第43回日本学生科学賞応募作品
ポリスチレン製容器がプラナリアの分裂に及ぼす影響について
群馬県立勢多農林高等学校
理科部
ポリスチレン製容器がプラナリアの分裂に
及ぼす影響について
群馬県立勢多農林高等学校
理科部
1 はじめに
最近、環境ホルモン(外因性内分泌攪乱物質)という言葉をよく耳にする。環境ホルモンとは人体中で偽ホルモン作用をもつ化学物質で、私たちの身近なところに存在していると言われている。環境ホルモンの人体に及ぼす作用については、いろいろな意見がある1)〜3)。1997年に出されたアメリカ環境保護局の特別報告書では、化学物質が原因で雄の雌化や生殖不全が起きたとみられる例として約20種類の野生動物を挙げている。日本でも有機スズ化合物により貝類のイボニシが雄化し、個体数にも減少が見られるという。ある特定化学物質の野生動物への影響についてはほぼ確実視され、アメリカではすでにその調査・対策が始められている。イギリスでは、1998年に環境庁が、産業界に対して環境ホルモンの疑いのある化学物質の排出を抑制し、代わりの物質への切り替えなどを行うように提案している。その他の国々もこれらの事実が地球上の生物の存続を危うくするものであるという考えで、何らかの対策を取り始めている4)。しかし、現象は確認でき、周辺環境の分析、蓄積化学物質の解析等においてかぎりなく「クロ」に近い状態ではあるが、疫学的研究と因果論という観点から「科学的客観性に欠く」とか「生物薬物学的に因果関係が証明できない」という人も多く、日本ではまだ認知しきれていない5)。
現在、ポリスチレン製のカップラーメン容器から、スチレンモノマー、スチレンダイマー、スチレントリマーが溶出し、人体に影響を与えるているのかどうか是非が問われている。 「ポリスチレン製容器から溶出しているスチレン類は人体に害を与えない。」と、安全を主張している側と「ポリスチレン製容器から溶出しているスチレン類には環境ホルモン作用がある。」と、安全性を認めない側で意見が対立している。
ポリスチレン製の容器入り即席麺中に熱湯を注ぎ、10分間放置したらダイマーは検出されなかったが、トリマーは8検体中5検体から5〜62ppd検出されたという報告がある。他にもいくつかの報告があり、いずれもスチレンモノマー、スチレンダイマー、スチレントリマーの検出が認められている6)。容器からの溶出物質の安全性については、日清食品樺央研究所の検査によると「スチレンダイマー、スチレントリマーの両方に危険性はなく安全である。」という検査結果を出した7)。しかし、WHOの国際がん研究機関は、スチレンは、総合的に、ヒトに対して発がん性の評価があるとした7)。スチレンを大量投与した場合のエストロゲン(女性ホルモン)作用も確認されている8)。
私たちは、日々様々な食品を口にしている。現在、遺伝子組み換え作物やこのカップラーメン容器問題のように、多くの食品が「食品としての安全性」を疑問視されている。このようななかで私たち一人一人がこれらの問題に関心を持たなければならない。私たち理科部では、手軽に利用できるポリスチレン製容器の安全性に不安を持ち、この安全性を確かめるために研究を始めた。
2 目的
研究用動物としてプラナリアを選んだ。プラナリアは20℃で飼育すると10〜20日(平均15.9日)に1回、分裂することが知られている。9)この分裂頻度に、ポリスチレン製容器(カップラーメンの容器)から熱湯中に溶出する物質が、どのような影響を与えるかを調べることとした。
3 実験の準備
3.1 材料
