桜さん、お帰りなさいませ。
旅の疲れを癒した後は、また掲示板に復活お願いします。
アイスランドのお土産話も聞かせて下さい。
桜さんの、いらっしゃらない間は、中さんに頼りきりでした。
役に立たない管理人で、スミマセン。
と言っても、私の出る幕は殆ど無いんですけど・・・ (~_~;)
平山様
『遺書の誓ひ』は、持っていますが、そのような話ではなかったような気がします。
本を探して、読み直してみますね。
実は・・・
台風が去ったのと一緒に、自宅のPCが動かなくなってしまいました。
スイッチを押し手も、電源が入らない・・・(大泣)
このまま修理に出さないといけないとすると、当分の間メールやネットにアクセスし難くなる可能性が有ります。
メールのお返事や、掲示板へのRESが(今でも殆どしていないけど・・・)出来なくなるかもしれません。
あらかじめ、お詫びしておきます。
(現在は、代替えPC=Win95+NN3.0 からアクセス中。状況はまた報告します)
中様、
お手数をおかけしています。
「探偵小説四十年」を読み返していたところ、昭和二十年か二一年にドイツ語の世界探偵小説叢書を持ち帰った人がいたので、全部を翻訳するはずだったのが、デンマークの作家カルロ・アンダーセンの「遺書の誓い」が出版されたのみだった、という記述がありました。(乱歩文庫「四十年3」p287-)
またべつの出版社からイタリア人作家デリコの「悪魔を見た処女」が出版されたとありますが、これも同じ人のもっていたドイツ語の本が種本だったらしいと乱歩がいっています。
今のところドイツ語の小説で思いつくのはこれぐらいなのですが、もしかしたらこれらが「十字路」で言及されている本とはいえるでしょうか。もっともそれほど売れたとはおもえませんが…。
どなたか二十年代に出版されたドイツ作家の本、御存じありませんか?
中様
お尋ねの桃源社版「江戸川乱歩全集 第九巻」(収録作品:黒蜥蜴 お勢登場
妖虫)は、たしかに昭和37年2月25日発行です。
この全集ははちょうど学生時代に刊行されまして、バイト(家庭教師)の
お金で、これと、東都書房「日本推理小説大系」を全巻買いそろえたのが
いい思い出です。
>中さん
そうですか。あの短編は代作ですか。それは残念。
高校時代にソノラマ文庫のアンソロジーを読んで、ポプラ社にも収録されてない短編に、こんなのもあったのか、まだ他にもあるかもしれない、とわくわくしたものでしたが。
ちょうど高校の図書館で借りた江戸川乱歩全集にはまる前後のことです。
末永昭二さま
早速の情報ありがとうございます。まず著者名ですが奥付は「北島俊碩」で間違いありません。ただ小説の冒頭では「俊碩劒士著」となってますので、末永さんご教授の人物で間違いないようです。当店の資料でも、著者くらいはどんな人物なのかすぐに判ると思っていたのですが、春江堂書店の探偵文庫は推理小説研究の意外な穴になっているのかもしれません。
黒白さま
原作情報、ありがとうございます。どうも筋から判断すると、ちょっと違っているようです。翻案ではないかというのは、表紙の外人っぽい絵と、萬里谷(まりや)伯爵といような人名からの推測ですが、オリヂナルの作品の可能性もあります。
これからも、よろしくお願いいたします。
岩堀さんが書かれた台風襲来。その台風のなか、アイスランドより帰りました。
ラム肉とワインで、はじめて、食文化を堪能したような気持ちです。
寝ずに、たまりにたまった目録や本をみました。
・『澪標の旅人 馬場孤蝶の記録』吉屋行夫(本の泉社)
乱歩との交遊が書かれている
