Sonny Rollins(ts)
ソニー・ロリンズ

 
太くたくましいブロウ
スケールの大きなアドリブを高らかに歌いあげる、巨大なる個性

 

Musician Introductions

 この人には、「衰える」とか「枯れる」とかいう現象はないんじゃないか―。一昨年11月に、ライブコンサートを聴いて、そんな印象をうけた。すでに齢七十をかぞえようとしているのにもかかわらず、サウンドがまったく年をとっていない。感性がどれほど若々しかったとしても、演奏家というのはけっきょく体力勝負である。体が老いれば、表現もそれと一緒に衰えていくものなのだが、生で聴いたロリンズの演奏は、まるで太い根にささえられた巨木だ。いまだ生命力にみちあふれていて、青々と葉を繁らせている。年をとったことが、老成した安定感、表現の深さにつながりこそすれ、なんのマイナスにもなっていないのである。これはすごいことだ。そして、ジャズを愛する者にとって、どれほど頼もしく、心づよいことか。
 40年代にビバップの誕生から始まったモダンジャズの歴史を、リアルタイムで生きてきたジャズの巨人たちも、もうほとんど残ってはいない。さらに、そのジャズ・ジャイアントのなかで、いまだにクリエイティヴな活動を続けているミュージシャンといったら、もはや皆無といってもいいだろう。そう、ロリンズを除いては、である。
 97年夏には、地球温暖化への警鐘をメッセージにしたアルバム、『グローバル・ウォーミング』が発表され、話題を呼んだ。久々の新作でもあるし、正直どうかとも思ったが、ふたを開けてみれば、じゅうぶん納得のいく出来に仕上がっていた。さすがに50年代ほどの緊張感や凄みは感じられないが、演奏のスケールはさらに大きくなっている。ロリンズには、過去の栄光をだいて隠居の身ににおさまる気など、さらさらないのだろう。年寄りの冷や水といわれようが、生きているかぎり、現役のミュージシャンとして、あの太い男性的なトーンを吹きならしているはずだ。
 現在のロリンズは、ジャズシーンをリードする立場からは遠ざかって久しい。だが、上記の新作アルバムや、ライヴツアーで、いまだ衰えることのないインプロヴァイザーとしての実力を見せつける一方で、数多くの若いミュージシャンと共演し、育て、チャンスを与えるという重要な役目を、自分から買って出ているようだ。もっとも、次世代のジャズを担う人材を育てる、という使命感以上に、ロリンズ自身は、若手ミュージシャンと共演するのを、心から楽しんでいるような気がする。
 楽しく元気に頑張っているじいさんというのは、見ているこっちまで楽しくなってくるが、現在に至るまでに、ロリンズが歩いてきた道のりは、決して平坦なものではなかったはずだ。ビバップからハードバップ、モード、フリー、前衛と、ジャズのスタイルがめまぐるしく変化していくなかにあって、ロリンズは、音楽に対して、だれよりも誠実であっただけに、そのはざまでの苦悩も深かったに違いない。事実、ロリンズは、自分の演奏内容に疑問を抱くたびに、引退を決意してはジャズ界から姿を消している。
 もっとも、その後、数年のブランクはあっても、つねに新しいスタイルを引っさげては音楽活動への復帰を果たしてきたし、50年代半ばに麻薬の悪習をきっぱり断ち切って以来、ふたたびクスリにおぼれるようなことはなかった。このあたり、なにやら、日本の武芸者の山ごもりの修業を見るようで、妙な共感をおぼえないでもない(笑)
 客観的に見れば、残念ながら、60年代から70年代前半にかけてのロリンズの演奏は、前衛に傾倒してみたり、またバップ・スタイルにもどったりと、どうにも腰の落ち着かない印象がある。結局、前衛への傾斜は一過性のもので終わり、やがて70年代後半からは、ふたたび、無駄なイディオムをそぎ落とした、よく歌うアドリブを主体とする演奏にたどり着いたようだ。しかし、このときにはすでに、ジャズ・ジャイアントの時代は過ぎ去ってしまっていた。彼に強烈なインスピレーションを与えるサイドメンを揃えることは、もはや不可能になっていたのである。試行錯誤の過程でいくつかの快演もあったが、ロリンズ自身が50年代に世に送りだした名演を越えるだけの演奏は、いまだに生まれてはいない。
 だが、もちろん、ロリンズの偉大さは、たんに50年代の業績によりかかったものではない。自分の築きあげた領域に安住することなく、新しいジャズに挑戦を続けてきた足跡こそが、ロリンズを巨人たらしめているゆえんだろう。ジャズのスタイルの変遷に苦悩しながらも、勇敢に戦い抜いてきた男の、圧倒的な存在感と説得力が、ロリンズの演奏には、ある。
 
 
Album Guide
サキソフォン・コロッサス プレスティッジ(ビクターエンタテイメント)56年
1.セント・トーマス 2.ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラブ・イズ 3.ストロード・ロード 4.モリタート 5.ブルー・セブン
●ソニー・ロリンズ(ts)トミー・フラナガン(p)ダグ・ワトキンス(b)マックス・ローチ(ds)
 
ジャズ史上に残る名盤、という使いふるされた評価をあえてくりかえす。テナーサックスのワンホーン+ピアノ・トリオのカルテット演奏だが、もはやこのアルバムを超えるワンホーン作品は、永遠に生まれないにちがいない。太く力強いサックスの音色、朗々と吹きならされる、メロディアスで、かつ豪快なインプロヴィゼーション。そして、超一流のサイドメンによる、超一流のインタープレイ。ルディ・ヴァン・ゲルダーによる録音も優秀で、スタジオ内の白熱した空気までをしっかりと捉えている。はりつめた緊張感に、聴いたあとでぐったりと疲労を覚えるほどの、名演のカタマリである。


 

ヴィレッジ・ヴァンガードの夜 ブルーノート(東芝EMI)57年

1.オールド・デビル・ムーン 2.朝日のようにさわやかに 3.ストライヴァーズ・ロウ  4.ソニームーン・フォー・トゥー 5.チュニジアの夜 6.言い出しかねて
●ソニー・ロリンズ(ts)ウィルバー・ウェア(b)ドナルド・ベイリー(b)エルヴィン・ジョーンズ(ds)ピート・ラロカ(ds)
 
N.Y.のジャズクラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ録音。ピアノなしのワンホーン・トリオで、ひたすら吹いて吹いて吹きまくるロリンズ。圧巻である。…が、白状してしまうと、初めて聴いたときは、退屈なアルバムとしか思わなかった。これはすごい演奏だと気づいたのは、じつはつい最近である。原因はCDの音の悪さ。新たにリマスタリングされた24bit by R.V.GのCDを聴いて、はじめてその良さがわかった。したがって、お奨めするのは同じRVGリマスタリングのCD(ブルーノート/東芝EMI TOCJ-9011)。限定盤のため見つけにくいかもしれないが、ぜひ探し出して聴いて欲しい。それだけの苦労の甲斐はあるはず。どうしてもそのCDが見つからないという人は、年季の入ったジャズファンを捕まえるか、老舗のジャズ喫茶に行って、アナログレコードを聴かせてもらいなさい。一度良さがわかってしまえば、あとは現行のCDを聴いても楽しめる。

 

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