プラナリア(ナミウズムシ Dugesia japonca)。勢多郡富士見村箕輪、赤城白川、標高1000mで採集した個体で、20℃の飼育条件に慣らしたもの。
プラナリアは動物分類学上、扁形動物門、渦虫綱の総称である。本実験に用いたのはナミウズムシ(Dugesia japonica)で体長20〜25mm、茶褐色〜黒褐色、頭部は三角形をしている。また、北海道を除く日本列島全域に分布する。9)
3.2 飼育用のエサ
イトミミズ(生き餌):ペットショップより購入。
3.3 ポリスチレン製容器
ポリスチレンは、一般に、エチレンモノマーとベンゼンからエチルベンゼンを介して得られたスチレンモノマーを重合させたポリマー(プラスチック)である。したがって、製品にはこれら揮発性原料などが残留している可能性がある。そこで、食品衛生法に基づく規格基準では材質中の揮発性物質の規制をおこなっている。熱湯を用いる発砲ポリスチレンは残留物の濃度が2000ppm以下かつスチレン及びエチルベンゼンの濃度がそれぞれ1000ppm以下と定められている。しかし、カップラーメン容器は、メーカーがそれよりも厳しい自主規制をおこなっている24)。
また、ポリスチレン製カップラーメン容器から熱湯へのスチレンモノマー溶出についての知見が多くの研究機関から報告されている。以上の理由から、ポリスチレン製容器としてカップラーメン容器を実験に用いた。
カップラーメン容器にはポリエチレンでコーティングされた紙製とポリスチレン製があるが、実験にはポリスチレン製の容器を使用した。また、カップラーメン容器に付着する油分等の影響を除くため、スープ別包装のノンフライ麺のカップラーメン容器(未使用)を使用した。
3.4 飼育水 (対照水と実験水)
飼育水には対照水と実験水の二種類を用いた。対照水は500mlを1リットルビーカーに入れ、5分間沸騰させ、冷却後500mlガラス製細口 試薬ビンに入れ、低温定温器中で20℃で保存した。
実験水は水道水500mlを5分間沸騰させた後カップラーメン容器(ポリスチレン製容器)に注ぎ、ふたをして4分間放置した後6分間かき混ぜ、ビーカーに移し換えて冷却した。実験水も対照水と同様に保存した。飼育水は2週間ごとに新しく作りかえた。図1は飼育水の作り方である。
3.5 飼育・観察・記録の方法
(1)飼育方法
@プラナリアには有性生殖と無性生殖がある。プラナリアの生活史は水温に強く支配されており夏期に低温下(5〜10℃)で飼育すると、有性系個体では生殖器官が退化せず、無性系個体では分裂しなくなる。また、冬季でも高温(20〜25℃)のもとで飼育すると、生殖器官が退化して有性系の虫でも横分裂するようになる10)。そこで、プラナリアを分裂によって増やすため20℃で飼育することとした。また、飼育容器には直径8cmのガラス製シャーレ(対照区、実験区)とポリスチレン製のカップラーメン容器を用いた。
A週2回(月・木曜日)エサを与える。エサの量は、プラナリア1匹に対し、イトミミズ2〜3匹程度とする。
Bエサを与えた翌日(火・金曜日)に、飼育容器の掃除、飼育水の取り替えを行う。
(2)観察・記録方法
@観察は毎日行い、別紙記録用紙に記録する。
A観察・記録項目
@ 観察年月日および飼育開始からの経過日数
A 低温定温器の温度
B 各飼育容器中のプラナリアの個体数
C 各プラナリアの状態
4 実験の方法
4.1 対照区 (記号C)
6つのガラス製シャーレに対照水40mlとプラナリア1匹を入れ分裂による個体数の変化を記録した。






