新潟県上越市はかつて隣接する高田市と直江津市が昭和46年に新設合併して生まれた市で、
上杉謙信の春日山城や高田平野という豪雪の大稲作地帯を持つ高田市と工業港と鉄道交通の要衝として栄えた
直江津市という内陸地と臨海地両面の特色を持ったまちとして知られています。
その旧直江津市内に昭和9年開館という80年以上の歴史を持つ上越市立水族博物館があり、今年その数えて6代目の建て替えが行われたというので見に行く機会を持ちました。
2014年に「水族館でまちを元気にする」という市の主旨のもとで公開プロポーザルが行われ日本設計チームの案が実施案に選ばれましたが、
町おこしや開かれた水族館とはどういったものかを考える良き教材となっています。立地は日本海の砂丘際に、
厳冬期には荒れた海から厳しい風雪が吹付けるだろうことが想像される海側に向かって建てられています。
その理由が3階部分に設けられた日本海大水槽と呼ばれる水槽越しに見る日本海の眺望を得るためだというのが最上階に上がると分かります。
インフィニティプール形式と呼ばれるエッジの見えない水面はそのまま日本海に続き一体となって見える様は圧巻です。
夕暮れ時にはここから夕日を望むことができるそうで夕日テラスと命名されています。
この大水槽には日本海の海底地形が1/10,000に圧縮されて生物と共に再現されています。
水面には佐渡島と能登半島が顔を見せ、富山湾で深い急峻なトラフを形成しているその世界に類を見ない特殊な地形を視覚的に分からせてくれます。
2階に降りると今度はその大水槽の海底面に視線を合わせられるようなレベル設定となって、イワシの大群を下から見上げるという光景を望むことができます。
佐渡側と能登側を繋ぐ水中トンネルではアクリル技術の進歩によって厚さ12㎝という床までシームレスのアクリル透明トンネルを通ることになりますが、
あたかも日本海の中にいるような水中への没入感を体感できます。
2階海側のペンギンエリアでは、展示されているマゼランペンギンが生息するアルゼンチンの環境を再現した擬岩が並び疑似体験ができ、
プールに飛び込んだペンギンを今度は1階の展示空間から見ることができるという仕掛けになっています。
アオリイカやタコ、深海魚に至るまで展示物をみて来館者が「オー」という感嘆の声があちこちから聞こえてくるほどに飽きさせないディスプレイになっていて、
設計段階でのセクション(断面)計画に発想の秀逸さと苦労の後が窺い知れます。展示の仕方だけ見てもかつての水族館のイメージは一新されますが、
この水族館に託されたもう一つの使命は「まちを元気にする」ということ。水族館の集客に資すると同時に地域の人びとが自分のまちの魅力を再発見することを意図し、
様々な工夫がなされています。近隣の文教施設や公園などと連携したイベント利用や無料ゾーンへのレストランの配置、外部から直接出入りできる催事ホール、
駐車場でのイベント時に客席となる芝生のマウンドなど柔軟な施設の使い方が可能な企画設計になっているようです。
産業構造の転換により直江津もかつての賑わいが失われつつあるといいます。
たしかに駅までの道すがら見る旧商店街は地方都市によくあるシャッター通りとなっています。
しかしそこここに吊るされた幟には「水族館のある町 ようこそ直江津へ!」や「水族館通り町内会」などの文字が躍っていて、
総工費87億円をかけて水族館で生きていくという市民の意気込みを感じさせます。市や設計者は水族館であると同時に、
地域の人びとが気軽に訪れる「普段使いできる公共施設」であることを目指しまちを元気にする水族館にしようと企図しました。
実際オープン後4ヶ月が経過し、市の基本計画における初年度の年間来場者数想定60万人に対してすでに50万人を超える人々がこの施設を訪れているそうです。
たった一つの建築物でまちが変えられると思うのは少し思い込みが過ぎるかもしれませんが、
ハードにソフトを加えた取り組みを行いその圧倒的な集客力により直江津のまちへの人の流れを作ることで変化も生まれてくるのではないかという期待感を抱かせます。
地方創生という掛け声は聞こえてきますが、
人口減少という現実が間近に迫ってくる近未来においてはこれまでと同じような金太郎飴的なまち運営では取り残されてしまうといわれます。
特色を出し他にないものを再発見し売っていく。地方都市も会社経営も同じような境遇に置かれているような気がしますが、
言うは易くでそう簡単に特色は出てこないものです。
厳しい裏日本の気候と特殊な海底地形を逆手にとってそこから得られる海の幸と自然の雄大さを海を媒体にして「生命の不思議さ」や「自然・地球に育まれている思い」まで感じさせることに成功しているよい例だと思います。
今後花開くまでには一定期間の時間が必要でしょうが、市民と共に継続的にアイデアを出し合い、水族館で「まちが元気になった」ところを是非見てみたいものだと思いました。
|