コロナ禍が納まりを見せず大都市圏を中心に緊急事態宣言なるものが出され、一般の人の往来が制限され巣ごもり状態が続いています。
春の花の季節、一年で一番気候の良いときにこのような状態となることを誰も予想だにできませんでした。
感染力の強いこのウィルスの拡大を何としても防ぐためにしばらくは巣ごもり状態を続けなければなりません。そんなわけであまりうろうろ出掛けるのも憚れるので、
今月は最近読んだ本の中から面白いものを紹介させてもらいます。
「生き物の死にざま」(稲垣栄洋著・草思社)という本には29の昆虫や哺乳類も含めた生き物の生態が書かれていて興味がそそられ少し感動します。
その中から二つの例を紹介します。
最初はハサミムシの「子に身を捧ぐ生涯」のお話し。
庭などで少し大きめの石をひっくり返すとしっぽに大きなハサミを持った茶色い虫がハサミを反らせて威嚇してくるのを見たことがあると思います。
ハサミムシという名の虫でサソリやゴキブリなどと同じでかなり早い時期に出現した原始的な種類に属します。
石の下で身を潜めていたハサミムシは急に明るくなったことに驚いて慌てて逃げ惑いますが、中には逃げないで人間にも威嚇してくるものがいます。
そんな逃げないハサミムシは卵を抱えた母親で、卵を守るためにハサミを振り上げてくるのです。昆虫の中で子育てをする種類は極めて珍しいとされます。
自然界では弱い存在である昆虫はカエルや鳥などに捕食されやすく、子育てしていると親ごと食べられてしまうため多くが卵を産みっぱなしにしているのです。
タガメなどは父親が卵を守りますがハサミムシは母親が守ります。成虫で冬を越し、冬の終わりから春にかけて卵を産みます。
卵がかえるまでのあいだ母親はカビが生えないように一つ一つ丁寧になめたり空気を当てたりして世話をしていきます。
その間母親はエサを口にすることもなく飲まず食わずでなんと40日以上、長い場合80日もの間世話し続けるといいます。
そして卵がかえる日がついにやってきて愛する子供たちが誕生します。しかしハサミムシの母親の仕事はこれで終わりません。大切な儀式が待っているのです。
ハサミムシは肉食で小さい昆虫などを餌にしていますが、孵化したばかりの小さな幼虫は獲物を獲ることができません。
幼虫たちは空腹に耐えながら甘えてすがりつくかのように母親の体に集まってきます。これが儀式の最初です。
あろうことか、子供たちは自分の母親の体を食べ始まるのです。しかも子供たちに襲われた母親は逃げるそぶりも見せず、
むしろ子供たちを慈しむかのように腹の柔らかいところを差し出すのです。なんということでしょう、ハサミムシの母親は卵からかえった我が子のために自らの体を差し出すのです。
そんな親の思いを知っているのかどうか、子供たちは先を争うように母親の体を貪り食います。残酷といえばその通りかもしれません。
しかし子供たちは何かを食べなければ飢えて死んでしまいます。母親にしてみればそれでは何のために苦労をして卵を守ってきたのか分かりません。
母親は少しずつ体を失っていきます。しかし失われた体は子供たちの血となり肉となっていくのです。遠ざかる意識の中で彼女は何を思うのでしょうか。
どんな思いで命を終えようとしているのでしょうか。子供達が母親を食べつくした頃季節は春を迎え、成長した子供たちは石の下から這い出してそれぞれの道へ進んでいきます。
石の下に母親の亡骸を残して。
二番目はカマキリの「メスに食われながらも交尾をやめないオス」のお話し。
カマキリのメスは交尾が終わった後オスを食い殺すと言われます。
そこから「かまきり夫人」という言葉が生まれ、カマキリは男を食い殺す悪女にたとえられていますが本当なのでしょうか。
カマキリには凶暴な悪者のイメージが付きまといますが、昔から稲作の害虫を食べる益虫として大切にされてきて、古代の銅鐸などにも描かれています。
カマキリは夏の終わりころ交尾の季節を迎えますが、実際にこの季節にカマキリのメスが交尾に来たオスを食べることが観察されています。
この生態を世に広く知らしめたのが昆虫記のファーブルでした。カマキリは動いているものであればなんでも獲物にしてしまいます。
それが仲間のオスであろうと近づいてきたものは捕らえて食べてしまうのです。そのためカマキリのオスはメスと交尾するときに細心の注意を必要とします。
何しろ見つかったら終わりです。メスに見つからないように背後からそっと近づきメスの背中に飛び乗らなければならないのです。まさに命がけです。
一方のメスはオスに比べると交尾に対する執着はないようで、むしろ丈夫な卵を産むために食欲の方が勝っているように見えます。
メスは交尾の間も体をひねらせて何とかオスをとらえようとするので、オスは食べられないように逃げながら交尾をしなければなりません。
もし交尾の途中につかまればオスは食べられてしまうのです。子孫を残すためとはいえ交尾に対するオスの執念はすさまじく、
運悪くメスにつかまってもオスは決して交尾をやめようとはしないのです。交尾をしている最中でも食欲旺盛なメスは捕らえたオスの体をむさぼり始めるのです。
しかしオスの行動は驚愕で、あろうことかメスに頭をかじられながらもオスの下半身は休むことなく交尾を続けるのです。なんという執念と壮絶な最期なのでしょう。
しかしこれをメスが残酷な存在でオスが悲惨な存在と言ってしまっていいのかどうか。
メスにとっての大仕事は卵を産み残すこと。そのためには豊富な栄養が必要で食べられるオスはこの上ない栄養源なのです。
実際にオスを食べたメスは通常の二倍以上もの卵を産むと言われています。確かにメスから逃げ切ることができればオスは交尾の機会を増やすことができるかもしれませんが、
子供を多く残すことがカマキリにとって成功であるとするなら、メスに食われて死ぬことも決して無駄なことではないのです。
以上ハサミムシとカマキリの二つの例を紹介しましたが、この他多くの知らなかった生き物たちの「死にざま」が紹介されていて感動します。
すべては「命のバトン」をつなぐためなのだと納得させられるのです。
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