図2 対照区(C−1〜C−6)
4.2 実験区 (記号E)
6つのガラス製シャーレに実験水40mlとプラナリア1匹を入れ分裂による個体数の変化を記録した。





図3 実験区(E−1〜E−6)
4.3 ポリスチレン製容器中で飼育した実験区(記号S)
6つのポリスチレン製容器(カップラーメン容器)に実験水40mlとプラナリア1匹を入れ分裂による個体数の変化を記録した。






図4 ポリスチレン製容器中で飼育した実験区(S−1〜S−6)
注)C−1〜C−3,E−1〜E−3,S−1〜S−3は1999年4月1日〜1999年5月30日までの59日間観察した。
C−4〜C−6,E−4〜E−6,S−4〜S−6は1999年6月5日〜1999年8月3日までの59日間観察した。
5 結果及び考察
表1は各実験区の個体数変化を示したものである。対照区においては、順調に分裂が進み59日後の平均個体数は3.8匹、1回の分裂に要した平均日数は15.4日となった。この結果は、参考文献9)のプラナリアの分裂日数15.9日とよく一致した。実験区においては、59日後の平均個体数は2.0匹となり分裂に要した平均日数は29.5日となった。なお、1999.4.1〜1999.5.30の観察期間中の水温については、平均値20.1℃、最大値22.4℃、最小値18.6℃であった。また、1999.6.5〜1999.8.3の観察期間中の水温は、平均値21.0℃、最大値26.0℃、最小値15.0℃であった。
図5は各実験区におけるプラナリア個体数の平均値と経過日数の関係をグラフにしたものである。一般的に生物の個体数が増加する初期段階では、指数的に増加することが知られているので11) それぞれの実験区のデータをもとに指数回帰曲線をもとめた。
対照区ではy=e0.0265x (ただしyは個体数、xは経過日数)となった。一方、実験区では
y=e0.0137x となった。このグラフから、明らかに対照区と実験区の個体数増加には差があると思われる。そこで59日後のプラナリアの個体数(表2)をもとにt検定を行った。

t検定とはt分布を使って、2つの標本の母平均(母集団の平均)が等しいか等しくないかを確認する手法で、2グループ(標本数m、n)の分散が等しいときt値(平均の差を表す統計量)が自由度m+n−2のt分布に従うことを利用して検定する。一般的に、統計では標本数をある程度大きくして正規分布を利用するという、大標本理論に基づく計算がおこなわれる。しかし、個体や飼育条件の違いをなくし、同一条件での標本データを大量に収集することが困難である場合は、小標本理論に基づく計算がおこなわれる12,13)。Excelの分析ツールに用意されているt検定は、きわめて少ない標本でも2つの標本が、平均値の等しい母集団から取り出されたものであるかどうかを確率的に予測できる14)〜16)。
そこで、t検定には表計算ソフトのExcel(Microsoft)をもちいた。
有意水準αを小さくしすぎると「帰無仮説が誤りであるのに受容してしまう確率」すなわち「第2種の誤り」を犯す確率を大きくしてしまう。このため、有意水準αは通例0.05(信頼度95%)に設定される17)。このような理由でここではF検定、t検定ともに有意水準αは0.05に設定した。
t検定おこなうには事前にF検定をおこない等分散性の検定が必要となる。そこで、
帰無仮説:対照区の母分散と実験区の母分散は等しい
対立仮説:対照区の母分散と実験区の母分散は等しくない
として、ExcelでF検定をおこなった。表3はその結果である

分散比が1以上の場合、分散比がF境界値両側以上ならば、帰無仮説は棄却される17)。
表3では、観測された分散比1.24はF境界値両側5.05以内なので、帰無仮説は受容される。よって、信頼度95%で、等分散である。
つぎに、Excelでt検定(等分散を仮定した2標本による検定)をおこなった。t検定では、仮説平均との差異を0、有意水準αを0.05として、両側検定をおこなった。仮説平均との差異0と設定したので、
帰無仮説:対照区の母平均と実験区の母平均は等しい
対立仮説:対照区の母平均と実験区の母平均は等しくない
として、t検定をおこなった。表4はt検定の結果である。

t値がt境界値両側以上ならば、帰無仮説は棄却される17)。t値3.05はt境界値両側2.23以上なので、
帰無仮説は棄却され信頼度95%で2つの標本の母平均にはには有意な差があるといえる。
以上の結果から、対照区と実験区の個体数の増加、つまり分裂頻度には差があるといえる。
つぎに、ポリスチレン製容器中で飼育した実験区について同様の検定をおこなってみた。

t検定をおこなうには事前にF検定をおこない等分散性の検定が必要となる。そこで、
帰無仮説:対照区の母分散と実験区の母分散は等しい
対立仮説:対照区の母分散と実験区の母分散は等しくない
として、ExcelでF検定をおこなった。表6はその結果である。

