地元のメディア 紹介歴
◆2012年04月16日
享徳の乱 南総里見八犬伝の題材(2012.4.16) 視点オピニオン21(上毛新聞 2012年04月16日掲載)
享徳の乱 ◎南総里見八犬伝の題材
 そもそも地域づくりとは何か、いつも自問しています。多様な切り口があっていいと思います。その一つとして、
地域の歴史をきちんと見直すことが重要ではないかと思っています。「利他的な生き方」という、上野村在住の哲学
者、内山節先生の言葉があります。地域のために、人のために生きることが結局は、回りまわって地元地域のため
であり、自分のためでもあるという考え方です。人間の根本的な心情がこのようなことでなければいけないと思って
います。

 昨年、群馬県立歴史博物館で大変興味をそそる意義深い企画展が開催されました。それは「関東戦国の大乱―
享きょうとく徳の乱・東国の30年戦争・戦国は関東からはじまった」です。なんと享徳の乱を下敷きにした作品が、
里見氏をモデルとした滝沢馬琴の伝奇小説「南総里見八犬伝」なのです。今回は特にこの辺に少し触れてみたい
と思います。
 一般的戦国は上杉、武田、北条の三つどもえの戦乱と関連の上州の長野氏や房総の里見氏ではないでしょうか
。≪戦国後期≫

 では、戦国はいつから始まったかというと、従来は京を舞台にした「応仁・文明の乱」(1467〜1477年)とされて
います。また、ともすると北条氏の関東制圧史と描かれることもあります。しかし、この企画展では戦国は、享徳3
(1454)年から戦乱に突入し、30年にわたって関東一円を二分した「享徳の乱」から始まったと力説していました。

 「都と鄙ひ」(京と東国)の両久く方ぼう(室町幕府と鎌倉府)の対立を背景に、鎌倉(後の古こ河が)公くぼう方足
あしかが利成しげうじ氏が関かん東とう管かんれい領(鎌倉公くぼう方を補佐する立場であったが、後で自立)上杉
憲のり忠ただを殺害したために勃発したとされています。≪戦国前期≫

 では、この関東の内乱を下敷きにした作品八犬伝について少し。物語は室町後期の安房の国の里見家の姫、伏
姫と八房の因縁によって結ばれた八犬士を主人公にしています。儒教で言う八つの徳「仁じん・義ぎ・礼れい・智ち
・忠ちゅう・信しん・孝こう・悌てい」や勧善懲悪を基本理念とした構成雄大、波瀾万丈の長編伝奇小説です。馬琴が
江戸後期に28年かけた全98巻106冊の超大作で、関東一円、甲信越、そして上州も大事な場面(妙義神社、渋川
の白井城、下仁田の荒船山ほか)に登場します(現代語訳は河出文庫版(上)(下)ほか刊行)。

 後に歌舞伎や映画、人形劇、漫画など多様なジャンルのシナリオに影響を与えたといわれています。
 このように、八犬伝は中国の水滸伝の影響もあり、遠いイメージでしたが、享徳の乱を題材にしたことで、きわめ
て近い存在であり、戦国を知る上で、大変重要な「物語」です。
◆2012年03月03日
上州 ひと 交差点 「里見の郷」で街元気に 推進実行委事務局長 中嶋講二
 (
朝日新聞群馬版 2012年03月03日)紹介される「里見の郷」で街元気に・・と
 江戸時代の伝奇小説「南総里見八犬伝」で知られる安房(千葉県)の戦国大名・里見氏、発祥の地である高崎市
里見地区
で、2008年に街おこし組織をつくった。 里見地区は、06年に高崎市に編入合併された旧榛名町にある、
生まれも育ちも里見、「合併で『里見がどうなるか』と危機感があった」
 新田源氏の流れをくむ里見の旧跡は、地区の至る所に残る初代・義俊が眠る光明寺、南北朝時代に築かれた
とされる上里見城跡
郷見神社ー。地元には子孫の家も十数件あり、幼なじみをいた。 

