界の幸せな景色』読了しました、みわっち。です。 それにしても「電子盗作事件」の「愛知一本行く」はちょっと強引だよなあ、と思います(苦笑)。中日→愛知っていう想像はなかなかできないのではないかと。昔、北海道から「名古屋県名古屋市」という宛名書きの郵便物が届いた事もあり、その時愛知県が如何にメジャーじゃないか思い知らされました。 「1890」の自分の書き込み、改めて見なおすと誤字だらけ。うへぇ、すいません、すいません(汗)。 では、あらためてレスをさせていただきます。まずは「1882」カキコから。 >花井圭太さま <どちらが正しいという結論が出るようなはなしではなく、ミステリに対する趣味の違いが <結局は底に有るような気がしますが。。 <だもんで、華やかにやっていただければ、ノーコンテスト(?)で十分ぢゃないでしょうか。 ああっ。それは禁断のお言葉。まあ、ぶっちゃけてしまえばそうなんですよね。まあ、どこまでエンターテイメント性(他人の目)を意識しながら面白く論を戦わす事ができるか、ってのもひとつのキモみたいなところがありますからね〜。 <しかし、いったいいつから森村誠一が社会派にイメージされるようになったのだ。 この前古本屋へ行ったとき見かけた森村誠一の『魔痕』(徳間書店)の帯には「社会派の雄」みたいなアオリ文句がありました。出版社自体が2002年2月に出したこの本でそういう帯の文句を採用しているということは、いつからそういうイメージが定着したのかはともかく、現在はやはり森村誠一=社会派という捉え方でいいのではないかと。 あとやはり『悪魔の飽食』『人間の証明』『高層の死角』『腐食の構造』なんていう作品群のタイトルその他からどうしても「社会派」なイメージがついて回るのではないかと推測します。 <日本に限ってだろうか、 <みんな名探偵を出さないんだよね、これが。あの頃は。 なるほど〜。これは都筑が『黄色い部屋はいかに改装されたか?』でいっている 「いま日本の推理小説は、手近なところへ戻りかけているようになりません。しかも、犯罪小説の衣装を着たままで。 平凡人が事件を起こし、平凡人が解決する、そのくせ事件は普遍を忘れた特殊犯罪、ということです。その結果は、犯人のがわを見れば、なんでこんな平凡人の集まりを向うにまわして、頭のなかでのひとり相撲をしたあげく、ひと殺しの大仕事をしたんだろう、ばかばかしい、という思いが先に立ち、探偵役の人物を見れば、なんでこんあやつにこれだけの謎がとけたんだろう、信じられない、ということになる。」(P138) 部分に当てはまりそうですね(^^)。 ★★★こんな感じで、次は「1883」書き込みへのレスです。 >森下祐行さま <「本格ミステリ冬の時代」はあったのか <という小文を、上記のサイトにアップしました。 読みました、読みました。簡単に感想を言わせていただければ、Aという本にこう書いてある、だから実際もそうだったんだ、という歴史観は非常に危険ではないかな、と。何故ならば、Aという本に書いてあることが、間違いなく正しいという客観的な証明が為されていないからです。 加えて言えば(これも以前に言いましたが)、一度公共性の高い媒体に活字として発表されてしまった文章は、受け取る個人個人にどのように解釈されても、仕方がない(受け取り手は真意を汲み取る自由もあれば、誤解してしまう自由もある)ってことです。 またα(今回の場合だと「多くの本格ミステリ作家」ということになるでしょうか)という結果から(その結果を表す別の言葉として)Zと言うのは不適切である(今回の場合は「本格冬の時代」ですね)、という理屈も成り立ちません。なぜならZ(本格冬の時代)でなければα(多くの本格ミステリ作家)という結果ではなかったかも(さらにもっと多くの作家やもっと多くの本格ミステリが生まれていたかも)しれません。 その辺の考証をおざなりにしていては、読ませていただきましたあの文章の妥当性は「かなり低い」と言わざるを得ない、と私個人は考えます。 こんな事を言わざるを得ないのも、活字に影響されやすい、極端から極端に走る人がきっといるんじゃあないかな、と思うからです。なぜなら私は「新本格誕生以前は本格ミステリは皆無だった」的な意見にも、「古い本格はもういい、これからは新しい本格が必要」的な意見にも、諸手を挙げて賛成はできないからです。 なぜ自分の頭でしっかりと考え、活字になっている文章でも歴史的な部分については鵜呑みにせず「本当にそうだったのかな?」と思うことができないのか。 ★★その辺を語るのはまたこの次の機会に、ということで。今日はこれまで。★★ |