分散比が1以上の場合、分散比がF境界値両側以上ならば、帰無仮説は棄却される。
表3では、観測された分散比3.07はF境界値両側5.05以内なので、帰無仮説は受容される。よって、信頼度95%で、等分散である。
つぎに、Excelでt検定(等分散を仮定した2標本による検定)をおこなった。t検定では、仮説平均との差異を0、有意水準αを0.05として、両側検定をおこなった。仮説平均との差異0と設定したので、
帰無仮説:対照区の母平均と実験区の母平均は等しい
対立仮説:対照区の母平均と実験区の母平均は等しくない
として、t検定はおこなわれた。表7はt検定の結果である。

t値がt境界値両側以上ならば、帰無仮説は棄却される。t値0.823はt境界値両側2.228以内なので、帰無仮説は受容され信頼度95%で2つの標本の母平均にはには有意な差がないといえる。
つまり、ポリスチレン製容器中で飼育した実験区と対照区の個体数の増加、つまり分裂頻度には差がないといえる。
実験の結果を整理してみると図6のようになる。

対照区と実験区のプラナリアの分裂頻度に差が生じた理由について考えてみた。
可能性1,油分の影響
ポリスチレン製容器として用いたカップラーメン容器には、油分の影響を取り除くためノンフライ麺の製品を使用した。また、冷却後、20℃で保管時、使用時に水の状態を十分に観察していたが油分の存在は認められなかった。しかも、実験区とポリスチレン製容器中で飼育した実験区では同じ水(実験水)を使用していた。しかし、対照区とポリスチレン製容器中で飼育した実験区のプラナリアの分裂頻度には差が生じなかった。したがって、油分が実験水に溶出しているため分裂頻度に差が生じたとはいえない。
可能性2,麺等カップラーメン内容物残留の影響
実験水をつくるためのポリスチレン製容器として用いたカップラーメン容器には、スープ別包装の製品を使用しかつ未使用のものを用いた。また、冷却後、20℃で保管時、使用時に水の状態を十分に観察していたが異物の存在は認められなかった。しかも、実験区とポリスチレン製容器中で飼育した実験区では同じ水(実験水)を使用していた。しかし、対照区とポリスチレン製容器中で飼育した実験区のプラナリアの分裂頻度には差が生じなかった。したがって、カップラーメンの内容物が実験水に溶出しているため分裂頻度に差が生じたとはいえない。
表8は、実験水と対照水のpH測定、導電率測定の結果である。pH測定値、導電率測定値の比較から、塩分等のイオン性物質の特異な溶出は認められなかった。使用したpHメーターはtwinpH B-212(堀場製作所)、使用した導電率計はTwin Cond B-173(堀場製作所)である。