・『探偵作家 江戸川乱歩の事件簿』楠木誠一郎
『着流し探偵事件帖 青空の下の密室』村瀬継弥
ともに「ダ・ヴィンチ」九月号より
今日は、目録の申込みをする予定です。
小林さんをはじめ、皆様、またおつきあいください。よろしくおねがいします。
■平山雄一様
「十字路」の件、やっぱりわかりませんでした。当該の箇所には、
《殺人の手段は、自宅から若葉荘へ車を走らせているあいだに、着想を得ていた。伊勢はいつか、有名なドイツ人作家の長篇小説で、そういう場面を読んだことがある。アメリカ版がベストセラーになって、日本でも翻訳され、評判だったので、あまり読書家ではない伊勢も、それを読んでいた》
とあり、このあと猛スピードで走行中に急ブレーキをかけて助手席の同乗者を殺すシーンが描かれるわけですが、このもとになった小説というのは、やはり探偵小説ではないように思われます。急ブレーキによる殺人、などというのは探偵小説のいわゆるトリックに数えうるものではありません。ただし、トリックに重きを置かないサスペンス小説になら、こんな場面はおおいにありそうです。
「十字路」の発行は昭和30年ですから、たぶん昭和20年代のおそらく後半にそんな小説が出回っていたのでしょうが(もとになった作品の存在そのものが虚構である、という可能性は低いと思います)、「有名なドイツ人作家の長篇小説」や「アメリカ版がベストセラー」といった手がかりからも、残念ながら何も思い浮かびませんでした。お手あげです。お役に立てません。
■岩堀様
藤沢周平作品はすべて読みました。池波正太郎作品は「鬼平犯科帳」と「剣客商売」のふたつのシリーズだけにとどめる予定です。この二人の作品は、むろん人にもよるでしょうけど、読み出すとまず間違いなく「耽溺」することになると思います。司馬遼太郎作品には、私はなぜか興味を覚えません。
そんなことはともかくとして、桃源社版の乱歩全集を全巻ご所蔵なのでしょうか。もしもご所蔵でしたら第九巻のことでお教えいただきたいのですが、この巻の初版発行日は昭和三十七年二月二十五日でよろしいのでしょうか。手許には再版しかなく、奥付には初版発行日が記されておりませんので。
■末永昭二様
ありがとうございました。乱歩との血の色談義、美輪さんの自伝やら随筆やらにも出てきそうな感じですが、なかなか眼を通す機会が得られません。また何かありましたらお知らせください。
古本まゆ 様
はじめまして。黒白といいます。
>昨年名古屋の市で、探偵文庫「青自動車」北島俊碩作・春江堂書店・大正5年発行・大正7年8版という文庫サイズの本を手にいれました。
もしかしてこれって、「仮面舞踏会に呼び出された警部がなぞの貴婦人と会って殺人事件をほのめかすようなことを告げられ、その貴婦人は緑色の自動車で去っていってしまう」という筋ではないでしょうか? もしそれでしたら、原作はアウグスト・ワイスルの「緑の自動車」であります。題名が似ていたのでしゃしゃり出てきましたけれど、間違っていたらごめんなさい。
ではでは
古本まゆ様。
北島俊碩の「碩」は「硯」じゃないですか? 多分、その人物は別名「俊硯剣士」という人で、どうも春江堂専属のライターのような気がしますが、よくわかりません。『青自動車』は知りませんが、大正5年に刊行された『拳骨』は大正4年に封切られた同名映画(A・B・リーヴ作)のノベライズです。同時に数社から別の『拳骨』が出ています。映画が大人気だったようですね。『拳骨』は延原謙訳の方が有名です。
