安政年間に創業以来代々受け継がれた本格的木造建築の伝統と技術に加えて、最新の建築技術にも精通し、設計段階はもちろん、
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赤石建設株式会社 一級建築士事務所
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 1世紀に1度起こるかどうかの規模の大地震が起きてしまい、東北太平洋側の壊滅的状況を見せつけられ、 無力感と共に居ても立っても居られない気持ちになっています。リアス式海岸となっている地形的な条件から、 14mの高さにもなったと言われる津波の圧倒的な破壊力により、宮城沖地震の教訓から耐震強化された建物類もなすすべがありませんでした。
 万単位となるらしい犠牲者の大半が水死との報道に、世界一の防潮堤を築いていた釜石や宮古などがあった地域のこととは思えない戦慄を覚えます。
 「想定外」などという人間の想像力がちっぽけに思えるほどに、自然災害に対する認識を根本から変えざるを得ない大震災となりました。
 群馬県地方も大きな揺れに見舞われたようで、一部家屋で瓦の破損が出ています。 と言うのも、当日私は日本におらず、台湾で材料の検品を行っている最中でした。
 混線から少しタイムラグがあってのメールに驚き、台湾のテレビをつけたところその惨状が映し出されていました 。風評というものは世界中あるらしく、台湾でも東海岸に5mを超す大津波が夕方5時半頃押し寄せてくるらしいとの噂が出て、 製材所が太平洋側に近かったため、急遽4時半までに仕事を終わりにして車で山越えして台北まで戻ったものでした。 結果的には50p程度で済んだようですが、大げさに言えば命からがらです。
 会社の従業員に現地から指示を出して、手掛けてきた寺院や住宅の安全を確認するよう状況を掴むことが先でした。 幸い大きな損傷はなく一安心でしたが、我々のような業界のものにとっては、しっかり作ってきたはずだという確信はあっても、 試験結果を聞かされるような不安があるものです。
 建物にはそれぞれ固有の周期があり、その時の地震波の周波数に合ったか合わないかによって被害が違ってきますし、地盤の状態、 建物の方向位置関係によっても揺れが異なると言われています。これまで経験のないような揺れの中で、 改めて個人の生命と財産を守る重大な仕事に携わっていることを実感させられます。
 そして今回の大震災がかつての阪神淡路と決定的に違うのが、原発の被害が出ていることです。 福島第一原発の地震と津波による被害から冷却機能が停止して放射線物質が拡散していることがことの重大さを増長しています。 一刻も早く温度を安定させないと、次の1歩が踏み出せません。聞きなれない専門用語やシーベルトやベクレルなどの単位ばかりが耳に残り不安を煽ります。
 野口武彦「安政江戸地震」にはこんな文章があります。「この地震の事後処理がうまくできなかった徳川幕府は十二年後に潰れた。 ………一般に、巨大災害の後の手当をきちんとやれない国家権力は長続きしない。」 たしかにその十二年後に大政奉還、翌年江戸城明け渡しとなりました。 明暦の大火をうまくくぐり抜けた初期徳川幕府はその後二百年続きましたが、安政のころはそうならなかった・・…。 政府の危機管理能力が問われているし、我々も自分達のこととして捉えなければ復興はできないと思っています。
 電力不足により停電となり、久しぶりに蝋燭生活を余儀なくされ、いろいろ考えさせられることが多々ありました。 これまでの生活の形、物に対する価値観、これからの生き方、大げさに言えばそんなことを変えていかなければならないのではないかなと。
 自然災害とは人間にとっての呼び方であって、太平洋プレートや地球の側にとってはマントル対流の一時の潜り込みストレスの調整でしかない。 そういう卵の殻のような流体のものの上に立って生活をしているということ、生かされているということ。 自然に対する畏怖の念を持った生き方が人を謙虚にさせ、対応をより柔軟なものにしていくのではないか。 建築や土木にできることは自然に対峙することではなく、自然から受ける恩恵や力を柔軟な柳のようにしなやかに受け流すことではないかとさえ思えてきます。
 大きな犠牲者の上に立って、この3月11日以降、今までの当たり前にあった電気の有限さを知り、 経済至上主義の行き着く先にある幸不幸の価値観をも変えていかなければならない「ターニングポイント」になるのでないかという気がしています。
 江戸初期の明暦大火の時、小伝馬町の牢屋敷にいた罪人が大火で焼き殺されてしまうのを哀れんだ石出帯刀という奉行が、 この後火事が鎮まったら全員下谷の蓮慶寺に集まるよう条件を出して牢の門を開放して逃がしてあげたところ、 感激した牢人たちは後日ほぼ全員がその寺へ集まって罪一等を減じられ、ただ一人ずらかった奴は草の根分けて成敗されたと伝えられています。
 間尺に合わぬ話ですが、これに通じることのように思えるのが、今回の被害にもかかわらず、 地域の横の連帯を保ちながら救援に感謝の気持ちを忘れない東北の人々の姿です。
 無法地帯化するのが常の海外の人にとっては異形にさえ感じるこの日本人の人柄と気高い精神を頼りに、 「北のまほろば」の復興を手助けしなければなりません。
 まずは義捐金から。早速郵便局に行ってきました。






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群馬県太田市に創業し、社寺建築・住宅建築を手掛けている赤石建設株式会社です。
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