黒猫荘
(mobile版)

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カフェ「白梅軒」
オーナー:川口且真

(OPEN:1999年7月19日)

「白梅軒」へようこそ。

 1〜4件 
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4810. 2014年01月30日 00時31分21秒  投稿:かわぐち 
『定本 久生十蘭全集』第1巻(国書刊行会)読了。本年の読書計画の柱のひとつ。
香山滋全集、日影丈吉全集と読んできたので読み終えられる自信はあるのだが、寄る年波で重い本がどんどん苦痛になっていく。
「ノンシャラン道中記」から見事な文体に陶酔。これがデビュー作ってどういうこと? さらに「黒い手帖」「湖畔」「魔都」と続くあたりは文学の奇跡ともいえる。
特に「湖畔」はマイ・フェイバリッツのひとつだが、この文体は私の理想そのもの(もちろんこんな文章、逆立ちしたって書けないけど)。
でもやはりこれまで収録されていなかった作品はそれなりのものだね。未収録にはわけがあるということですか(『日影丈吉全集』第8巻ほどではないが)。
個人全集を新旧2度にわたって読むのは三島由紀夫に続いて2人目。まあそんなに個人全集が何度も出る作家はそうはいないであろうけど。

4809. 2014年01月25日 22時00分04秒  投稿:かわぐち 
『中子真治SF映画評集成』(洋泉社)読了。副題「ハリウッド80's SFX映画最前線」が内容を全て語っている。
さて、誤解のないように前置きしておきたいのだが、私は氏の業績は高く評価している。特に『フィルム・ファンタスティック』(全7巻)は、いまだにこれを超えるSF映画のリファレンスブックは日本には存在していない(と思う)。いや海外にだってそうはない気がするし、当たり前だが、たとえあっても日本公開題は記されていない。
当時の私は年間250本以上の映画を見ており、この本で取り上げられる映画も8割以上は見ているはずだ。しかし、その私でも本書を読んで、この本の出版意義を考えたとき、疑義を呈さずにいられなかった。
確かに当時のSFXスタッフの経歴等を知る上では資料になるだろう。だが、「SF・ホラー映画80年代専攻」という人でもない限り、本書の内容は古く、そして今これを知ることが必要なのだろうかと思わずにいられない。当然、その後、30年間の情報はアップデートされていない。通史でもなく、その時点を切り取ったものなのだ。
中子真治の足跡をとどめるという点では意味はあろう。しかし、商業出版物としてはこれを読んで感想を抱ける層(もっと言ってしまえば読み終えれる層)が果たしてどれだけいるのだろうか。
厳しい言い方になってしまったのは、自分でも残念だが、40代以上の相当のSF映画ファン以外にはお薦めしかねるのが正直な感想。

ひとつ付言しておくと、本書の文章は大体86年くらい前まで。キャメロンが『エイリアン2』を撮り終え、『ターミネーター2』撮影以前ということだ。
ここでSF映画にはとてつもなく大きな変化が挟まれている。そうCGの登場だ。
まさに「以前」と「以後」に分かれるエポックメイキング。
氏の文筆活動がこの時点でほぼ終わったことは関係があるのかどうかは私は知らない。

大橋博之『少年少女SF美術館』(平凡社)読了。といっても主体は本の表紙絵であるから、それほど時間も苦もなく読めてしまう。
もちろん、私の生まれる以前の本も多く、その全てを知るはずもないのだが、やはり当時の本は魅力的。
昭和50年代以降の本は、こちらが読んでいなかったため(もうジュブナイル卒業していた)、感慨がわかないな。
ご存知の通り、児童書は古書価が特に高く、美本も少ないので、「ようし自分も」とはなれないが、それだけにせめて本書でその世界に浸りたい。