| [219.124.220.163][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.01; Windows 98)] |
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1891. 2003年11月12日 23時04分19秒
投稿:森下祐行 [http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm] |
| みわっち。さま 詳細なご返事、うれしいのですが、これにさらに反論しようと すると、わたしのほうも、かなりな長文になります。 みわっち。さんの掲示板で、あまりこういう事ばかりして いいのか、いささか迷っています。 それに、わたし自身はこういうロンソーが好きなのですが、 みわっち。さんやこの掲示板をご覧になる方がみんなそうと は限らない。掲示板の雰囲気がかわって、「掲示板あらし」 になるのも、気がとがめます。 もし、再反論するなら、みわっち。さんから一言、 許可をいただいてからにしようか、と思います。 (ただしかなり長文になりそうです) みわっち。さんとは、またお会いしたときに、楽しいミステリ話を したいと思っています。とりあえず、今日はこれで。 |
| [211.132.37.245][Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.16; Mac_PowerPC)] |
| 1890. 2003年11月12日 09時25分57秒 投稿:みわっち。 |
| 11月11日『くらやみ砂絵』読了しました、みわっち。です。 第三席の「やれ突けそれ突け」の枕の部分、私には「記ちさんしぬ」としか読めないのが心残り。 >森下祐行さま 結局なんだかんだで1ヶ月近く過ぎてレスにかかっていたりしますが、ご容赦ください。 それでは「1878」書き込みのレスからです。 < 都筑道夫は同書の中でモダーン・ディテクティヴ・ストーリイをこう説 <明しています。 < <「モダーン・ディテクティヴ・ストーリイを、あっさり新しい本格と解釈 <されると、ちょっと困るのです。古い皮ぶくろに新しい酒を盛る、という <言葉がありますけれど、パズラーの場合は盛った新しい酒が、古い皮ぶく <ろを損ねてしまうことがある。しばしば、それがあるのです。 < だから、くどくなっても、伝統の道すじをたどった上で、現代人を満足 <させうる本格、と解釈していただきたい。考えてみれば、現代人という表 <現も大ざっぱで、なかにはアクションもスリラーも大きらい、複雑な怪事 <件が解決されれば満足で、必然性なんてうるさいことはいわないよ、と <おっしゃる方もあるでしょう。それはまあ、遠慮なく論理の推理小説が好 <きなんじゃなくて、人形芝居ふうの犯罪メロドラマが好きな方なんだ、と <断定させていただきます。(P70-71)」 < <わたしは都筑のいうモダーン・ディテクティヴ・ストーリイが好きな人 <間でしたから、綾辻行人らの作品は「人形芝居ふうの犯罪メロドラマ」と <しか思えませんでした。したがって、わたしは初期新本格の作家たちの作 <品を「古くさい」「人間が描けてない」と思いました。 < < 「人間が描けてない」というと拒否反応を示す人が多いようですが、わ <たしの言っているのは文学的なものではありません。娯楽小説には娯楽小 <説の人間の描き方があるべきで、たとえばクリスティは類型的な人間しか <描きませんが、類型的な人間がとても魅力的です。反対に、人間を描こう <と努力したらしい後期クイーンの作品の登場人物にはまるで魅力を感じれ <れません。(これはまあ、わたしだけの感想ですが) 綾辻行人の作品の根底にあるのは、同じ都筑道夫の『黄色い部屋は如何に改装されたか?』の言葉で言うところの「登場人物の(つまりは読者の)錯覚を、作者がたくみに利用して、あとでアッといわせるところを、私は「論理のアクロバット」と呼んでいます」(P62)この「論理のアクロバット」そのものではないかなあ、と思うのです。 綾辻作品っていうのは乱暴を承知で言えば、その全ては読者をアッといわせるために組み立てられた文章であり、その為に不必要なものはぎりぎりまで削り取り、最低限の必然性から成り立っていると思います。それをして「人間味が足りない」という批判をするのはパズラーに対する「単なるパズルを何も小説のかたちに書くことはない」という否定論同様、ちょっと的外れかなあとも思うのです。 