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初代社長 亀澄逝去

 30年12月26日、初代社長小野里亀澄は脳溢血のため、住吉町の自宅で死
去した。70歳であった。
 日常とくに体の悪いところはなかったが血圧が高かったので、医者から注意を
受けていた。とくにふとり過ぎは寿命を縮めるということで、本人も27年ころから
食事療法を始め、果汁や卵を中心にして、忠実に減食したりした。
 しかしそのために返って体調をこわし、神経衰弱気味になってきたので、周囲で
すすめて減食をやめさせたところ、再び元気をとり戻したといったこともあり、本人
も健康には気を使っていた。
 また戦前から四万温泉の田村旅館によく湯治に出かけていた関係から、戦後
はひんぱんに通った。この四万で「むし風呂が減量にいい」ということを聞き、早
速実行したが、普通4、5分でいいところを10分以上を入って、さらに血圧を高くし
て、医者に叱られたこともあった。ともかく人のいうことを信用しすぎるところがあ
り、これが半端な健康法にもつながった。
 会社の経営は戦後の事業が急速に進展し、組織としての活動が必要となった
ため、専務と常務にまかせっ切りになったが、報告は必ず聞いた。
 自宅で倒れたのは25日の午後である。体調は完全とはいえないまでも、倒れ
ると思える状態ではなく、いかにも突然であった。急いで医者を呼び、手当てをし
たが昏々と12時間眠り続け、翌26日午前1時頃に息を引きとった。安らかな往
生であった。
 葬儀および告別式は27日午前1時から住吉町の本社で社葬により執り行っ
た。葬儀委員長は片倉久登氏、喪主は小野里光明、参列者は北野重雄群馬県
知事、関口志行前橋市長など約1千名にのぼり、故人の生前の交友の広さをし
のばせた。




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