里見氏が戦国大名と栄えた千葉県館山市、江戸幕府に潰され大名としての歴史を終えた鳥取県倉吉市の街おこし
団体と交流。 「全国里見一族交流会、」とも連携し、歴史講演会を開い史跡の紹介活動をしたり、高崎、安中両市

などに残る旧跡の散策地図もつっくた。 09年から夏に「里見の郷フェスティバル」をスタート。 「地域に根ざした
文化活動をしたい」実行委メンバー共通の思いだ。


地区には梨農家が約100件あり、「里見梨」のブランドで売り出しいる。 梨畑を舞台にオカリナ演奏会や写真展を開
くなど活動の幅が広がってきた。 「歴史が好きでない人も楽しめないと、本当の街おこしにはつながらない」 本職は
、戸田書店榛名店などの、経営者。 里見氏や小栗上野介といった郷土ゆかりの歴史本が充実する。 2014年は
「八犬伝」が世に出て200年になる、「里見」の名が広まることを願う 
◆2012年02月23日
 視点オピニオン21 (上毛新聞 2012年02月23日掲載)
里見氏の歴史 頼朝の側近だった義成(2012.2.23)(上毛新聞リンク)
里見氏の歴史 ◎頼朝の側近だった義成
 私のテーマのひとつである「カルチャー」は、英語では文化、教養の意味ですが、原語のラテン語では、耕す
、掘り起こす等々の意味だそうです。 地域を掘り起こす意味合いを込めて、地域の歴史的資産を生かすためにも
、「里見の郷さと」を地域ブランドにするためにも、里見氏の歴史を少し振り返ってみたいと思います。

 一般的に言って、里見氏のイメージは、上杉、武田、北条の三つどもえの戦乱の時代の房総里見氏であり、滝沢
馬琴によって書かれた伝奇ロマン『南総里見八犬伝』のモデルの里見氏でしょう。
 上毛かるたにある「歴史に名高い新田義貞」の鎌倉倒幕の錦絵(新田義貞投剣図)で、中央の義貞の右脇に座っ
て、大きな弓を右手で持っている人物が6代里見五郎義胤(よしたね)です。これこそが里見氏のイメージではない
でしょうか(詳細は“里見の郷”をパソコン等で検索して、里見の郷推進実行委員会の公式ホームページのトップに
錦絵の画像があります。その他の報告もあり)。

 里見氏の歴史は、始祖の初代義俊から20代忠義まで、平安時代末期から江戸時代初期まで、約500年間続きま
した。 今年のNHK大河ドラマ「平清盛」の源平争乱は、西国の遠い舞台の戦乱に見えるかもしれませんが、源義
国や新田義重、そして、2代の里見義成が同じ時代に登場して、近い存在でもあります。  今回は、特に「義成」の
活躍について、少し触れてみたいと思います。 平安時代末期、源義国という京の武者が
東国に下りました(1150=久安6年)。その義国の子、源義重(新田義重)こそが、初代里見氏の父なのです。
 兄弟は、長子の始祖義俊や山名氏の始祖義範(山名八幡宮で有名な現高崎市山名町)、新田氏を継ぐ義兼、
後で徳川家康が自分のルーツとした(世良田)義季がいます。