また登場人物の人間性を俎上にあげるとしても、綾辻作品のある作品の犯行動機は「愛するものを失ったその復讐」だったりするわけで、この犯行動機は類型的といえば非常に類型的でしょうが、「愛するものを失ったその復讐」というテーマは(私の勝手な想像ですが)かなり普遍性の高いものではないかと思うのです。それこそハードボイルド作品にもありそうなテーマではないでしょうか。 綾辻以外の初期新本格作品に登場する名探偵たちを考えても、非常に個性的なメンバーばかりであり、決して単なる推理機会などではないそれぞれの個性(キャラクター)ともいうべきものを私は読んでいて感じました。例えば法月綸太郎と火村助教授、メルカトル鮎、この3人の名探偵を比べてそれぞれのキャラクターの違いが感じられない、同じに見える、というのであれば、それは読み手側の読解能力に問題があるのではないか、とも思います。 < もっとも、ここで都筑があげた作品は、すべて名探偵が出てきません <し、登場人物はほとんど企業人です。孤島や館はいっさい出てきません。 < < でもね、孤島ものや館ものが本格のコードって、新本格が出てくるま <で、あまり言われてなかったですよ。たいいち、新本格以前は、日本だけ <でなく海外を含めても、孤島ものってジャンルが構成できるほど作例がな <いでしょう?(52号室でアシェさんに言われて読んだ『十角館の殺人』の <鮎川哲也による文庫解説でも、作例の貧弱さが目に付きませんか?) < <だから、芦辺氏が読みたかったタイプの本格って、本格のなかでもすご <い狭いジャンルのものとしか思えません。 ここでも微妙な(巧妙な)すり替えが行われているような気がするんですよね。芦辺拓がいつどこで「孤島もの、館ものこそ私が読みたかった『本格』なんだ!」という趣旨の発言をしているのでしょうか?少なくとも件の総解説目録のエッセイの中で芦辺拓はそんな発現は一言もしておりません。 本格のコード云々の話と芦辺拓が読みたかったタイプの話は全然別の話であって「だから」で繋がってしまうような話じゃない、と私は思うのですが。 それを踏まえた上で、芦部拓はどんな本格が読みたかったのかを想像するには、それこそ件の総解説目録のエッセイを読めば分かる事なんじゃないかなあ、と考えます。また、そのエッセイには何時が読めなかった時期にあたるのかって事も大雑把ながらわかるような年代の表記も「手元に千九七三年九月当時の「早川書房出版目録」があるのですが、」(『ハヤカワ・ミステリ総解説目録』P21上段)、「虎頭史夫さんが、HMM七五年六月号に投稿した漫画「ジョン・ディクスン・カーを読みそこなった男」は、」(同P21下段)と、ちゃんとあります。じゃあ、一体何時から何時までの事なんだ!厳密に区切れ!、といわれてしまうと困りますが、私と同レヴェルの読解力の持ち主なら「ははあ、その当時は海外ミステリの本格ものはなかなか読むのに困難だったんだな」という程度の理解はできるはずです。 ふう、ちょっとまとまりに欠けますが、こんなところでしょうか。そして次は「1880」書き込みのレスの補遺です。 <>文庫で『九尾の猫』が出版されてしまったのはどういう訳でしょう? < <再評価をしようとしたためでしょう。違います? <その器としてポケミスよりも文庫の方がいいと、早川書房が判断したのでしょう。 <そこまでははっきりとはわかりません。それに早川書房の営業方針に全面的に <賛成しているわけでもありません。 <で、そこそこ商売になれば継続して版を重ねるでしょうが、駄目ならまた絶版です。 <クイーンはよかったけど、カーはやっぱりそれほどは売れないとしか、たびたび絶 <版になることの、論理的矛盾が生じない理由が思い浮かびません。 < <わたしが言いたいのは、本が絶版になったり再刊されたりするのは、「陰謀」では <ない、ということにすぎません。 <それと「ある種の本格」だけを特別視する考えが嫌なのです。 ただ単純に「再評価しよう!」てことだけでリスク丸抱えで新しい形態(今回の場合は文庫)で出版する事は有り得ないのではないか、と思います。売れないから絶版になったものであればなおさらではないでしょうか。出版業は文化事業的側面もあるとはいえ、損益分岐点はかならず存在します。「絶版」という選択肢を一度とったということは、その本は損益分岐点に達しなかったということであり、全くの赤字ってことになるんですよね。 赤字の本を(文化的側面から)再評価しようとするのであれば、まず同じ版形ではないでしょうか。それを、ポケミスなら再販しても駄目だろうけれど、文庫ならそこそこ商売になるんじゃないか、という判断はちょっと不可解な謎です。 加えて言えば以前にも言ったかもしれませんが、海外のミステリは「翻訳権独占」状態であれば、その期間中は他の出版社はその作品を出したくても出せません。