過日、群馬県建築士事務所協会の主催で見学セミナーが開かれ参加してきました。見学したのは一昨年完成した「群馬県農業技術センター」で、設計者自らが説明に立ち会っての見学会となりました。
伊勢崎市郊外の圃場がひろがる中に、農業技術の開発促進と農業経営の改善に資するセンター施設としての機能は元より、
さらにそれらの成果を広く市民に向けて周知、開かれたものとして共有できるような、環境に配慮した提案が求められたものです。
そのプロポーザルコンペで最優秀賞に選ばれた案は、シンプルな外観からは想像できない木の一つ屋根の内部空間で、機能、環境、意匠の面で多くの示唆に富むものでした。
外観は切妻形状をした単純なかたちで、解体された既存建物を囲む形で緩いカーブを描くように平面形が計画されています。
屋根はガルバ鋼板葺きの照りを持った非対称の切妻で、市内から見える赤城や榛名、妙義の両毛3山に対峙する配置にしたと説明にありました。
しかしここから見える赤城は根張りのきいた重量感ある姿で佇み、対峙するのには少しスケール感が異なるのではと思うような違和感を持ちました。
反対に内部空間は実験室や事務室、外来者のためのギャラリーなどを包括するために一つ屋根の大空間を構成させる方法を試みていて、
こちらのほうがスケール感を感じさせます。
研究者や外来者にとって相互に見通しよく開かれた空間とするために「大きな木の屋根の下に人びとが集まってくる」というイメージで計画したそうです。
その大屋根は木製で鉄骨支柱にテントをかぶせたような曲面で構成されています。
「木の格子膜構造」と呼ばれる新しい架構形式で、県産材で取りやすい75o×90o、長さ4mの小断面杉材を格子状に組み合わせて、
鉄骨フレームにテントのように架け渡す架構方法です。
ただ架け渡しただけだと垂れてしまうため、材に張力を加えてピンと張ることにより垂れが少なくなり、折れずに架け渡すことできるといいます。
軸方向の継手は6o厚のステンレスプレートを挟み込んでドリフトピンで接合されています。木材に引っ張り張力を与える構造というのは珍しいため、
予備実験で4mの材に30KNの張力を1年3ヶ月の間与え続けてその変形度を確認したといいます。
伸びは長さ20mで年5o、10年では50oとなるため100oのクリアランスを設けて、将来端部でボルトを締め直せるようにしてあるそうです。
内部に入ってみる大屋根の下は杉材の暖かな素材感とは裏腹にダイナミックな膜構造のような高揚感を与えます。
棟部と中間に入れられたトップライトからの採光で内部は比較的明るく、寒い日でしたが事務所スペースでも寒さはあまり感じられませんでした。
なによりも、事務員も研究者も我々外来者も一体感を感じられる「一つ屋根の下」での温もりを感じさせてくれます。
大断面集成材ではなく一般流通している小断面製材品を使用していることから地元県産材流通や林業にも寄与し、
公共施設への木質空間の普及を促進する可能性を秘めた構法のように感じられました。
いま建築コンペに求められるなかに環境配慮型プロポーザル方式の導入があります。特に公共建築物としての意義からCO2排出量の低減を求められるため、
当建築物にも環境配慮のアイデアがいくつか盛り込まれています。
棟部分のトップライトは開閉式となっていて自然換気を誘導、冬季は循環ファンを用いて溜まった暖気を吹き降ろす他、
太陽光発電やLEDなどによりCASBEE評価もAランクを取得しているそうです。
しかし施工は大変だったようで、格子材は結局ピースを1本ずつ荷揚げして組み込んで行ったといいます。無垢木材特有の乾燥割れや狂いなどのばらつきの調整、
カテナリー曲線部分に取付くサッシの寸法出しや軒先面戸部分の施工は特に難儀したようです。
設計は「SALHAUS」の3人の若いメンバーで、構造設計家の確かさも含めて大いなる可能性を感じさせます。
学校や体育館などにもこの構法の汎用を期待したいと思っていたら、
同じメンバーで陸前高田市の復興中学校のコンペをこの木の格子膜構造で勝ち取って工事が進んでいると聞きました。
被災した復興の地で「一つの屋根の下」で授業が受けられたら、さぞかし子供たちも喜ぶだろうことが目に浮かびます。
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