 歴史書『吾妻鏡』にたびたび登場する新田義重は、寺尾城(現高崎市寺尾町)に立てこもり、自立を図ろうとした
ため、源頼朝に鎌倉に入ることは許されませんでした。  しかし、義重の孫にあたる里見義成は、京で平家に仕
えていましたが、頼朝を討つと称して東国に下り、鎌倉の
頼朝のもとへはせ参じました。このように、義成は頼朝の側近として、非常に信頼が厚かったようです。同歴史書
には、義成の死亡記事に、頼朝の寵臣(ちょうしん)(主君に特別気に入られた家臣)であり、義成の亡くなったこと
を惜しまない人はいないと記してあります。
 今年の大河ドラマは、より興味を持って見ることができます。里見氏が同じ時代に活躍した武士であることがわか
ります。
◆2011年12月29日
 視点オピニオン21 (上毛新聞 2011年12月29日掲載)
里見氏核に地域づくり 城跡の草刈りが第一歩(2011.12.29)(上毛新聞リンク)
里見氏核に地域づくり 城跡の草刈りが第一歩
 私が生まれた旧榛名町里見地区(現高崎市)は、古くは「上野国碓氷郡里見郷」と呼ばれ、全国の里見氏発祥
の地でもあり、新田義貞の誕生の地とも言われています(1154年=久寿元年、始祖義俊が里見郷を所領とした
)。 里見氏発祥の地の歴史性を生かした地域づくりをめざして、2008年に「里見の郷さと」推進実行委員会が発足
しました。 その前年から、里見氏に関する歴史講演会を開催して今回で第6回になります。今年は9月24日、地元
企業や群馬県の支援をいただき、榛名文化会館で「里見氏ゆかりの三都物語」と題して歴史フォーラムを開催しま
した。
 発祥の地・高崎市、終焉(しゅうえん)の地・鳥取県倉吉市、「南総里見八犬伝」で有名な千葉県館山市の3市関
係者が最近の活動や研究動向を報告、大反響を呼びました。200人近くの出席者があり意義深く、地域間交流
がさらに深まり無事終了しました。

 「里見の郷」推進実行委員会の立ち上げについて「きっかけ」をのべたいと思います。 もともと幕末の歴史が大
好きで、10年くらい前から、倉渕地域の小栗上野介顕彰会に参加していました。小栗顕彰会で学んだ地域活動の
経験を地元里見地域に生かせないかと考えるようになりました。
 6年ほど前、旧榛名町が平成大合併のうねりで自立か合併かで町を二分して大きく揺れ動きました。地域が
埋没し、のみ込まれてしまうのではないかという危機感があり、「地域の歴史や文化」を次の世代に伝えていか
なければと強く思うようになりました。

 あるホームページに里見城跡のことがあり「始祖義俊が築城した城跡を訪れ、草が茫々(ぼうぼう)と伸び、
荒れた城跡に失望した」という感想を読み、地元の人間として「何て恥ずかしいことだ」と思いました。歴史を語
る以前にやることがある。城跡を訪ねてくれる人に「最低限の礼儀」として、草刈りや清掃だけでも続けてやろう
と決断し、地元の里見氏一族、地域づくり団体、倉渕のNPO法人などの有志と相談しました。最初は30人近く
集まり、大がかりで大変でしたが、草刈り作業をしました。以後、毎年定期的にやっています。ここから「里見城跡
復興事業」の第一歩が始まっており、将来的には公園化されればと願っています。

 地域のあり方に対しては、評論家ではなく、少しでも行動に結び付くことをしなければと常々思っていました。
里見氏に関する講演会や地域の魅力を発信する多彩な企画展「里見の郷フェスティバル」を地域に根付かせる
ために、これからも1年に1回続けることが大事と思っています。
◆2011年9月01日
広報高崎 2011・9・1 からっ風トーク 
里見の郷フェスティバル実行委員長 中嶋講二 地域の魅力を仲間と探す 里見「再」発見伝
 江戸時代のベストセラー小説 「南総里見八犬伝」。そのモデルとなった戦国大名の安房(現在の千葉県)
里見氏は、旧榛名町里見地区が発祥の地だ。上毛かるたで有名な新田義貞もこの地で誕生したといわれている
。しかし残念ながら、市内でもその事実を知らない人が多い。里見地区で生まれ育った中嶋さんだが、もともとは
幕末の歴史が好きで、10年ほど前から倉渕地域の小栗上野介顕彰会の参加していた「里見地区の歴史や文化
を次の世代に伝えていかなければ」という気持ちが強くなったのは、高崎市と旧榛名町の合併話が持ち上がって
きたころ。 小栗顕彰会で学んだ地域活動の経験を地元を盛り上げるために生かせないかと考えるようになった。

