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由来
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だるまの由来

群馬県達磨製造協同組合ホームページより引用


 高崎のだるま作りは、今から二百十数年前、豊岡村の山縣友五郎が始めたとされています。

 稲の収穫や麦蒔きが終わった、秋から翌年の春にかけて作られていましたが、友五郎が始めたころは、色塗りに使う材料が簡単に手に入らないなどの理由で、生産量は少なかったようです。1859年の横浜港の開港で、だるまの生産が盛んになっていきます。海外からスカーレットという赤の顔料が輸入されるようになったからです。

 上州(群馬県)は昔から、養蚕が盛んな地域。蚕は繭を作るまでに4回脱皮しますが、蚕が古い殻を割って出てくることを「起きる」といいます。 その言葉にかけて、養蚕農家では七転び八起きのだるまを大切な守り神として、奉り続けてきたのです。

 また、上州は昔から、だるまづくりにとても適した土地と言われてきました。紙を張る、色を塗る・・・ そんな一つひとつの行程の中で、上州名物からっ風と乾いた空気が、大きな威力を発揮するのです。まさに、高崎だるまは、職人の技と上州の風土が生み出した芸術作品といえるでしょう。

 年間約90万個(平成15年頃 組合調査)のだるまを出荷し、その数は全国の張り子だるまの大多数を占めると言われる高崎だるま。今日も多くの職人たちが、人々に幸せをもたらす福だるまを、一つひとつ心を込めて作り続けています。





招き猫の由来

 張子のネコは養蚕が盛んに行われていた時代に、関東でねずみ除けとして本物の猫を模して作られたのが最初とされています。それまでは陶器で作られた招き猫が主流で江戸時代から大衆に親しまれていました。もちろん、今でも陶器のネコはたくさんあり、皆様に親しまれています。

 それがいつの頃からか商売繁盛の願いを込められるようになり、現在の形に落ちつきました。その招き上げた手で人やお金を招き、上げている手が高ければ高いほど大きな物を招くとされています。また、上がっている手の方向により招くものが違うとも言われています。

 高崎の招き猫が張子で作られたのは、その頃から高崎で生産されていた『福だるま』と同じ製造方法で作られた為です。
 最近は機械化が進み、真空製型と言う方法に切り替わりつつありますが、今でも大きな招き猫は胴と手を別々に張子で作りそれを合わせて制作されています。
 
(有)だるまの幸喜
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