北島俊碩(硯?)、複数のライターのハウスネームのような気がしないでもありません。以前ここでも書きましたが、大正初期、大泉黒石が浅草の赤本屋で探偵小説を書き飛ばしていたというような状況もあり、貧乏ライターが請負仕事として翻訳や映画のノベライズなどを書きまくっていた、その中の一人(ハウスネーム?)、という気がします。言うまでもなく、春江堂は浅草の赤本出版社です。著作権無用のモノスゴイ出版社です。
赤本研究で有名な某氏が春江堂の出版目録を入手されたという話を伺ったので、その研究成果が発表されれば春江堂の出版物はもう少しはっきりわかるようになると思いますが、春江堂という出版社については、『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』に書いている範囲くらいしか知りません。最近まで営業していた(今もあるのかしら?)うえに、東京最大の赤本出版社だったし、有名作家(梶野悳三とか富田常雄とか)も書いているのに。
中様。
8月18日午前10時から10時30分に放映された「素顔が一番」(日本テレビ)という番組です。
ケレンも何もない「お宅訪問番組」です。例によって美輪さんはトバシまくっていました。いつものように三島由紀夫らとの交流を語った後、乱歩さんと会ったときの話をしていました。
乱歩さんは「自分の腕を切ったら青い血が出る」と言い、「君を切ったら何色の血が出るかな?」と尋ねました。美輪さんが「私を切ったら七色の血が出るわよ」と返したら、乱歩さんが驚いて「君いくつだい?」
「16歳」
と、まあこういうやり取りをしたという話でした。
記憶で書いているので、細部は違うかもしれませんが、だいたい正確だと思います。
台風11号が北方に去って行きつつありますね。会社(横浜)では直撃
覚悟でそれなりに構えていたのですが、まあ無事に済んでほっとして帰って
きました。
私は、台風襲来と聞くと甲賀三郎の代表作「琥珀のパイプ」を思い出します。
あの作品の冒頭部分に「今夜半台風帝都に襲来せん」という新聞の見出しが
出てきます。子供の頃読んだ時に(以前に桜さんが書いておられた「探偵実話」
の名作特集号です)、これを「今夜 半台風 帝都に襲来せん」と読んで
「半台風」ってどんな台風なんだろうと不思議でしょうがなかったのです。
歳長じて、あれは「今夜半 台風 帝都に襲来せん」と読むことに気付いて
得心したものです。小学生では、「今夜半」という言葉が少し難しかったの
ですね。
ちなみに、この見出しの言葉が重要な意味を持ってくるところが、「琥珀の
パイプ」のうまさだと思います。
中様
池波正太郎、藤沢周平は好きな人が私の周辺にもいっぱいいます。
関心がありますが、一冊でも読むとそれに耽溺してしまってミス
テリが読めなくなるのでは…と怯えてしまって、一冊も読んで
おりません。
司馬遼太郎健在の頃は、彼の本が出ると必ず読んでました。幸い(と
いうのは大変不謹慎ですが)、新著が出なくなったのでミステリに
回帰したというのは誇張ではありません。
なにを読むにしても、ゆったりとした気分で読むのが一番と思いつつも、
なんだかガツガツと義務感で読んでいるようなところは反省しなきゃあ
とは思っています。わかっちゃいるけど…という歌が昔ありましたね。
僕が質問すると、どうしても商売がらみのことになってしまうので、ちょっと遠慮していたのですが、どうしても判らないことがありますので、もしご存知の方がみえたらお願いします。
