それはあたかも地殻変動を起こして隆起した地殻・フォッサマグナが地上に忽然と現れたかのように見えます。
ここは所沢市に新しくオープンした「ところざわサクラタウン」の一角にある角川武蔵野ミュージアム。
中国山東省産の花崗岩を延6,000㎡、重量にして1,200tも使用した正面性のない外観は、
その割肌の黒い縞模様のせいもあって溶岩が冷え固まった巨大な塊のように強い存在感を醸し出しています。
張り合わせてある石材の大きさは約50㎝×40㎝で70㎜ほどの厚みがあります。
外壁構造はコンクリートで躯体を形成していますがその周りに鉄骨材を配して石張り下地とし1枚1枚をピンと金具で保持し目地は眠り目地にしています。
鋭角にエッジが複数納まった出入口の角など実際に実物模型まで作って納まりを検討したとされ、その精度を見るにつけ施工段階での苦労が偲ばれます。
設計の隈研吾氏の言によればすべての場所から見て無限の顔を持ち、自然が生のまま投げ出されたような建築にしたかったとその設計意図を述べていますが、
好悪の違いはあるかもしれませんがなかなか出せるデザインではありません。
そこは角川と所沢市が共同で進める「クールジャパン・フォレスト構想」の拠点となる場所の一角に建てられ、周囲は角川の新オフィスやアニメホテル、
イベントホール、商業施設などが入る複合施設となっています。まだ先月にオープンしたばかりで多くの人が訪れていました。
その中心のミュージアムは角川文化振興財団によって運営されアニメや漫画などのライトカルチャーと現代アートや文学・哲学等のカルチャーがミックスされた知的好奇心を
刺激する場所としてこの巨大な石の建物に内包されています。入館料4,400円には辟易しましたが、
本の見せ方や武蔵野の土地の記憶を展示するディスプレイには多くの見るべきものがありました。
見どころは4階から5階にかけて吹抜けとなった本棚劇場です。天井高さが8mもあり、角川源義、山本健吉、竹内理三らの蔵書を含め5万冊が所蔵されています。
手に取って閲覧も可能となっていて、巨大な本棚に囲まれた空間は圧巻の景色に映ります。
隈氏も「一番苦労したのが本棚」というように、
24㎜厚のラーチ合板で構成された同じパターンのない本棚構成は日本の書院造りに使われる「違い棚」や「霞棚」をモチーフにしたとされ、
本自体の大きさや厚さと相まってリズム感のある構成となっていて、見るものはあたかも「本の教会」にいるような錯覚になります。
天井から吊り下げられた同じ合板によるタピストリー風の幕板もその雰囲気づくりに一役買っています。埋め込まれたモニターにより著者や寄贈者の情報が流されると共に、
30分に一度のインターバルでプロジェクション・マッピングにより本棚に角川映画やアニメのイメージ画像が映し出され静謐な空間が一気にアクティブな空間に変換されて
飽きさせません。
蔵書をディスプレイするのもただ単に背表紙を揃えて並べておくのと違い、
情報を発信するという能動的行為によって重たいテーマの本もつい手に取って見たくなる雰囲気になるものだと教えられます。
隣接して武蔵野座令和神社と称する神社も新しく建てられています。名前からして新設されたものかと思われますが、
こちらも我々が見なれた本来の神社形式から抽象化されたモダン建築としてプレゼンスされています。入口の鉄骨L型アングルで作られた鳥居の列、
給水管に連続して開けられた複数の穴から水が飛び出す手水舎、拝殿に至っては千木が内削ぎと外削ぎの組み合わせで添えられ妻入り形式の壁面はガラス張りという構成です。
さすがに内部には茅葺きで檜造りの本殿が本来の形式で納まっていますが、壁面に絵馬が掛けられれば若い世代にはこれで用が済んでしまうのでしょうか。
航空発祥記念館や西武球場、となりのトトロなどでしか知らなかった所沢ですが、
東京に隣接した利便性を生かした新たな拠点づくりとして文化と自然の共生を目指しているといいます。
併設のKADOKAWA所沢キャンパスという新オフィスがコロナ時代のオープンなオフィス空間として提案されています。
このコロナ禍、少しずつですが明らかに価値観やライフスタイルに変化が起きつつあるようです。
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