当たり前の事ですね。その当たり前の事が問題なんです。翻訳権を独占してしまっている為、その出版社が該当作品を絶版にしてしまったのなら、読者がその街頭作品を読むことは非常に困難になります。 じゃあ、翻訳権を独占して出版しては、次から次へとその本たちを絶版にしていけば、なまなかなことではそれらの本を読むことはできなくなります。絶版にする事は商業上しょうがないとしても、その度に独占していた翻訳権を手放す事だってできたはずです。もし絶版にした作品の翻訳権を手放していれば、いろんな出版社がそれらの作品を出版したかもしれません。 そうすれば「芦辺拓が読みたいときに読めなかった本格」もその当時から「ちょっとミステリに興味を持った人も気軽に読める本格」になったかもしれないのです。それを絶版にするは翻訳権を手放さないでは、読者としてはほとほと困ってしまいます。 芦辺拓が件のエッセイで「陰謀」という言葉を使い茶化しているのもその点ではないかと推測いたします。 ★★★え〜っと、今回はとりあえずこの辺で。遅くなっても必ずレスはいたしますので、美奈さんご容赦ください(ぺこり)。★★★ |
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| 1889. 2003年11月06日 18時08分36秒 投稿:M・ケイゾー |
| はじめまして 「本格冬の時代」というから異論もでるのでしょう。まだ「素人名探偵本格の冬の時代」とでもいってもらえればよかったような気がします。 |
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| 1888. 2003年11月05日 21時42分18秒 投稿:花井圭太 |
| こんばんは。花井です。 外野が何度も出て来て恐縮ですが、僕が議論してもらえると嬉しいなあというポイント は、綾辻の登場をどうとらえるかです。言葉を選ぶ能力がないので乱暴な言い方になり ますが、彼の登場はオールド・ファッションの復権です。その当時の印象でいえば、「 こんな古めかしいものが、今さら...」です。(ま、僕はそれを喜んだのですが)森下様 の文章も読まさせていただきましたが、館ものに春の時代などあったのかという程度で 片付けられていますが(オールド・ファッションなど無くて当たり前ということでしょ うか)、芦辺氏の立場では、こういうものをこそ欲しかった、こういうものを書かなか った作家、出さなかった出版社が悪い。と、いうことで「本格冬の時代」という言い方 にもなるのでは。ここの本格観の違いを突き詰めないと、なんか、ズレた議論になって しまうような気がするのですが.... ではでは。 |
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1887. 2003年11月05日 20時46分05秒
投稿:森下祐行 [http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm] |
| みわっちさん。 何度もすいません。 なんか、勘違いしているようなので、ひとことだけ。 「自分の好きなものを読ませろ」という権利はあるのです。 だから、どんなジャンルでも、好きならばそういえばいいのです。 自分も我慢しているから、我慢しろ、といっているのでは ありません。(わたしの文章がそう思わせたのなら、申し訳ない) 「自分の好きなものを読ませろ」といわないで。 「自分の好きなものがないのは何者かのせいだ」という 言い方だ嫌だったのです。 本格ミステリが冬の時代だったのは、社会派のせいや 当時の作家や出版社のせい、という主張がおかしい、 というのです。 そういうことでした。 |
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| 1886. 2003年11月05日 09時51分17秒 投稿:みわっち。 |