可能性3,スチレンモノマーの影響
ポリスチレンは、一般に、エチレンモノマーとベンゼンからエチルベンゼンを介して得られたスチレンモノマーを重合させたポリマー(プラスチック)である。したがって、製品にはこれら揮発性原料などが残留している可能性がある。そこで、食品衛生法に基づく規格基準では材質中の揮発性物質の規制をおこなっている。 熱湯を用いる発砲ポリスチレンは残留物の濃度が2000ppm以下かつスチレン及びエチルベンゼンの濃度がそれぞれ 1000ppm以下と定められている。また、ポリスチレンの一般的な材質中に、製法により異なるが、スチレンモノマーが400〜1000ppm、スチレンダイマーが400〜1000ppm、スチレントリマーが2500〜8000ppm程度存在するという報告もある18)。ただし、これらはポリスチレン製容器内の残留物であって、熱湯への溶出については、スチレンモノマー以外に問題となるような有機化合物が溶出しているという報告はない。スチレンモノマーの熱湯への溶出については次のような報告がある。カップラーメン容器29品について室温の水を入れ30分放置後で不検出(検出限界10ppb)〜120ppb19)、食品用ポリスチレン製容器214品に熱湯を入れ30分放置後で最高44ppb20)、カップラーメン容器に沸騰水200mlを加え、アルミはくでふたをし、5分後で1〜33ppb21)の溶出が報告されている。したがって、熱湯にはスチレンモノマーが溶出していると考えられる。分裂頻度の差を生じさせているのはスチレンモノマーなのだろうか。
対照区と実験区の分裂頻度に差が生じたということは、飼育水の違いである。しかし、実験区とポリスチレン製容器中で飼育した実験区では同じ水(実験水)を使用していたが、対照区とポリスチレン製容器中で飼育した実験区のプラナリアの分裂頻度には差が生じなかった。これは、飼育した容器の違いである。つまり、ポリスチレン製容器が実験水から分裂抑制物質を取り除いたことになる。
一般に、固体への吸着は温度、吸着する物質(この場合スチレンモノマー)の性質、吸着媒(この場合ガラス、ポリスチレン)の性質および状態などに関係し、物理吸着においては温度の増加は吸着量を大きく減少させる22)。また、次のLangmuirとBlodgettによって考案された実験(図7)によって炭化水素・ガラス間の吸着性と炭化水素・炭化水素間の吸着性を比較説明できる。ステアリン酸は疎水性の炭化水素基と親水性のカルボキシル基からなる高級脂肪酸である。水面のステアリン酸単層最密充てん膜にガラス板を通して浸して上げると、ステアリン酸分子はその極性をガラスの方に向けて付着してくる。このガラス板を再び押し込むと、水の表面に出ている炭化水素鎖がガラス板状の炭化水素とくっつくようになる22)。これは、炭化水素・ガラス間の吸着性よりも炭化水素・炭化水素間の吸着性の方が高いことを示している。したがって、炭化水素であるスチレンモノマーとポリスチレンとの吸着性はガラスよりも高いといえる。

炭化水素を水に溶かすと、その分子のまわりの水のエントロピーが減少する。自然の変化は全エントロピーが増加する方向に進む。もし、炭化水素を適当な方法で十分に多量に溶かすことができれるとすれば、エントロピーの減少も大きくなる。この状態は不安定で好ましいことではない。炭化水素に接している水分子よりも、純水の方がエントロピーが大きいので、結局、炭化水素分子がばらばらになって水の中に溶けているよりも、何個か集まった方がエントロピー的に都合がよい、つまりこの方が安定な状態である23)。したがって、高温のため吸着量を減少させたスチレンモノマーは水に溶け出すが、高温のままガラス製容器中で冷却した実験水は20℃まで水温が低下することにより水中での不安定さを増大させる(図8)。このため、この不安定な水溶液(実験水)をポリスチレン製容器に入れた場合、エントロピーが増大する方向であるポリスチレン製容器への物理吸着へと進む。
したがって、図9に示すように、ガラス製シャーレ中の実験水には溶出したスチレンモノマーが不安定ながらも存在し続ける。ポリスチレン製容器中の実験水に溶出したスチレンモノマーはその不安定さを解消するため、ポリスチレン容器へ物理吸着する。その結果、ポリスチレン製容器中のスチレンモノマーの濃度は時間とともに減少していくと考えられる。


