ここ4年くらい、決まった中学校の同級生7人で毎年定期的に旅行に行っています。
最初は修学旅行先を再旅行することから始めた企画ですが、今年は気候の良いこの時期を狙って金沢・能登方面へ足を
延ばしてみました。 今回は男性4人、女性2人という組み合わせで、今はそれぞれの分野でそれぞれの人生を歩んでいますが、
同級生というのは幼馴染の親しさから気心が知れ、旅も修学旅行気分の楽しいものとなります。
越後湯沢から「ほくほく線」経由で金沢入りしてからは車で移動しての能登路散策です。金沢21世紀美術館、金沢城公園、
近江町市場を見た後、千里浜海岸ドライブウェイを通って和倉温泉に投宿しました。
金沢方面は個人的には初めてではありませんでしたが、今回能登の有名寺院として門前町の総持寺祖院と羽咋の妙成寺を尋ねられたのは
僥倖でした。 総持寺は言わずと知れた曹洞宗の大本山です。以前のこ稿でも書かせて戴いた道元禅師が永平寺に開山後、
道元の法孫で曹洞宗中興の祖と言われた螢山禅師が鎌倉時代半ばに開創した本山で、明治31年に大火で多くを焼失して
横浜鶴見に移転するまで590年もの間日本曹洞宗の根本道場であったところです。
2年前の能登半島沖地震でかなりの震災を被り、今まだ復興中の状態で各所に足場が組まれているのが痛々しくも見えましたが、
正面の三門は入母屋造りの尾垂木三手先に扇垂木という禅宗様式を踏まえた堂々たるもので、震災の程度は少しで済んだ様子です。
明治の大火の際唯一火災を免れた経堂は円覚寺舎利殿か京都・銀閣寺を彷彿させる美しい「方3間の一重裳階付」の堂で、
重文となっています。復興瓦と称して広く浄財を募っているのを見るにつけ、早くの完全復興を祈るばかりです。
羽咋の妙成寺は、失礼ながら「こんな田舎に何で?」とつい思ってしまうほどの大伽藍群に驚かされます。
国の重要文化財が10棟という北陸における日蓮宗の本山です。加賀前田家の庇護があったとは言え、
感心するのは桃山様式の江戸初期の建立で本堂・五重塔はじめほとんどの建物の屋根が柿葺きか栃葺きになっていることで、
その屋根線の優美さはこの葺き方独特のものです。門前の茶屋で「抹茶とみたらし団子」を戴きながら見る夕方の五重塔は
風景に溶け込んで、歌心があれば一句ひねってみるところでしょうか。
能登の地は「白米の千枚田」でわかるように海の上はすぐ山になって丘陵地が延々と続いている険しい地形です。冬場、
季節の良いこの時期では想像できないような雪交じりの西風が吹きすさぶことが浜辺の木々の傾きでわかります。
そんな地形だからこそ能登ヒバという良材が得られ、漆技術が発達して優れた建築・什器類が残されて来たとも言えます。
泊った和倉温泉での夕食の際若女将が挨拶に来てくれ、3年前に東京で看護師としてやっていた身から一人嫁いできたこと、
結婚直前まで旅館をやっていることを知らされなかった事、大所帯と田舎での暮らしや気質の違い等々、それを愚痴るのではなく明るく、
おおらかに受け入れていく姿勢で語っているのに好感が持てました。与えられた境遇や条件から人生を自分のものにして行くには、
明るさと聡明さが必要なのでしょうね。
帰路、来年の行く先を決める算段で、特急「はくたか」の車中は大いに盛り上がっていました。
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