 
そんなときインターネットで、里見氏の始祖・義俊が築城した里見城址を訪れた人の書き込みを見た、草が伸び
、荒れた城跡を訪れて失望したという感想だった。 地元の人間として恥ずかしさ感じた。 「来てくれる人への最
低限の礼儀だから、草刈だけでもしょう」。 呼びかけると有志30人ほど集まった。
 多くの仲間が集まったことで、
活動をはじめる手応えを感じた。 里見氏発祥の地として地域づくりを進めていくには知識が不可欠と必死に
本を読んだ。 活動を本活化させるには、全国にちらばる里見一族の力が必要と思い、積極的に足を運んだ。

 そして3年ほど前、一族や地元の人たちと共に「里見の郷推進実行委員会」を立ち上げる。 里見氏の歴史
を多くの人に知ってもらおうと定期的の講演会を開く。 段取り仕事は、書店の店長時代から得意分野だ。 
「続けていかないと地域に根付かない。一年に一回でも続けることが大事」と話す言葉が強い。 

地域の財産は里見氏だけではない。 100年以上の歴史を持つ榛名の梨や「地域の人」もそのひとつだ。 絵を描
く人や写真家、音楽家など、隠れた才能を持つ人もいる。 「もっともっと地域の魅力を知ってもらいたい」

 
そうした思いから平成21年に、さまざまなイベントを一緒に行う「第一回里見の郷フェスティバル」を始めた。 
里見氏に関する講演会のほか、梨園が会場のオカリナ演奏会や、写真展、陶芸展など、地域の仲間の力を生か
して多彩な催しを企画し、今年で3回目になる。 「里見氏をきっかけに榛名神社を訪れ梨狩りに遊びに来てくれる
人が増えればうれしいです」。 陰となり日なたとなり、これからも活動を支えていこうと決めている