昨年名古屋の市で、探偵文庫「青自動車」北島俊碩作・春江堂書店・大正5年発行・大正7年8版という文庫サイズの本を手にいれました。巻末の探偵文庫の紹介によると他に「地獄谷」「拳骨1」「拳骨2」「拳骨3」という作品があるようです。「青自動車」の内容からして、欧米ものの翻案専門の作家ではないかと推測しているのですが、この作者と作品について、どんな情報でも結構ですのでお教えください。
おはようございます。台風の影響はいかがでしょうか。当地には被害と呼ぶべきほどのものはなかったのですが、台風のせいで体調を崩してしまいました。あーしんど。簡略にまいります。
■喜国雅彦様
ご多用中、ご厄介をおかけいたします。お手すきのときで結構です。よろしくお願いいたします。
■末永昭二様
ありがとうございます。そのトーク番組のこと、お知らせいただけますでしょうか。
■宮澤様
私も「密室系」に掲載された少年もののリストには一驚を喫しました。そもそもあの道立図書館所蔵の栗田文庫とやらがただものではなく、少年誌や学習誌に限っていえば大阪府立国際児童文学館もたじたじという感じですし、それを虱潰しに調べあげてゆく人がいらっしゃることにもたいそうびっくりし、心強くも感じました。
で、《これらが乱歩の真作か代作か》となりますと、すべて代作だと思います。あれらに、というのは、おげまるさんのリストで《江戸川乱歩・関連作品》とされている作品のことですが、あれらに附された江戸川乱歩という名前は、署名ではなく商標と見るべきだと考えます。むろんだからどうでもいいということではまったくなく、私がそれらの調査に手をつけかねているのは、単にサボっているだけの話だとお思いください。サボっているといいますか、開き直っているといいますか。
■平山雄一様
ご指摘の翻訳作品、さっぱりわかりません。探偵小説ではないという印象を抱きましたが、とにかく「十字路」をぱらぱら読んでみることにいたします。
こんにちは。
乱歩ついでに、教えていただけないでしょうか。
「十字路」にでてくる伊勢省吾は、有名なドイツ人作家の長編小説で、アメリカ版がベストセラーになって、日本でも翻訳されて評判になった本を読んでいて、これを南重吉殺害の着想にしたというのですが、この本について御存じないでしょうか。ちなみにその殺し方というのは、車を急停車して油断している同乗者が頭をぶつけたところを、さらに殴り殺しています。
「続幻影城」にのっていた戦後の長編探偵小説の翻訳書一覧にもドイツ人作家の名前はありませんし、どうしたものかと困っています。
少年探偵団で盛り上がっていますね。
中さんにひとつ質問ですが、以前「謎宮会」でも話題になっていたソノラマ文庫のアンソロジーに収録された少年探偵団ものの短編「悪魔の命令」と「奇妙なアルバイト」の初出は判明したのでしょうか。
と書きかけて、試しに検索したら成田さんのページの少年ものリストがヒットしました。いやあ、なんとも大変な時代になったものです。
これらが乱歩の真作か代作か非常に気になります。真作なら、「探偵ブック」とか「中学生の友」にまだまだ真作があることになるわけですが。
ちなみに私は少年探偵団シリーズのリファレンスは、黄金髑髏の会(戸川安宜他)『少年探偵団読本』(情報センター出版局:1995)を重宝していますが、「赤いカブトムシ」とか「怪人と少年探偵」とかまで載っていても、さすがにこれらの短編の記載はないです。
中様。
せっかくのご指名ですが、光文社については何も知りません。すみません。ただ、偕成社やポプラ社あたりの本も似たようなものですから、用紙事情を無視することはできないようです。
ところで、先日テレビのトーク番組で美輪明広さんが乱歩との交流を語っていましたが、こういうのも調査対象ですか?
