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拡大の中での挑戦動乱ショック

 24年4月、分離していた小野里木工株式会社と、小野里商事株式会社を小野
里工業株式会社に吸収合併した。政府のデフレ政策に対応して管理部門の合理
化をはかったのである。
 23年、24年は受注、施工面でわが社は大いに進展した時期である。23年ま
でのインフレと24年4月以降のデフレ政策とに悩まされながらも、工事の質量と
もに大きな進展をみせた。
 主な工事に富士見中学校がある。873万円の工事である。北浦和小学校、敷
島公園野球場、進駐軍小泉SPB家族住宅も23年の施工である。
 23年から24年にまたがって若宮小学校の増築工事があり、1,058坪を1,6
88万円で受注している。敷島小学校、前橋第3中学校、総社町中学校、芳賀村
中学校など、この時期は学校建設が多かった。
 22年のキャサリン台風、23年のアイオン台風、24年のキャティ台風による河
川の被害の復旧工事もあり、県庁裏河岸、赤城白川、平井橋などを修復した。
 25年6月、突如として南北挑戦の動乱が起こった。この動乱は米軍の軍需物
資を戦線から最も近い日本から調達したことによって、にわかに特需によるブー
ムが到来した。建設業も軍関係需要や民間企業の設備投資の活況によってうる
おったが、この時も諸資材の高騰に見舞われた。
 当時の主要建設資材18品目を動乱前後で比較してみると、6月を基準とした
指数は9月なかばに最高216、最低103、平均141という上昇ぶりを示した。工
事費で比較すると4月に対し9月は36%前後の値上りをした。このため官公庁発
注工事の予算と見積には大きな差が生じ、落札の決定をみない事態も起った。
 最も影響を受けたのは、この時期に工事を施工していた建設業者である。いま
のように建設業法の特約条項に基づく救済手段がないため、資材の値上りにとも
なう赤字工事が続出した。
 わが社では、当時、伊勢崎で群馬県発注の新開橋を施工中であった。受注金
額は1,540万円であったが、挑戦動乱によって鉄筋が急騰、トン当り18,000
円の見積が100,500円にまではね上がった。このため約500万円の赤字を出
して工事を完成した。
 浦和市で施工していた岸中学校もこの時期にぶつかり、資材、労務賃金の騰
貴に悩まされた。このため自社の製材場から木材を運び、労務者も前橋から運ん
で施工したが、この工事も採算的には引き合わないものであった。
 こうした現象は全国的に発生し、建設業者を圧迫したため全国建設業協会はじ
め建設諸団体の発注官公庁、公社などに対する陳情が繰り返され、群馬建設業
協会も26年3月に小林武四郎会長ら代表団が建設省、衆参両院に協力な陳情
を行っている。




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小野里工業株式会社  群馬県前橋市下小出町1−1−12