今年は明治150年にあたる年だそうで、大河ドラマでもそれを意図してか西郷隆盛を主役に放送が始まりました。
明治維新は確かに武家政権の幕藩体制から天皇親政の国民国家へと移った大変革でしたが、半農の下級武士や大半は農民であった庶民にとっては別世界の話しであって、
感覚としては変革といっても特に自分の生活環境がすぐに変わったというわけではなかったかもしれません。
彼らにとって本当の革命となったのは明治四年の廃藩置県と同六年の地租改正だといわれます。
藩を廃することで武士は職業を失い家屋敷も放出し慣れない「武士の商い」をすることになってしまいました。
そして地租改正に至っては「米で租税を納めさせていたものを金で納めさせる」というそれまでの米経済から現金経済に一日のうちに代わってしまうという大改革でしたから、
武士の棒給が米で支払われることに慣れていた時代、人々にとっては驚天動地のことであったろうと思われます。
それまで農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来商品経済とあまり変わりなく続いてきて、現金要らずの自給自足といってもいいようなものだったろうと思います。
現実の農民は上代以来現金の顔などほとんど見ることもなく暮らしてきたし、たいていの自作農は米を現金に換えうる力など持っていなかったといわれます。
どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけでした。
これが高率であったことや各地の実情にそぐわなかったこともあって各地で大規模な農民一揆が頻発することになります。
しかし一般にはとても納める金などない、ということで金納の能力を持つ大地主を探して「安い金で土地を買ってもらい地主に金納してもらい、
先祖代々耕してきた田を地主に物納していき小作になっていった」のです。
これが全国規模で行われこれによってどの府県でも圧倒的な地主というものが明治初年に出来上がっていきました。
大正に入っての農林省の調査では50町歩以上有しているものを大地主と定義すると新潟県が全国一位の256戸を数え、
さらに一千町歩以上は全国に9戸ありそのうち5戸は新潟県が占めていたと書かれています。土地柄、気候、風土など新潟には資本が集中し易い素地があったということでしょうか。
伊藤家、市島家、斎藤家、田巻家、白勢家がそれにあたり豪農の中の豪農といえる存在で地域の中で大きな影響力を持ち政財界などにも進出していきました。
少し前になりますがその中の斎藤家を訪ね内部まで見せてもらう機会がありました。
斎藤家は阿賀野市保田という会津街道沿いに近いところにあり、江戸期には庄屋として名字帯刀を許されていた家柄でしたがその後土地を増やし、
明治後半には最大1220町歩を有していたとされます。現在の建物は昭和6年に建てられたもので7千坪の土地に350坪あるとされ、
周囲には池泉式の庭園が配されるという豪壮なものとなっています。
千鳥破風の入母屋玄関から入り壁掛けの鐘を鳴らすと係りの方が対応され簡単な挨拶を済ませるとあとは自由に中を見ることができました。
総縁側付きのむくり屋根のなかに多くの座敷が並び客間、
奥座敷などに使用されている材も柱が四方柾、銘木も鉄刀木、モミジ、黒柿、天然の四方竹など今ではちょっとお目にかかれない材がこれでもかとふんだんに使われています。
合板のなかった時代、奥座敷の格天井折り上げ鏡板が無垢の欅材にもかかわらず見事に曲げて取り付けられているのは驚きです。
今でもどう曲げ加工したのかわからないと説明板には書かれています。
昭和初年といえば世界恐慌のあおりで緊縮財政を強いられ国家予算が厳しい状況で、地方農村部にあってはさらに貧しく「おしん」を生んだ時代です。
富の集中が起こっていたことを感じさせますが、こと斎藤邸に関しては一種の不況対策的意味合いもあって地元農民がその工事に従事したといわれます。
築90年近くなるといたるところで建物には手を入れていかなければならないところが出てきます。
ましてや大きな池を持つ庭園など四季を通じて職人を使って手入れを必要とします。
職人の技術を維持するという観点からはこういった屋敷建物は貴重な存在と言えますが反面維持費の負担が重くのしかかります。
この斎藤邸は戦後農地解放に伴って一度は国納されたものを競売により真宗大谷派の孝順寺という寺院が買い取り現在本堂として使用しています。
地租改正などによって集中してしまった富を小作に分与するという大変革は戦後GHQにより行われました。
戦争という多くの犠牲者を出した一つの国策の結果が占領という形で終結し、その後アメリカにより財閥・農地解放が断行されたことを考えると、
このような大変革は「ガイアツ」なしでは日本人自らでき得ないものなのでしょうか。明治150年という機に考えてみる必要があるかもしれません。
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