そう言えば、大学時代、ほるぷにもお話を伺いに行った記憶がありますが、はじめからあの全集を買う気がなかったので、どんな形態で売られていたか、お役に立つような記憶がないです。重ね重ねすみません。
フクさん
3ヶ月ほど前にブックスいとうの鷹の平店で30冊ほどまとめて見つけました。で、1ヶ月後にもしやと思って行って10冊見つけました。もしかしたら集まるかも? と思ったのはこのときからです。 まだいくつか残ってましたよ。
中さん
函版全集5冊とも持っていますが、残念ながら仕事週間になってまいりました。しばしお待ちを。月報が入っていたかどうかは自信がありません。
■岩堀様
私は、自分には平穏な老後などありえないだろうと信じておりますので、できるだけ「ぱっと読む」ことにしているのですが、それでもあれも読み残した、これも読み残したとぶつぶつぼやきながら死んでゆくことになるのだろうと思います。最近では夏の長い夕方、ビールを飲みながら池波正太郎の「剣客商売」シリーズを、一篇一篇、惜しみ惜しみ読むのが読書における唯一の持続的な愉しみとなっており、かつては伝え聞くそれが気に喰わなくて本を手に取る気にもなれなかった池波正太郎の美食趣味なども、いまでは抵抗なく受け容れることができます。齢を重ねて人間が円熟してきたというべきか、すでにして老後の境地であるというべきか。
■大阪府守口市の皆様
先日、コミュニティ放送局「エフエムもりぐち」の「なおちゃんのもりかど探偵団」という番組をご紹介いたしました。この番組ではきのう20日、江戸川乱歩と守口の関係がとりあげられる予定だったのですが、台風の接近に伴って台風関連情報が割り込んだため、乱歩の話題は8月27日に延期されたとのことです。同番組スタッフの方からその旨お知らせをいただきましたので、ご案内申しあげます。
ちなみに当地は、迫りくる台風11号の影響で、風雨いよいよ激しい朝を迎えております。
中様
『乱歩――キネマ 浅草コスモス座』中のの「一寸法師」カニバリズム
に関する記述、やはりそうでしたか。わたしも、その個所読んだ時に、
そんなところあったかなあと思ったのですが、なにせ40年近く前に読
んだだけなので(桃源社版乱歩全集第1巻…昭和36年10月発行)、
間違いとも言いきる自信もありませんでした。不精こいて原典にもあた
らず、中さんに教えて頂くはめになりました…、お恥ずかしいです。
乱歩の再読は老後の課題(楽しみ)と思ってましたが、気にかかる時は
ぱっと読むべきかもしれませんね。
ちなみに、私の版は奥付に「1996年4月5日初版第一刷発行」という
紙が貼り付けられています。
■岩堀様
『乱歩──キネマ 浅草コスモス座』(きのうまで「コスモス座」を「コスモ座」と誤記しておりました。お詫びします)の件ですが、先日、岩堀さんの書き込みを拝見して同書をぱらぱら読み返したとき、次の箇所が気になりました。
《「一寸法師」の最後の場面に出てきた人肉嗜好の描写が読者に嫌悪をもよおさせたことも少なからず乱歩自身を後悔させた。作品についての羞恥、自己嫌悪、人間憎悪に陥ってしまった。》[p.159]
「人肉嗜好」は「人肉嗜食」と同じ意味で使用されているようですが、あれれ、「一寸法師」にカニバリズムなんてのが出てきたかな、と私は思いました。作者は「一寸法師」と「闇に蠢く」を混同しているのではあるまいか。いずれにせよ、ここはひとつ「一寸法師」に当たってみなければなるまいて。そう考えて、おとといでしたかいつでしたか、「一寸法師」の終わりのほうを走り読みしてみたのですが、人肉嗜食に該当する描写は発見できませんでした。これはちょっといただけません。
といったことをえんえんと記そうと思っていたのですが、なんだかもうどうでもよくなってしまいました。気になる箇所があったということだけお知らせしておきます。尻切れ蜻蛉で申し訳なく思います。
ついでですから附記しておきますと、この『乱歩──キネマ 浅草コスモス座』の奥付には発行日が記されていません。発行直後に版元に電話でお訊きしたところ、1996年4月5日とのことでした。