| 『鯉沼家の悲劇』を地下鉄の中で居眠りしながら読んでいたら、見事、何処かへやってしまいしばらく凹んでいました、みわっち。です。 「病院横丁の首くくりの家」のBコースの途中まで読んでいたんですが……。 で、その後気を取りなおして、ようやく今日(11/5)『死体を無事に消すまで』読了。 モダーン・ディティクティブ・ストーリーではなくともパズラーはパズラーとするならば、都筑道夫が「PUZZLER 小論」でいっている言葉が全てかなあ、という気がします。少し長くなりますが、その全文を抜粋してみますね。 「目下の日本は、ブレイクが予言したころのアメリカ、イギリスのように、推理小説の風俗化が進行ちゅうで、しかも、十五年のおくれをとりもどそうとするかのように激しいから、このままとめどがなくなって、翻訳ミステリの居住地区まで脅かすことになるかも知れない。しまいに推理小説らしい推理小説を楽しむためには、英語をおぼえなければならないようなことになったとしても、パズラーが古い、とはいえないし、ミステリがくだらない、ともいえないだろう。もともと、海外から輸入されたものなのだから、それが根づかなかった――日本人の性にあわなかった、というだけのことだ。 したがって、性にあったひとがひとりでも残っているあいだは、そのひとりは性にあったミステリを、読ませろ、という権利があるし、作家の方も推理作家を名のった以上、それに応じる義務があるだろう。」(P39) で、この文章の初出が「ミステリ・マガジン」1969年5月号のことですから、私などは「ああ、その当時は推理小説の風俗化が凄かったんだなあ。翻訳ミステリの居住地区まで脅かすことになるかも、とは大げさにしても、少なからず謎解きプラスαの“ただの推理小説ではない”ものが求められていたのかしらん(前項の「気になる言葉」で「単なる推理小説ではない」という言葉について都筑が言及したのが「推理」1972年3月号 初出)。」なんて考えてしまうのですが。 そして(人によっては)凄い勢いの推理小説の風俗化を「本格冬の時代」と捕らえてしまうこともあるだろうなあ、と思うのですよ。そしてまた(昨日の)本格に性があってしまった人なら、それを「読ませろ、という権利」はあるのだから、もし、読みたいときに読めなかったりしたら、「俺は読みたいときに読めなかった!」と主張する権利もまた、認められて然るべきなんじゃないか、とも思うのです。 これは当然、本格のみにとどまらず、どんなジャンルでも(例えばB級ハードボイルドでも)性があってしまった人には、認められる権利だと思います。で、その権利を行使している人がいたとしても「俺は我慢しているのに、なんで我慢できないんだ!本格だけ特別扱いするな!」というのは非常に見当はずれもはなはだしいのではないかな、と。 その人は本格だけを特別扱いしているのではなくて、たまたま性にあってしまったのが(昨日の)本格だからそういうだけで、同じレヴェルでB級ハードボイルドが性にあった人なら「B級ハードボイルドをもっと読ませろ!」といったっていいわけなんですよね。その選択は誰にも強制されるものではなく(言うも言わないもその人の自由ですから)、ただ自らが「言わない」を選択したからといって、「言う」を選択した人を非難するのはちょっとおかしいのではないかな、と思うわけです。 と、まあ、つらつら自分の考えをのたまったところで、皆さんへのレスはまた今度(すいません、すいません)。 |
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1885. 2003年11月04日 22時02分57秒
投稿:森下祐行 [http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm] |
| 砂時計さま 昭和三十四年……百谷泉一郎(高木彬光) は駄目ですか? 謎解き物ではない、とのご判断かもしれませんね。 わたしは神津よりこの青年弁護士の方が好きなもので。 たしかに、このメンバーを見ると少数精鋭という気がします。 でも、十年間でひとけたでは、やっぱり“名探偵冬の時代”といわれても 否定できないかなあ。 |
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| 1884. 2003年11月04日 15時05分04秒 投稿:砂時計 |
| えー、花井さま同様、無責任な外野の砂時計です。 といいつつ口を挟んでみたい事もあったのですが、森下さまの文章がアップされたことで、とりあえず外野のままでいようと気を変えました。 さて、花井さまの「名探偵冬の時代」という言葉が気になって、松本清張『点と線』が出た昭和三十二年からキリオン・スレイが登場した昭和四十二年までの間に生まれた(謎解き物の)名探偵のデビュー年について幾つか調べてみました。 昭和三十二年……仁木兄妹(仁木悦子)、ニシ・アヅマ(小沼丹) 昭和三十三年……中村雅楽(戸板康二) 昭和三十四年……郷原部長(結城昌治) 昭和三十五年……近松茂道(高木彬光) 昭和三十六年……陶展文(陳舜臣) 昭和三十八年……千草検事(土屋隆夫) それ以外の名探偵を加えたとしても少ない数かもしれませんが、自分にとっては魅力的な面々が並んでいるので、「冬の時代」とは呼びたくないなあ、と思ってみたりします。 |
