黒猫荘
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みわっち。の『それさえも恐らくは平穏な日々』
オーナー:みわっち。
まだまだ、勉強中ですが、とりあえず顔を出すようにしようかな、と。
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1847. 2003年08月17日 13時11分23秒
投稿:みわっち。
で、今は『嫁洗い池』読み始めました、みわっち。です。
読了本です。
8月16日
○『想稿・銀河鉄道の夜』北村想 作 而立書房 刊
近所のブックオフで100円でGETしたもの。表題作はいわずもがなの宮沢賢治の名作をキタムラ流にアレンジしたもの。すんません、実は本家の方子供の頃に読んだっきりでうろ覚えです(爆)。でもお芝居の方は10代の頃に見る機会があって「ヤラレタ」と思ったのを今でも覚えています。
もう一遍入ってまして、コチラは「BUDORI―眠れぬ夏の月―」。これは実際見る機会が無かったのが非常に残念。ミステリというか探偵小説趣味にあふれた傑作。しかも、思いっきりメタ(自己言及)レヴェルの探偵芝居で面白いです。いやあ、掘り出し物掘り出し物。
勉強不足なんで、作中言及されている「マブセ博士が出てくる精神病院が舞台のスリラー」が思い浮かばないのが残念。
○『伝言ダイヤル殺人事件』そのまんま東著 太田出版刊
そのまんま東三部作の最終巻。90年当時の風俗として「伝言ダイヤル」を取り上げたのはわかるのですが、今じゃあH系のメディアとしてしか残っていないのが残念。こうした「新しいメディア」は時間の流れによってスグ古くなってしまうので扱いは難しいと思います。
あと、90年当時の10代の若者の中にあったと書かれているオカルティズムや終末思想は如何なものか。ハルマゲドンって、映画化で『幻魔大戦』が流行ったのも80年代半ばじゃないかなあ。う〜ん、いかんせん自分自身は90年当時19〜20の頃であり、新本格が出始めた頃で、毎月浮かれていた時期なんで、全然そんなこと感じなかったんですが(爆)。
まあ、その手の問題には非常にデリケートな部分も含まれるし、中途半端に手を出さない方が無難なんだけれども。手を出すのならそれこそ京極の妖怪シリーズ並みの薀蓄を入れたりしないと説得力がゼロだし。この作品は上っ面だけを捉えて中盤からグズグズの腰砕けになっています。
1846. 2003年08月16日 10時50分31秒
投稿:みわっち。
で、後言いそびれたのが、このお話はまごうことなき「夏」のお話だっていうこと。その間にも「匣」の中身が気になったり「夢」を積み上げようとしたり「檻」から出られなくなったり、「理」に絡み取られたり、「宴」の狂騒に巻き込まれたり、いろいろありましたが、今回はキズを引きずる関口巽の物語でもあるんだろうなあ、と。
8月15日
○『人形は笑わない』はやみねかおる著 村田四郎画 講談社青い鳥文庫刊
もう2年くらい前でしょうか。この本は、SAMANAさんが三重県で行われた(?)オフ会で余分にいただいてきたものを、放出本として私がいただきました。で、その後読むのに2年。すいませんすいません(ご本人が見ておられることはないだろうと思いますが、せっかくの著者サイン本を2年も寝かしてしまいました、ごめんなさい)。
虹北商店街など微妙に重なる記述もこれまでにあって、気になっていたんですが、今回はっきりと繋がったなあ、と(古本屋のおじいちゃんの名前も明かされたしね)。そうなると直情的なファンは「競演を!」といいたくなってしまうところ(爆)。
ごめんなさい。今回は謎解きがどうこうというよりも、レーチ達の映画作りが面白くて面白くて。うん?今気がついたんですが、その辺の方程式(謎解きプラスαで、再読率を上げる)は京極夏彦の手法とある意味同じですね〜。
1845. 2003年08月16日 10時23分13秒
投稿:みわっち。
今は本の山から掘り出してきた『想稿・銀河鉄道の夜』を読んでいます、みわっち。です。
読了本です。
8月14日
○『陰魔羅鬼の瑕』京極夏彦著 講談社ノベルス刊
読後「なるほど、お盆の前の8月刊行には意味があったのね」と。毎回のように膨大な薀蓄が語られるこの妖怪シリーズですが、今回はいわゆる儒教からはじまり、ハイデッガー等も引きながら「死と向かい合う」事が語られます。確かに、現在の日本で比較的多くの人間が「死(もしくは既に死んだもの、祖先)」を意識する機会というのは「お盆」しかないでしょうね。
正直「今回の事件の犯人は誰か?」という点に限っていうなら、このシリーズをこれまで読んできた人間にとって、それほど難しいことではないでしょう。ほとんどの伏線は堂々と語られ、解答は目の前にあるのですから。でも、このシリーズは既に「誰が犯人なのか?」とか「密室のトリックは?」とか「アリバイトリックは?」などのいわゆる一般的(?)なミステリ趣味、ミステリ興味とは離れた部分に眼目が置かれているので、それ(犯人すぐわかる)でも全然かまわないのでしょう。
話が変わるようですが、新本格以前「ミステリは再読に耐えられない」的な批判を受けた時期があったんですよね。また話は変わって、京極のこのシリーズって、実は島田荘司いうところの「コード多用型ミステリ」でもあって。コードを多用していながら、コードにとらわれず、独自の薀蓄(妖怪その他)を大量にいれることによって、リーダビリティをあげる。まあ、リーダビリティを挙げる為の努力は、他の作家が決してまねできないような部分までしているので(版形が違えばその版形にあった文章の手直しを必ずする)、薀蓄だけがそうとは言いきれないのですが、薀蓄もかなりの割合で再読率をあげるのに役立っているのでしょう。
出きることなら、犯人追求の論理展開の面白さ(このシリーズの場合、薀蓄=憑き物落しというカタチでそれが直結しているので、また難しい部分なんですが)だけで、読ませる(再読率をあげる)京極の本格ミステリを読んでみたいですね〜。
[NAGAYA v3.13/N90201]