■万国博様
乱歩の少年ものについて、さらにいささかをお知らせします。
光文社の少年探偵団全集は、『少年探偵手帳 完全復刻版』に収録されている広告とはやや異なり、昭和三十六年十二月に第五巻までが発行されました。下記のとおりです。いずれの巻にも「少年探偵団ニュース」という月報の No.1 と No.2 が挟み込まれていました。
怪人二十面相 少年探偵団全集1
昭和三十六年十二月十日
B6判 函 二二八頁 二五〇円
装丁:白井哲 さしえ:武部本一郎
少年探偵団 少年探偵団全集2
昭和三十六年十二月十日
B6判 函 二一〇頁 二五〇円
装丁:白井哲 さしえ:武部本一郎
妖怪博士 少年探偵団全集3
昭和三十六年十二月十五日
B6判 函 二二一頁 二五〇円
装丁:白井哲 さしえ:武部本一郎
大金塊 少年探偵団全集4
昭和三十六年十二月十五日
B6判 函 二一三頁 二五〇円
装丁:白井哲 さしえ:武部本一郎
青銅の魔人 少年探偵団全集5
昭和三十六年十二月二十日
B6判 函 一八六頁 二五〇円
装丁:白井哲 さしえ:武部本一郎
■喜国雅彦様
と上に掲げました少年探偵団全集のリスト、恐れ入りますがご所蔵分をご確認いただけないでしょうか。なんやかんやと偉そうなことを申しておりますが、じつは手許には第一巻があるだけです。「少年探偵団ニュース」は八ページ立て、ということでよろしいのでしょうか。毎度毎度、まことに申し訳ありません。私も最近はすっかり図々しくなって、堂々と喜国さんを「ご指名」できるようになった次第です。よろしくお願いいたします。末筆ながら、光文社から一日も早くBDバッジが到着することをお祈りしております。
●BDバッジ
なんて見たこともない、とおっしゃる世代も多いことと思います。上記 URL でBDバッジの復刻版をご覧いただけます。この復刻版を入手したいとおっしゃる方は、お手数ですが下記のページの2月1日の項をお読みください。
http://www.e-net.or.jp/user/stako/banken-2001.html
■古本まゆ様
光文社版全集の紹介文の件、附録は無理ですが、『江戸川乱歩著書目録』の解題に引用することは可能かもしれません。解題の原稿を書くのはまだ先のことですから、ゆっくり考えてみたいと思います。ちなみに私は引用が大好きで、引用の巧みな書き手はそれだけで信頼できると頑なに思い込んでおり、引用上手は床上手、を座右の銘にしております。
■森英俊様
さっそくお知らせいただき、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
中さん
『黄金仮面』のカバー絵、牧秀人の手になるものです。
「上野図書館」ではなくて、「名張市立図書館」ですね。失礼いたしました。
中 相作さま
あまり何回も読み返したので、ほとんど記憶してしまっている紹介文も多いのですが、いゃ〜っ、やっぱ素晴らしいです。
上野図書館の第三集では、附録で「少年探偵団全集」の巻末の紹介文の全収録という訳にはいかないものでしょうか。
確かにポプラ社の版で実際に読んでみると、期待との落差はかなり大きかった?ですね。
■古本まゆ様
光文社の少年ものに収録された巻末の作品紹介、私もよく記憶しております。
昨年十月、名張市で北村薫さんと宮部みゆきさんの「ミステリ対談」なるイベントが催され、対談のあとご両所が名張市立図書館にお立ち寄りくださったのですが、乱歩コーナーの書棚から光文社の少年ものをすっと抜き出した北村さんは、
「これこれ、この巻末の作品紹介が怖いんだよね」
と宮部さんに説明して、紹介文を声に出してお読みになりました。それは『宇宙怪人』の一節でした。
《怪人は、もう二メートルほどのところへよってきました。銅仮面の、まっ黒な三日月がたの口が耳までさけてニヤニヤと笑っていました。なんともいえない、なまぐさいにおいがただよってきました。「キミ、フルエテイルネ」人間の声ではない言葉がきこえてきました。》
