ブルーノート・レーベル
24 bit by RVG
〜そのはかり知れない魅力〜
 
 
 ルディ・ヴァン・ゲルダーという名前をご存知だろうか。50〜60年代ジャズのファン、とくにハード・バップの愛好者には、けっして忘れる事のできない名前である。ブルーノートとプレスティッジと言えば、まさしくハードバップとその後のジャズの歴史を作ったといえるレーベルだが、その両者をふくむ、きわめて多くのアルバム制作に録音技師としてかかわり、『サムシン・エルス』(キャノンボール・アダレイ)や『モーニン』(アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ)、『サキソフォン・コロッサス』(ソニー・ロリンズ)といった超『名盤』の録音を手がけてきた、ジャズ・レコーディングの大御所である。
 98年夏、その彼が、ブルーノートのアルバム100タイトルをみずからデジタル・リマスタリングしたCDが発売された。僕をふくめ、心をときめかせながらレコード店に走ったジャズ・ファンは少なくなかっただろう。そして、その24ビット・リマスタリングCDは、期待をはるかに上回る音楽を、僕たちの心に届けてくれた。
 さらに、99年7月、24 bit by RVG、第2期シリーズ100タイトルの発売が決定。この不景気に悲鳴をあげるフトコロ具合をしりめに、ジャズファンの心は嬉しい悲鳴をあげている。ジャズにハマるというのは、餓鬼道に堕ちるのと同義である。この記事を読んで、同じ苦しみと歓喜を分かち合う仲間が一人でも増えてくれれば、僕としては、なにも言うことはない(笑)
 
 
Introduction
 今年で75歳になるにもかかわらず、いまだに第一線のレコーディング・エンジニアとして活躍しているヴァン・ゲルダーは、これまで、ジャズの『瞬間』を録ることのできる唯一の男、ジャズ録音の神様、など、さまざまな呼び方をされてきた。が、それよりも「RVG」、「ルディ・ヴァン・ゲルダー」という彼自身の名のほうがはるかに重みをもっていると、僕は思う。彼と直接仕事をするプロデューサーやミュージシャンだけでなく、彼のサウンドに魅せられたジャズ・ファンから、さまざまな賛辞と敬意をこめてその名を呼ばれているのである。
 当たり前のことだが、レコーディング・エンジニアというのは、アルバムの主役であるミュージシャンや、そのアルバムの方向性を決めるプロデューサーに比べたら、はるかに地味で目立つことがない。だが、ゲルダーはまさしく天才であり、彼がいなかったら決して生まれなかった『名盤』は、それこそ数多くある。だからこそ、ブルーノート・レーベルの創始者アルフレッド・ライオンは、ゲルダーが録音・編集・レコード原盤のカッティングまでを一貫しておこなったアルバムのレーベルに、彼の“銘”とでもいうべき『R.V.G』の文字を記入することにしたのだろう。う〜ん、まるで日本の刀工のようで、えらくかっこいいではないか。

 その後、CDが登場して市場を席巻したあとは、残念ながらゲルダーがCDのプレスにいたるまでの過程を監修することはなかった。もともと、CDというメディアは「デジタルだから、収録するデータをどう扱っても音質は変わらない」のをウリ文句の一つにしていたわけで、アナログ信号をデジタル信号に変換する機材と、音楽のことよりもデジタル技術やコンピュータに詳しい技術者がいればそれで良いとされていた。ゲルダーのような録音技師の仕事は、ミュージシャンの演奏を、マイクなどの機材をつかって録音し、マスターテープをつくるまでで終わってしまっていたのである。
 だが、最近は、CDの音質について、まだまだ改善の余地があることがはっきりしてきた。
 CDが登場したそのときから、「ノイズがすくないだけで、肝心の音がやせている」「音に迫力とぬくもりがない」などといった批判の声はつよく聞かれていた。それを理由に、いまだにレコード・プレイヤーとアナログレコードを手放さない音楽ファンが予想以上に多いのである。演奏や音色の生々しさ、ライヴの臨場感やアドリブの迫力を求めるジャズは特にだ。
 ゲルダーが録音したレコードも、別のエンジニアの手によってデジタル化され、CDとして発売されている。だが、ゲルダーの手になるレコードとは、あまりにも格が違った。といっても、僕はCD時代になってからジャズにはまったクチなので、かつてのブルーノートのレコードはいくつも聴いたことがないのだが、レコード全盛の当時を知る人からは、嘆くほかないほどの音質の差だったらしい。
 そういったレコードとの「格差」を埋めるための試行錯誤の過程で、たんに機材やアルゴリズムの問題だけでなく、エンジニアのテクニックや音楽にたいするセンスなど、いわゆるヒューマン・ファクターがきわめて重要だということが分かってきた。音楽のことがわかっているエンジニアが、入念にCD化の工程をコントロールしたCDは、そうでないCDに比べて、はるかにすばらしい音で鳴るのである。技術的な進歩もあった。ほんらい16ビットで記録されているCDのデータを、20ビットの解像度でリマスタリングするという高解像度CD(20ビットK2リマスタリング、xrcd)などもそのひとつだ。いくつかの特筆すべき音質のアルバムが発売され、さらに次世代規格のあたらしいデジタル・オーディオの話もちらほらと聞くようになった。(つい先日、ソニーがSACDプレイヤーを発売しましたね)

 そして、満を持して登場したのが、ルディ・ヴァン・ゲルダー自身が24ビット・リマスタリングし、アナログ・レコードに負けない音質と迫力をもった、『24 bit by RVG』シリーズだったのである。もちろん、そのレーベル面には、小さく、しかし誇らしげに『R.V.G』の文字が記されている。24ビットと、通常のCDの1.5倍の解像度をフルに活かして、ゲルダー自身がかつて録音されたソースを“再生”しているのだ。「いまならこう録る、いまならこう聴かせる」という彼のセンスが、ジャズのCDはこうあるべきだ、というお手本のようなCDを作ってしまったのである。
 全100タイトルを購入し(当初はそんなつもりはなかった)、聴いてみた感じだが、どれもまさに宝物のようなCDだったと言っておこう。マニアとしては、これが完全限定盤で、店頭の在庫が無くなれば、もはや手に入らないという事実に満足感を覚えないでもないが、ジャズファンの一人としては、このCDが限定盤であることは大きな損失だと思う。これからジャズの世界に堕ちてくる若者がもはやこのCDに出会えないとしたら、これほどの不幸はない。東芝EMIさん、ぜひ限定解除(?)して、RVGシリーズをいつでも手に入るようにしてあげてほしい。そうなっても僕は許す。マニアのひがみは酒場で愚痴をたれるだけにしておくから、ぜひ!
 さて、99年7月23日、ついに第2期シリーズがリリースされる。第1期シリーズと比べると、選定されたアルバム・タイトルは多少小粒になった気がしないでもない(第1期シリーズで『大物』はほとんどリリースされているのだから、あたりまえだ)。ざっと見渡したところ、第1期のなかの大物に匹敵するだけのアルバムは、『ソニー・ロリンズ vol.1』と『ゴールデン・サークルのオーネット・コールマン』くらいなものか。
 だが、ハービー・ハンコックの『スピーク・ライク・ア・チャイルド』や、『ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ vol.1&vol.2』など、見逃せない秀作が数多くある。やはり、これは揃えなければなるまい。どうやら今年の後半は、また金欠病にさいなまれる羽目になりそうである。

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