◆2010年4月16日
上毛新聞タカタイに・地域の歴史遺産を後世に 里見の郷 散策地図 反響凄いです 
◆2010年4月03日
歴史街道 里見の郷 散策地図 完成 上毛新聞紹介される
◆2009年7月18日
続 里見氏の発祥地 フェス開催と 各メデイアに
7/16 読売新聞群馬版・ 7・17上毛新聞TAKATIに・又FMぐんまさん等々本当に好意的に感謝しています。
江戸時代の伝奇小説「南総里見八犬伝」に登場する里見氏の発祥の地 と少しでも関心持ってくだされば、
又これからも毎年継続し参加イベント少しづづ増えればと思っています。
◆2009年7月14日
里見氏の発祥地 フェス開催と 各メディアに紹介される
昨日13付朝日新聞群馬版と本日14付地元の上毛新聞社さん『里見氏の発祥地 フェス開催と』好意的に
紹介くださいました、感謝いたします
◆2009年7月04日
ラジオ高崎 7・4 13:00〜15分位 生放送で出演 ギャラリー・お店全体等々の事
◆2008年7月11日
朝日新聞 群馬版(2008.07.11)に紹介される  里見の郷(さと)推進実行委員会設立の活動
◆2008年5月31日
●上毛新聞 里見の郷(さと)推進実行委員会設立 活動(2008.5.31)紹介される
◆2007年2月2日
●上毛新聞JOMO TATATAI 2/2 8.9.面 小さな空間に人の温かさ…ふらりと立ち寄れるアートスペース 写真入り大きく紹介される。
『5年ほど前から売り場の一角に開設.現在は2ヶ所にスペースを広げ、多く寄せられる利用希望に対応している。「地域から情報を発信したい」との思いから、主に地元.榛名や倉渕地区で活動する作家、愛好家にスペースを開放。陶芸や写真、書、手芸など、幅広いジャンルの作品展示に活用されている。「プロでなくても、趣味として制作をきわめている人は多い」と話す店長の中嶋講ニさん「スペースの広さに限らず、本人にとって個展は一大イベント。家族で開催を喜んでいる光景を目にすると、ギャラリーをやって良かったと感じる」という。
  中嶋さんは地域づくり団体の会員としても活動しており、「門前仲まち」などにもアートスペースを増やそうと仲間と取り組んでいる。「こつこつとでも情報を発信し続けていくことが大事」と話し、ホームページの充実にも力をいれている。』
◆上毛新聞 2005年12月22日 
●社会面 2005記者メール 『地方から発信 芽吹く』
榛名町の国道406号沿いの書店にふと立ち寄り地元の切り絵作家の作品展をのぞいた店長の中嶋講
ニさんとの出会いだった。 「国道は高崎榛名を通って倉渕に通じる ふだん地道な活動を続けている
作家を発掘し光を当てたい」 中嶋さんが若手作家に発表の場を提供して四年になる。利用者は計40
人を超えた。 ある日普通の主婦が来店して、好きな花の成長をとらえた写真展を開きたいと申し出た
。中嶋さんは「来る者拒まず」の気持ちで快諾。 するとこの家族は作業に没頭できるにと家族に協力
、しゅうとまでが展示手伝い喜びを共 有した。 家族愛が伝わり思わず胸がなったという。 主婦の友
人も作品を見にやってきて、主婦はまさます製作意欲をかき立てられたようだった。「たとえ小さな展示
会 でも続けることが大切。一つ一つ輪が広がり地道な活動の成果」と中嶋さんほほ笑む。 今月は町
内五店舗で同時開催の写真展が実現した。「また夢が一歩ふくらんだ  。自分の店では展示スペース
をもう一つ増設した」 中嶋さんが生まれ育った榛名町は、合併をめぐり揺れている。  そんななでふる
さとへの恩返しとして、中嶋さんまい た文化の種はようやく芽を出し、結実を迎えようとしている。
 地方からの発信ー。願いがかなう日も近い 
◆2005年3月17日
●地域力アップで提案 12団体がプロジェクト ( 上毛新聞より)
里見郷復興事業の考えを熱っぽく語る 中嶋講ニ

榛名町主催のパワーアップ事業プロジェクト発表会が十五日夜、町役場で行われ、地域をよくするために自主的に取り組んでいる十二団体が、事業目的と内容を堂々と発表した。
 同事業は榛名町が本年度、県の小さな自治モデル事業の指定を受けて実施。より良い地域を目指すため、住民が自ら考え、活動している団体に町が最高二十万円の補助金を出し、支援していこうという試み。今年二月に募集したところ十二団体の応募があった。
 発表会の審査には、高崎経済大学地域政策学部の大宮登教授のほか同町助役や収入役が加わった。また、石井清一町長も出席し、住民のアイデアに耳を傾けていた。
発表会は一団体五―十分の持ち時間で事業目的、内容を説明。各団体の代表はフリーマーケットを開催しリサイクルの有効活用を推進する意見や、炭焼き窯を造って技術伝承と地域交流につなげる、町の間伐材を利用したパドルでEボート(十人乗り)をこぎ、子供たちに川遊び教室を実施した成果などを熱っぽく語った。
 審査に当たった大宮教授は「全体として榛名町の住民が自分たちの考えで、この企画に応募したというプロセスが重要であり、評価したい」と感想を述べた。 上毛新聞より
◆上州風 平成17年夏号 うちの一郷一学 里見郷復興事業 活動の紹介
◆月刊上州路 平成17年3月号 新田氏支流 里見の郷 榛名町からの発信  活動の紹介あり
◆2003年11月30日
●上毛新聞  経済面 ぐんま業界最前線 『個性で勝負本屋さん 地元芸術家に好評なミニギャラリー』
◆2003年1月19日
●上毛新聞 社会面 ぴーぷるワイド 『やっていて励みなる 地元作家に発表の場を提供する〜』
◆2002年1月14日
●上毛新聞 『地元作家に発表の場 書店にミニギャラリー』


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