この「キミ、フルエテイルネ」は、乱歩の少年ものを代表する名科白です。北村さんも印象深く記憶していらっしゃったようです。もっとも北村さんは、読みあげたあとで、
「ね、怖いでしょ。実際読んでみると、たいしたことないんだけどね」
と身も蓋もないことをつけ加えていらっしゃいましたが。
ついでですから、『鉄塔の怪人』の紹介文もご紹介しておきましょう。
《どこかしらの山おくに、西洋のお城のような、恐しい鉄の塔がそびえているらしいのです。そしてその塔には、カブトムシを万倍も大きくしたような、せなかにがい骨のもようのある妖虫がウジャウジャすんでいるらしいのです。その数ひきが東京に姿を現わしました。》
『透明怪人』も行っときましょうか。
《大友君はあまりの恐しさに体がガタガタふるえてきました。自分の顔がなくなっていたのです。鏡にうつっているのは学生服だけ…大友君はいつか透明人間にされてしまったのです。一生目に見えない人間として暮さなければならないなんて恐ろしいことがあるでしょうか。》
『大金塊』をおまけに付けときます。
《「ししがえぼしをかぶるとき、からすのあたまのうさぎは三十、ねずみは六十…」奇怪な暗号にひきよせられてやってきた、離れ小島の地の底…聞えるのはゴウゴウとうずまく水の音ばかり。もう小林少年の胸のへんまでもジャブジャブとまっ黒な水がのぼってきたのです。》
ここいらでやめておきますが、あの作品の紹介文がぜひ読みたい、というリクエストがおありでしたらお気軽にお寄せください。
■岩堀様
『乱歩──キネマ 浅草コスモ座』で気になったことをお知らせしようと思っていたのですが、本日はもうここまでとして、勝手ながらあす以降に延期させていただきます。
まーた文章量が多すぎると注意されてしまいました。二分割といたします。
ああもう何から書いていいのやら。手近なところからまいります。
■森英俊様
お知らせありがとうございます。ご指摘の日本名探偵文庫9『黄金仮面』、これで発行日には三つの説が存在することになりました。下記の三つです。
A 昭和三十年二月十日
B 昭和三十年十月二十五日
C 昭和三十一年四月■日
Aは森さんがご所蔵の四版に、Bは新保博久さんと山前譲さんの編による江戸川乱歩著書目録(講談社『乱歩 下』所収)に、Cはポプラ社の所蔵資料に、それぞれ依拠しています。
ポプラ社の所蔵資料というのは、きのう記した秋山憲司さんがご所蔵の、同社が発行した書籍に関する記録のことです。公刊されているわけではありません。長くなりますが説明いたしますと、私は今年の春、ポプラ社から出た乱歩の本のリストをプリントして、秋山さんにお送りしました。はじめまして、乱歩の著書目録をつくっているのですが、ポプラ社の刊行分には不明な点がいっぱいあります、おわかりになるところはありませんか、草々、という寸法です。
むろん私は秋山さんとは一面識もなく、なんとも不躾な話ではあったのですが、秋山さんからはご丁寧なお電話をいただき、その後、お送りしたリストのブランクを埋め、誤りを訂正したものをご返送いただきました。ポプラ社からは百三十冊ほど乱歩の本が出ていますから、秋山さんにはたいへんなお手数をおかけしたことになるのですが、お礼としては三重県上野市東町橋本酒店の清酒「怪人二十面相」一・八リットル瓶を一本お送りしただけで、まことに心苦しく思っております。
もっとも、ポプラ社にも乱歩の本の現物は残されておらず、秋山さんがポプラ社の社史執筆のために記録しておられた(社史出版の話は流れてしまった由です)というそのデータも、発行日は年月までで日にちは不明、挿絵画家の名は控えてあるもののカバー画の担当者は不明、といった状態です。しかも、これはごく最近この掲示板をご覧の方からメールで教えていただいたのですが、出版社がつくる目録は「印刷台帳」なるものに基づいており、当該の書籍そのものからデータを写したものではないため、とくに発行日などに誤記が生じやすいとのことでした。秋山さんの記録も、あるいはそうしたたぐいのものなのかもしれません。