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1883. 2003年11月02日 18時52分00秒
投稿:森下祐行 [http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm] |
| みわっち。さま 「本格ミステリ冬の時代」はあったのか という小文を、上記のサイトにアップしました。 もし興味がおありでしたら、一読していただけると うれしいです。 かなり芦辺拓の悪口になっちゃいましたので 不快かもしれませんが。 よろしく。 |
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| 1882. 2003年11月01日 10時26分42秒 投稿:花井圭太 |
| おはようございます。花井です。 ひさしぶりにこちらのお部屋は議論モードに入ってますね。 無責任な外野はワクワク気分で眺めさせていただいてますが(大爆)、 あんまり厳密性とやらにこだわらずにやっていただく方が はなしが迂遠にならずにたすかるのですが(スイマセン、適当デ)。 適当ついでに言っちゃえば(冷汗)、この度の議論も どちらが正しいという結論が出るようなはなしではなく、ミステリに対する趣味の違いが 結局は底に有るような気がしますが。。 だもんで、華やかにやっていただければ、ノーコンテスト(?)で十分ぢゃないでしょうか。 しかし、いったいいつから森村誠一が社会派にイメージされるようになったのだ。 (ほかのサイトを眺めてもそんな感じの記述が、結構されてるのよね、これが) その頃はバリバリの本格派の雄という感じが僕なんかしてたんですが、このへんを本格に いれなきゃ、そりゃ「本格冬の時代」かもしんないなあ。 イカンイカンこんな感想を言うつもりで出てきたのではなかった(笑)。 荊木歓喜ものに酔ったのでそういえば「名探偵冬の時代」は僕の感じでも有ったような 気がするなあ。と、思い付いたので、一言したかったのでした。日本に限ってだろうか、 みんな名探偵を出さないんだよね、これが。あの頃は。都筑のキリオン・スレイが、 めったやたらに新鮮に見えたものでした。(言わずもがな、僕だけの感想です。) では。 |
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| 1881. 2003年10月27日 08時41分39秒 投稿:みわっち。 |
| 結局、昨日(10/26)のうちに『黄色い部屋はいかに改装されたか?』読了しました、みわっち。です。 引き続き『死体を無事に消すまで』を読もうかちょっと一冊間に挟もうか迷い中。 例によって例のごとく今日も朝帰り(爆)、締め切りが無事済むまではゆっくりできませんね〜。 って言うわけで、森下祐行さまへの本格的なレスは早くても10月29日以降に(汗)。 >森下祐行さま <しかし、よく読むと、わたしの上記の文章はたしかにちょっとおかしいですね。 <「一般的にわれわれが」といいながら、「わたしは発言しています」と <主語が入り乱れている。 <ここになんらかの深層心理が隠されているのだろうか?? <上記の文章は <「わたしがイメージする「黄金時代の本格」というのは、 <都筑道夫の言う「昨日の本格」ということばに代表されるものです。そう <いう主旨でわたしは発言しています。」 <と修正します。 あ。ありがとうございます。私が引っかかったのもその点で、修正前の文章だと、森下さまの個人的な意見をあたかもミステリファンの大半がそう総認識しているかのようにとれるので、そういう「すり替え」は困ってしまうなあ、と思っていたのです。 議論をする前に共通項の確認は私も必要だと思うのですが「会った事のあるミステリ・ファンの多くがこうだったから、ミステリ・ファン全体もこうだろう」という捉え方は、厳密性という観点に立てば、やはりまずいのではないかと思います。 なにぶん、リアルタイムでどんな人が見るか判らないネット上でのやりとりですから、いつ何時「ミステリ・ファンが皆おまえ達二人が思っているような奴らではないぞ!」という場外乱闘が勃発するかわかりません。せっかくエンターテイメント性のある議論ができかけているというのに、それを収拾するのに追われ、結局試合そのものはノーコンテストってことになるのはつまらないですから。 ちなみに「黄金時代の本格」という言葉から私が捕らえるイメージは、森下さまの言う「過去の輝かしい業績」は近いものがあります。しかし単純に「古めかしい」というイメージとはちょっと違うかなあ。同じ「古めかしい」でも私にとっては「年代モノのワインのような」という言葉が前につく「古めかしさ」です。 ……ってなところで、そろそろまたお仕事の支度をしなくてはなりません。でわ、また。 |
