上野・東京国立博物館で開かれている「台北國立故宮博物院展」を見てきました。
入り口ゲートに入るなり、その長蛇の列にまず驚かされました。
展覧会がこんなにも混んでいるのかと思いきや、平成館で開かれている故宮博物院展そのものはそれほどの混雑もなく入れるのですが、
この行列の先は本館特別室で単独で陳列されているあの「翠玉白菜(すいぎょくはくさい)」のためだけの行列だというのです。
まだ午前10時過ぎだというのにその距離数百メートル、待ち時間200分とのことで、熱中症対策のためテントや給水所まで用意されています。
その18pほどの高さの「白菜」がなぜこれほどの人気なのか。
清の時代に作られたといわれ、着色していない天然の白と緑が混じった翡翠(ヒスイ)石を巧みに彫り上げて、
白菜とそれに付くキリギリスとイナゴがリアリズムそのものに仕上げられています。これには寓意があり、白い白菜は純潔を、
たくさん産卵する虫は多産の象徴だという意味を持っているようで、瑾妃(きんぴ)という妃の嫁入り道具だったと言われています。
これまで故宮からは門外不出といわれていたものが今回初来日し、しかも会期がこの「白菜」のみ2週間だけというのがこの行列の秘密のようです。
しかし帰りの時間を勘案すると行列の最後尾に付く決断はつかず、平成館のほうで本展を見ることにしました。
故宮博物院が台北の現在の場所に落ち着くまでに紆余曲折があったことは知られています。
宋、元、明、清と歴代の王朝に受け継がれてきた歴代皇帝の収蔵文物を辛亥革命の際清朝紫禁城から運び出し、北京にて故宮が成立したのが始まりとされます。
その後満州事変から日中戦争に掛けては戦火の拡大と共に場所が移動され各地に分散されて保管されてきました。
日本軍降伏後は国共内戦により南京より台湾へ移されましたが、その数は四分の一程度だったと言われます。
台湾に移ってからも、台中にしばらく保管された後、1965年になってようやく今の台北市郊外に新館を持つに至りました。
かつて台北に行った際に1日だけ故宮博物院を見学したことがありましたが、とても1日で見られる量ではなく、一部を駆け足で廻ったことを覚えています。
今回の展示も230点を超える選りすぐりの文物が展示され、その質の高さと出来栄えは中国文化の奥深さを感じさせて余りあります。
古より、美しい玉(ぎょく)や青銅器は祭祀には欠かせない重要な礼器として造られたといわれます。
新しい王朝が出現するたびに古代の玉や青銅器を所有することが王位の正統性を示すものとなり、歴代皇帝は熱心に礼器を収集しました。
その証拠が絵画や書譜に押された多くの印璽に見て取れます。
青銅器、書譜、山水画、磁器、漆器と何世紀にも、そして多方面にわたる国宝級が展示されていますが、
その中にあって我々に最も分かりやすいのが北宋期の磁器ではないでしょうか。特に汝窯青磁(じょようせいじ)はかつて世界を席巻し、
その欲しさに朝廷への朝貢外交が展開され、青磁の呼び名がチャイナといわれまでになったほどでした。
青磁とは釉薬に含まれる鉄分が焼成時の還元状態によって青色を呈した焼き物を言いますが、その複雑な色は青の一語では到底表すことはできません。
中国語で「雨過天青」と言うそうですが、雨後の空のように白みを帯びてしっとりとした色調を持っています。
それにしても、これらの微細な工藝術と造形力の力量はあたかも中国のルネサンス期と思わせるほどに芸術価値が高いものばかりです。
博物館を出てからもあまり進んでいない行列を横目に、かつて学生時代にやはり長蛇の列に並んで見た「モナリザ」を思い出していました。
レプリカ写真のほうが返って細かい部分はよくわかるのですが、なんといっても本物を見たというファクトが大事なのかもしれません。
そして改めて、人気の展覧会を見るには体力と忍耐力が必要なことを実感させられたのでした。
|