実際、手許の所蔵分とポプラ社所蔵資料ではデータに少なからず違いがあり、たとえば少年探偵江戸川乱歩全集1『怪人二十面相』は、手許の第七十八刷(昭和六十年十月三十日)では(ついでにいえば上記の新保さん山前さんの著書目録でも)、初版発行は昭和三十九年八月五日なのですが、ポプラ社の資料では同年七月と記録されています。この場合、流布していた本の奥付はやはり無視できませんので、『怪人二十面相』は昭和三十九年八月五日発行とし、ポプラ社の資料では七月発行である、という註記を添えてデータとしております。『江戸川乱歩著書目録』を本にする際にも、この註記は生かす予定です。
さて『黄金仮面』の件ですが、この本はいまだに見たことがありませんので、とりあえず秋山さんからお知らせいただいたデータに基づいていたのですが、森さんご所蔵の四版のデータに差し替えることにいたします。恐れ入りますがデータをお知らせください。手許で判明しているところは下記のとおりです。
黄金仮面 日本名探偵文庫9
【発行日】昭和三十年二月十日
【体裁】B6判 カバー 二五七頁
【意匠】カバー絵:■ さしえ:高木清
【内容】「黄金仮面」について/黄金仮面
【定価】一五〇円
【典拠】四版(昭和三十一年十一月二十五日)
よろしくお願いいたします。
こちらの掲示板では、喜国さんや小林さんからもポプラ社の本のデータをお知らせいただきましたので、それらを総合して整理し、秋山さんにもう一度プリントをお送りしてご確認いただくつもりです。そのさいのお礼は名張市本町木屋正酒造の清酒「乱歩幻影城」になるはずです。
●ポプラ社版少年探偵江戸川乱歩全集疾風篇補遺
ついでに記しておきます。昨日、《ポプラ社から少年探偵江戸川乱歩全集の第一巻として『怪人二十面相』が刊行されたのは昭和三十九年八月のことでした》と誤解の生じやすいことを書いてしまいました。オリジナルの少年ものがポプラ社から刊行された最初の例は、万さんもお書きのとおり昭和三十九年七月の『妖怪博士』と、もう一冊『青銅の魔人』です。同年七月と八月の刊行分を掲げておきます。
妖怪博士 少年探偵江戸川乱歩全集2
昭和三十九年七月三十日
青銅の魔人 少年探偵江戸川乱歩全集4
昭和三十九年七月三十日
怪人二十面相 少年探偵江戸川乱歩全集1
昭和三十九年八月五日
少年探偵団 少年探偵江戸川乱歩全集3
昭和三十九年八月五日
大金塊 少年探偵江戸川乱歩全集5
昭和三十九年八月五日
■万国博様
光文社の少年ものにおけるソフトカバーからハードカバーへの移行には、用紙の事情が大きく関係していたのではないでしょうか。戦後まもないころは本文用紙にしろ表紙の用紙にしろ良質な紙がありませんでしたから、へろへろの粗悪な紙による表紙がシリーズのフォーマットとして定着し、それが昭和三十年ごろから改められていったということではないかと思います。
それから、《当時光文社の経営陣は少年物の発行に理解が無かった》ということは寡聞にして知りませんでしたが、前後の事実にはぴたりと符合します。あるいは、「光文社の神吉晴夫」として『探偵小説四十年』にも特筆大書されている神吉晴夫が経営から身を引いた、みたいなことがあったのかもしれませんが、私にはよくわかりません。
出版社のお家の事情に妙に詳しい末永さん、何かご存じではいらっしゃいませんか。
喜国さん
うう、私も大衆文学館集めていますが、色々な方の助けを借りつつ、しかも一年
以上かかってようやくまだ道半ば。(たぶん六十冊くらい?)
自力ではほとんどストップ状態です。
もしかすると喜国さんと特に新古書店の狩り場が近いこともありますし、互いに
奪い合いをしていた可能性もありますね。……後半が特に辛いです。
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