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1880. 2003年10月26日 10時45分51秒
投稿:森下祐行 [http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm] |
| ><一般的にわれわれがイメージする「黄金時代の本格」というの ><は、都筑道夫の言う「昨日の本格」ということばに代表されるものとし ><て、わたしは発言しています。 > ここでおっしゃっている「われわれ」とは一体どんな人達を指してい >るのでしょう?その前段に「一般的に」という言葉がかかっていますが、 >その「われわれ」はミステリ好きな人間の中で過半数以上を占めていらっ >しゃるのでしょうか? この「われわれ」はみわっち。さんも含めたミステリ・ファンという意味で もちいています。つまり、この部分にはだれも(というのはミステリ・ファン のほとんどということですが)異論はないだろう、と思っていたのです。 みわっち。さんの前の発言を読んで、みわっち。さんも同じような考えなんだ な、と思いこんでいました。 議論をする場合、どこかに共通点を見いだして、そこから話をつなげるしか ないので、そうしたつもりです。 「黄金時代の本格」という言葉には「過去の輝かしい業績」というイメージ がある一方で、「古めかしい」というイメージもある。そのイメージに対して 「実はそうではなく、本質は新しい」と論を展開するか、または「イメージ通り に古めかしい」と論を展開するか、それは別れるとして、イメージそのもの には変わりはないだろう、と、そう思っておりました。 それが違うよ、というのなら、「黄金時代の本格」という言葉にどういう イメージをおもちでしょうか? しかし、よく読むと、わたしの上記の文章はたしかにちょっとおかしいですね。 「一般的にわれわれが」といいながら、「わたしは発言しています」と 主語が入り乱れている。 ここになんらかの深層心理が隠されているのだろうか?? 上記の文章は 「わたしがイメージする「黄金時代の本格」というのは、 都筑道夫の言う「昨日の本格」ということばに代表されるものです。そう いう主旨でわたしは発言しています。」 と修正します。 > 「考えてみると、戦前は怪奇小説、異常小説が主流で、戦後にやっと本 >格が主流になったと思ったら、犯罪小説に追われてしまったのですから、 >日本の推理小説はあわれなものです。(P137)」 > と、あります。この言葉こそ非常に端的に、芦辺氏の言う(と、森下さ >まがおっしゃる)「本格冬の時代」があった、証拠に他ならないのではな >いでしょうか? きましたね! ここを引用してくるのでは、とじつは怖れて(笑)いたのです。 これについては、ちょっと長くなるので、別の場所でまとめて、なんらかの かたちで返答します。 >ちなみに、件の総解説目録のエッセイの中で芦辺拓は「本格冬の時代」 >といういう言葉は何処にも使ってはおりません。 ごめんなさい。前に言った理由で「件の総解説目録」を購入してないので 記憶でものをいっております。駄目じゃん。でも「本格冬の時代」という 言い方はどこかでしていたでしょう? 文意は間違ってないと思うのですが。 >文庫で『九尾の猫』が出版されてしまったのはどういう訳でしょう? 再評価をしようとしたためでしょう。違います? その器としてポケミスよりも文庫の方がいいと、早川書房が判断したのでしょう。 そこまでははっきりとはわかりません。それに早川書房の営業方針に全面的に 賛成しているわけでもありません。 で、そこそこ商売になれば継続して版を重ねるでしょうが、駄目ならまた絶版です。 クイーンはよかったけど、カーはやっぱりそれほどは売れないとしか、たびたび絶 版になることの、論理的矛盾が生じない理由が思い浮かびません。 わたしが言いたいのは、本が絶版になったり再刊されたりするのは、「陰謀」では ない、ということにすぎません。 それと「ある種の本格」だけを特別視する考えが嫌なのです。 またしても長いです。すいません。 忙しいのに相手して下さって感謝しています。 |
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