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赤石建設株式会社 一級建築士事務所
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令和4年8月

   「線状降水帯」なる、かつて聞いたことのない新気象用語がテレビの天気予報で聞かれるようになりました。 雨雲の動きの画像の中で赤く染まって同じ地点にずっと居座る様子が映し出されますが、その下では1時間に100㎜とか200㎜とかの滝のような雨が降っているといいます。 ついこのあいだも新潟・村上市や山形・最上川で線状降水帯が発生し河川の氾濫が相次ぎました。 近年のコンクリート製の柱脚を持つ橋でもその増水した河川の水勢に対抗できず押し流されているものもあり、その水圧の破壊力に驚かされます。橋の流出は生活道路を寸断し、取り残された地域は生活用水や食料の補給が断たれ文字通り死活問題になっていきます。
 降水量の多い我が国ではしぜん河川の数も多く、そのため昔からそれを渡河する橋は街道を往来する上で経済的にも政治的にも常に求められて来ました。 初期のころは徳島・かずら橋のような吊り橋だったのでしょうが、江戸期までといわず私が子供の頃でさえ周りには木の橋がたくさんありました。 それまでは橋は流されるもので、都度架け替えるしかないという考え方だったのかもしれません。江戸時代でも交通の主流だった東海道においてさえ、 橋のかかったところといえば浜名湖の入口の橋本の橋、 頼朝がその落成式に臨んで帰途落馬の末ついに亡くなったといわれる曰くつきの相模川の橋くらいしかなかったと云われています。 なかでも「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」と唄われ、 川幅の広さから難所として知られた大井川にも橋はなく川越人足により担がれて渡河した浮世絵が残されています。 しぜん水量によっては2,3日の川止めで渡河できないのは茶飯だったようです。橋は明治の中頃になって鉄の普及とともに構造技術の進歩も伴って鉄橋として近代を迎えます。 その後の関東大震災を契機にさらに経済性と構造技術を求めて発展し、今日の標準形である桁橋構造が隅田川に架かる言問橋で結実します。 当時としては規格外のスパン67mという大胆な設計だったそうです。
 荷車しか通らなかった時代に車社会を予想した活荷重の設定や耐震設計の導入など革新的な技術もその後図られていきました。
 橋は建築の分野とは少し違って土木の分野になりますが、近年の川や海にかかる橋には大変魅力あるものが少なくありません。 建築と土木の垣根を越えて建築家と土木構造家がコラボする形式が増えたのもその要因かもしれません。
 橋の架け方にはその構造によって何種類かあり、トラス橋、アーチ橋、ランガー橋、ラーメン橋、桁橋等々に呼び名も分かれています。 東京・墨田川には多種多様な橋が競うように架かっていて、タイドアーチ橋の永代橋、 自碇式吊り橋の清洲橋など同じ形式の橋がないことから橋の展覧会の様相を呈していて楽しめます。
 日本三奇橋と呼ばれている橋があります。山口県岩国市の錦帯橋と徳島県祖谷渓のかずら橋、山梨県大月市の猿橋ですが、 この中でも奇橋の名にふさわしいのが大月市の猿橋です。山中湖を水源とする桂川の上に架かる橋でその歴史は古く、地元の言い伝えによれば古代推古天皇の時代との説もあります。 江戸時代以降は甲州街道の一部となって街道の要衝として幕府直轄での架け替えの記録が残されており、9回の架け替えと8回の修理がなされ、 安永6年(1777年)の設計図が最古のものなので安永以降は間違いなく現況の刎橋(はねばし)構造だったことになります。 刎橋とは岸の両岸から刎ね木を斜めに中空に突き出しそれを繰り返し持ち送りでせり出していく構造でその上に床板を敷き詰めた橋のことを指し、柱脚がないのが特徴です。
 昔は同じような刎橋が日本各地にありましたが時代と共に消えていきました。
 猿橋は江戸後期に北斎や広重等も浮世絵に描いており、明治期にも富岡鉄斎によって「甲斐猿橋図」としても残されています。 昭和7年に国の名勝に指定され、現在のものは嘉永年間の設計図を基に江戸期の姿・規模で昭和59年に完成していますが、純粋な木造ではなく、 安全を担保するため主構造は鉄骨造で作られそれを木材で覆い隠す意匠が施されています。橋長31m、橋幅3.3m、川面からの高さは30mあって峡谷の絶景の中に佇んでいます。 一本一本の刎ね木を順に見ていくと刎ね木の上にまたさらに長い刎ね木が、その上にはさらに長い刎ね木が何回も繰り返し持ち出されている様は、 あたかも猿が岸から順番に手を繋ぎあって先に行こうとしている姿に見えなくもありません。そのディテールは美しくまさに構造の美を感じさせてくれます。
 完成した橋も美しいですが、施工中の橋はもっと魅力的に我々には映ります。
 絶壁や絶海の上に架けられる仮設足場は芸術的でさえあります。そして岸から橋桁を少しずつせり出して両岸の中央で結合させる張出し架設工法に至っては、 気象条件によって荷重計算と施工精度が極限まで求められ緊張の連続かと推察されます。
 近在に刀水橋という利根川に架かる800mほどの橋がありますが、車で渡れば1分ほどで埼玉側に渡り切ってしまいます。 その利便性の裏にはかつての技術者たちの献身的な作業が裏打ちされていることを忘れてはなりません。





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群馬県太田市に創業し、社寺建築・住宅建築を手掛けている赤石建設株式会社です。
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