4808. 2014年01月14日 23時04分39秒  投稿:かわぐち 
木下直之『戦争という見世物』(ミネルヴァ書房)読了。
舞台は明治27年12月9日東京。日清戦争の連戦連勝に沸く東京では上野公園で祝捷大会が。著者はなんとタイムトラベルして、当時の様子を見聞することに。
著者が再現する明治東京、これが実に面白い。当時の書物はもとより、新聞記事(これがその場でスリに出くわすエピソードに)なども巧みに使いながら、あたかも読者までもその場に居合わせたような気にさせてしまう筆は名人芸!
しかも、さらに感心したことは、主題をタテ線とするならば、直接は関連のない、いわば脱線のようなヨコ線、これの張り方が実に見事。
さりげない参照文献への言及、未来を知っている著者ならではのその後の展開からトリヴィアまで、私は種村季弘並みの名文だと思う。
たとえば、著者は入った施設の入場料を細かに記述しているのだが、これはそれがどのくらいの階層の人が楽しむものだったかが如実にわかる情報だと思うのだ。
もちろん戦争当時のことであるから、イヤな気分にならざるをえない話もある。
近代民主主義を生きてきている我々には眉をひそめるような光景もある。しかし、それを当時の常識として受け止めることもまた必要なのだ。

このほかにヤン・コハノフスキ『挽歌』、アダム・ミツキェーヴィチ『ソネット集』を読了。いずれも未知舎で刊行が始まった「ポーランド古典叢書」。まあはっきりいって、私にわかるようなものでもないのだが、とりあえず読んでいきたい。
古典は読んだときは面白くなくても、結局はあとでいろいろ「助かる」ことは、長さだけは生きてきて学んだことだ。

4807. 2014年01月08日 21時23分29秒  投稿:かわぐち 
夢野久作『ドグラマグラ』読了。5度目の通読。前回もそうだったが、何気なく手にしたところ止められなくなり。
日本人なら読んでいて当然、と思っているので、紹介するまでもないが、今回は著者になったつもりでどのように筋を運ぶか、どうしたらこんな構想が立てられるのかを意識してみた。
しかし、やはり凡夫の私には想像できるはずもなく、気の利いたことを言えるはずもない。より深くこの異形一大絵巻を探ろうと思うのであれば、『伝奇の匣5 夢野久作 ドグラマグラ幻戯』(学研M文庫)を読まねばならない。
とにかくこのまったく類のない小説を書き上げた著者は「異常」だ。
あえて比肩させるならラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』、ドフォントネー『カシオペアのΨ』、マチューリン『放浪者メルモス』、そして沼正三『家畜人ヤプー』くらいか。
翻訳してパリ国立図書館の書庫に潜ませておけば、未来のレーモン・クノーが「大発見」してくれるかもしれない。
これまで角川文庫、創元推理文庫「日本探偵小説全集」、ちくま文庫「全集」、ポケミスと違う版で読んできたが、今回は青空文庫(定本はちくま版)。存命のうちにもう一度読めるか。
奇しくも本日、『ドグラマグラ』原稿が発見された報が。この成果を入れた版で読みたい。

グレゴリー・クレイズ『ユートピアの歴史』(東洋書林)読了。
ユートピアの思想について幅広く材を求めた本。本書の特徴は、なんといっても200点を超す美麗図版であろう。
古典文学に表されたユートピアについては、私は類書とそれほど違いが見出せず、「またか」の気持ちがあった。しかし、第8章以降、都市計画、産業組織、共産主義、カルトといったユートピアの現出を扱った部分は、これまでの「文学史」研究ではない面が説かれ、新たな視点を加えることができた。
アレゴリーだが、現実にユートピアを造ろうとするならば、そこは厳格な規律の厳守と排他性が不可欠ということ。思いのまま自由に生きていては、ユートピアは崩壊してしまうという、なんという矛盾!
文学・思想としてのユートピアは、ジャン・セルヴェ『ユートピアの歴史』(筑摩叢書)、川端香男里『ユートピアの幻想』(講談社学術文庫)が必読の基本書。岩波書店「ユートピア旅行記叢書」(全15巻)も一次文献の宝庫。
2000-01年にパリ・NYで開かれたユートピア展Utopia: The Search for the Ideal Society in the Western Worldもすばらしい図録が出ている。

[NAGAYA v3.13/N90201]