容器の材質の違い、つまりガラスとポリスチレンへの吸着性の違いから、スチレンモノマーがポリスチレン製容器に吸着したため、ポリスチレン製容器中で飼育したプラナリアは正常な分裂頻度になったと考えられる。また、物理吸着においては、吸着質と吸着媒の表面が分子間力だけで吸着する。このため、吸着質に吸着質が吸着する多層吸着が可能であり、吸着質と吸着媒が同種の場合、広範囲にわたって多層吸着が可能となる。したがって、59日もの長期にわたっての物理吸着が可能となった。このことからも再吸着された分裂抑制物質がスチレンモノマーだと考えられる。
6 結論
以上の結果から次のようなことがわかった。
1,ポリスチレン製容器から溶出した物質はプラナリアの分裂頻度を抑制する。
2,ポリスチレンとガラスへの物理吸着性の違いから、プラナリアの分裂抑制物質はスチレンモノマーである。
7 今後の課題
一般にこのようなテーマで研究をおこなう場合、長期にわたる数多くの標本の収集や高度な分析、実験を必要とする。しかし、高校理科部でおこなう私たちの研究にはさまざまな制約がある。このような状況で悩んでいたとき、t検定を知った。t検定の根拠となるt分布の確立分布表を発表したゴゼットは次のように述べている。
「そう頻繁に繰り返すことのできない実験もある。こんな場合、とても小さな標本で、標本自体の変動から結果の確実性を判断することも時には必要である・・・・・・(中略)・・・・・・本論文の目的は、実験回数があまりにも少数である場合、実験の系列の有意性を判定する確立積分表を用意することである。」12)また、私たち高校生には難解なt検定も、コンピューターを使用することにより正確に利用できるようになった。私たちは研究の結果にも驚いたが、先人が積み上げてきた知識を利用できることのありがたさと、学習することの大切さを痛感した。
今回の研究結果は、プラナリアの分裂という生命活動に現れたものである。この実験結果から、ポリスチレン製容器から溶出しているスチレンモノマーが人間にとって有害か無害かを議論するには、スチレンモノマーがプラナリアの分裂抑制を引き起こす仕組みの解明を待たなければならない。また、この実験がスチレンモノマーの他の生物への有害性を完全に証明したとはいえない。そこで、今後の課題として
1,合成されたスチレンモノマーを用いて、スチレンモノマーがプラナリアの分裂頻度にどのような影響を与えるかを定量的に実験する。
2,他の化学物質がプラナリアの分裂頻度にどのような影響を与えるか実験する。
これらの研究がすすめば、スチレンモノマーがプラナリアの分裂抑制を引き起こす仕組みの解明に近づけると考える。
参考文献
1)立花隆 (1998) 環境ホルモン入門 新潮社
2)渡辺雄二 (1998) 環境ホルモンQ&A 青木書店
3)http://www.instantramen.or.jp (社)日本即席食品工業協会
4)浦野紘平 編著 (1999)どうしたらいいの?環境ホルモン 読売新聞社
5)ひろたみを (1998)環境ホルモンという名の悪魔 廣済堂出版 p34
6)厚生省 (1998)内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会配布資料5−2
7)厚生省 (1998)内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会配布資料5−1
8)厚生省 (1998)内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会配布資料5−4
9)群馬県前橋市立女子高等学校生物愛好会 (1992)プラナリア(ナミウズムシ)の分裂による増殖について
第34回日本学生科学賞全集p193〜196
10)手代木渉 渡辺憲二 編著 (1998)プラナリアの形態分化 共立出版 p1,190
11)三島次郎訳 (1974)オダム生態学の基礎 厚著第3版上 培風館
12) 郡山彬、和泉澤正隆 (1997) 確率・統計のしくみ 日本実業出版社
13)ラリー・ゴニック、ウルコット・スミス 著 (1995)マンガ確率・統計が驚異的によくわかる 白揚社
14) http://square.umin.ac.jp
15) http://www1.tcue.ac.jp
16) http://hyogen.edu.toyama-u.ac.jp
17) エクスメディア (1999) EXCEL関数活用SUPER MASTER エクスメディア
18) John Viley & Sons (1983) Encyclopedia of chemical technology
19) 渡辺ら(1977)東京都立衛生研究所研究年報,28-1,175-179
20) 馬場ら (1987) 大阪市立環境科学研究所報告 80-86,49
21) 日本子孫基金 (1998) 食品と暮らしの安全,106
22) Gildert W.Castellan (1971) 物理化学(下) 605-607 東京化学同人
23) 上平 恒 (1977) 水とはなにか 105-111 講談社
24) http://www.nissinfoods.co.jp 環境ホルモン Q&A Q4