毎年5月に母校建築学科の同窓会総会が開かれますが、今回は工学部創設50周年の年に当たるということもあって、
藤嶋昭学長の記念講演があるというので行ってきました。学長となって2年目の藤嶋先生は元々化学系の研究者で、
なんといってもその「光触媒」の研究で名を馳せました。朝日賞、日本化学賞、紫綬褒章、日本国際賞、学士院賞等々賞を総なめで、
今後ノーベル賞も近いと言われている先生です。
さぞかし威厳あるお堅い講演会かと思いきや、
豈図らんやあたかも科学少年のようなまなざしで嬉々として身近で様々な科学的発見をお話しなさって楽しい講演会となりました。
大変な読書家で私たちにも最近感動した本として十数冊の、ジャンルを問わない本をご紹介されていました。
アサガオの花が開くのは朝日を感じるからではなく、日が暮れてから9時間後に開くことの発見や、
クモの巣に虫が引っ掛かるのは糸にネバネバがあるからですが、そのネバネバを維持再生するために大気中から水分を集めて滴を作ったり、
クモ自身がくっつかないように縦糸と横糸で粘性を変えてあるとかのお話しには、聞いていて目からうろこの連続でした。
そして主題の「光触媒」のお話です。水はご存じのように水素と酸素でできていますが、ただ水素と酸素を混ぜても何の反応も起こらず水にはなりません。
でもそこに「白金(プラチナ)」という物質を介すると水素と酸素が反応して水になっていきます。このような仲人役をする物質を「触媒(しょくばい)」と呼びます。
これと同じような反応で水の中で「酸化チタン」という材料に太陽光を当てると水素を発生することや「酸化分解」という現象が起きることを先生が発見したのです。
ちょうど植物の葉にある葉緑素が光を受けて空気中の二酸化炭素と根からの水とを合成して酸素とデンプンなどの有機物を作る「光合成」に似ている現象です。
酸化チタンによる光触媒がどう凄いのか? これが建築や医療、道路設備などの分野に多くの功績があるのです。
屋根や外壁に付いた汚れが酸化チタンを塗っておくと光によってその汚れが自然に雨で洗い流されてきれいになったり、
「親水性」という性質によってガラスや鏡が雨や結露でくもるのを防いだり、
内装材に使えばタバコやホルムアルデヒドなどの有害物質も除去できるという優れものなのです。
すでに実用化もされています。光触媒のタイルや外壁材、TOTOで出しているくもり止めガラスなどの他、衣類にも応用され始めています。
今後、がん治療や農薬の分解などへの応用も期待されています。ただ欠点も何点かあり、光の差さない家の中では反応が進まないことや、
被接着面のくっつきの問題などいくつかありますが、可視光線でも反応する新材料を研究したり、国を挙げてのプロジェクトが進められているそうです。
研究のきっかけとなったひとつとして蓮の葉っぱの工夫について話されました。蓮は太陽エネルギーをたくさん集めたいために大きな葉っぱを持っています。
葉っぱは泥で汚れてしまうと光合成が起こせなくなるため、いつもきれいな緑色をしていることが必要です。雨が降ると葉っぱの汚れがきれいに落ち、
水滴となって葉の上を転がっている光景を私たちも経験上見ています。この葉っぱの持つ汚れ落としの原理を知ることが研究のきっかけになったというのです。
いつも当たり前に見える光景からいろんなヒントを見出す力。それが探究心であり、好奇心であると語られます。そして、アインシュタインのいた頃の欧州物理学会、
ゴッホやゴーギャンの頃のフランス絵画界、そして多くの鎌倉新仏教を生んだ鎌倉時代など、
同時代人たちが切磋琢磨し合って素晴らしい結果を生んだことを例に出し、
よい研究や仕事にはお互いを高め合う「雰囲気」が大事だと説きます。
そのことを道元の教えを弟子の懐奨が残した「正法眼蔵随聞録」から「霧の中を行けば、覚えざるに衣湿る。よき人に近づけば、覚えざるによき人となるなり。」
を引いて解説してくれます。朝靄の中を歩いていると、その時は靄があったかどうか分からないが、帰ってみて衣を触ってみると濡れていることに気付くと同じように、
よき人と一緒にいると、気が付かないうちに自らもよき人になる。そういう環境の中に身を置くことを心がけるよう最後に話を結ばれました。
好奇心に満ちた少年のような眼は御年70才になられた今も、光触媒のように一点のくもりもありませんでした。学ばねばなりません。
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