「日本を象徴する存在として世界的にも認識されている富士山は、2013年6月、ユネスコの世界文化遺産に登録された。
富士山の形態は日本の美意識の原点であり、象徴ともなって日本人の心に深く刻み込まれている。また古くより噴火を繰り返す富士山を神が宿る山として畏れ、
古くから信仰の象徴となっており、まさに世界文化遺産にふさわしい存在である。」
少し長く引用しましたが、そんな文言の募集要項で始まる設計コンペテションにおいて当選案に選ばれ実現したのが富士宮市にある静岡県富士山世界遺産センターです。
まだ初冠雪前の時期に訪れることがありました。
一昨年暮れにオープンし、その設計は紙や段ボールなどを用いた設計で知られる坂茂氏。東日本大震災の際も簡易な仮設住宅の提案で注目を浴びました。
コンペの募集要綱を見るまでもなく、この大いなる名山を前にしてどんな形態の建築が可能か、自分で考えてみても途方にくれます。
富士山に対峙するように建築を置くにはどんな形態をもってしても貧弱に見えてしまうはず。いっそのこと埋めてしまって地表には出ない形状にするか、
暗喩的にもじって形づくるかのどちらかになってしまうように思います。坂氏が考えたのも後者の部類に入るのではないでしょうか。
コーン型の逆さ富士を用いてそれを水面に映すことで虚像としての富士山を作り出すというアイデア。
そしてその表面は白を基調として地産の富士桧4寸角を用いた編カゴ状の格子で覆うという奇抜なデザインはコンペならではといえるかもしれません。
このコーンの部分は高さが14mあって底部が直径10mの円形から上部で長径46mの楕円形に変化するようになっています。
昼間だと水面が御影石の色のせいかはっきりと逆さ富士を映しきれませんが夜になるとその照明効果で水面に綺麗な富士型を映すようです。
中に入るとそのコーン型形状がそのまま展示経路に利用され、ライトのグッゲンハイム美術館よろしく螺旋状にスロープを登らせて、
その間コーン上の壁には四季折々の富士山やマグマの胎動、山の成り立ちなどの映像が順次映し出され山頂への「登拝」を疑似体験していきます。
そして登り切った先にある展望ホールの大きな開口からは遮るもののない1枚の絵のような本物の富士山が望めるという仕掛けになっています。
外観から想像するよりも内部空間が広く感じられるのは各コーナーでテーマごとに6つに分けられた映像の効果もあるのでしょうか。
これを実現するための構造計画はよくできていると感心します。
エレベーターホールを含む直径7mのセンターコアを中央に配してその周りの曲面を鉄骨ラチスで組み上げるという外殻構造としているそうです。
施工時の困難さも想像に難くありません。桧の角材も格子の曲率やひねり、長さが違うため3D加工マシーンを用いて削り出して製作、
編み込んだように見せるため相じゃくりを基本として組み合わせたと資料にあります。
建築本体の意匠性の際立ちとは裏腹に敷地は交通量の多い県道沿いにあり、既存の大鳥居の朱の色と共にそこに立つと市街地の中に一瞬唐突感があります。
近くの川と共に親水公園となっている部分もあるのですがそことは一体感を構成しているようには感じられず、
多くの来訪者は逆さ富士が映る水面をバックに写真を撮っただけで帰ります。市街地でなくもう少し自然を感じられる、
富士山と軸線を共にする場所に立地を考えてもよかったのではないかと考えてしまいました。
富士山という巨大なスケールと美しさを備えたものを対象とするには絵画にしろ写真にしろその創作には相当の技量と工夫がなされないと描き切れないものです。
建築にしても単独では美しいと思えても富士山を背景にするとその在り様は決して重い物にはならない宿命を負ってしまうような気がします。
日本人にいにしえより愛されてきた富士山はその単独峰の形状の美しさと裾野の根張りの見事さ、
そして火山としての厄災とも背中合わせであるがゆえに霊峰として畏怖され信仰の対象にもされてきました。
この同じ敷地に建つ大鳥居の先には本宮浅間大社があり昔から多くの篤信の参拝客を集めてきました。
世界遺産センターを訪れた人は浅間大社も一緒に訪れるのでしょうか。
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