フィリピン紀行以前お読みの方は      消去お願い致します  > 話は変わりますが、中村さんはまた近いうちに > フィリッピンに行かれるそうですが、前回、行かれた > ときに、トイレの話で大笑いしましたが、聞くところに > よりますと、私が入会するまえに、もっと面白い > フィリッピン紀行があるらしいのですが、もしよろしかったら > 忙しいのは百も承知でもう一回、お聞かせいただけない > でしょうか?出口の得意のわがままです。 了解致しました。以前に送信して居りますのと。三篇に 渡って非常に長い文章で。皆様にはご迷惑かとは存知 ますが。商売シリーズで流させていただきます。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ===== 商売.笑売.盛売。それとも少売シリーズ 第72話 ======== 【番外編 フィリピン紀行 第一章】 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■          番外編 第一章   始めての友人  第二章   ずぶ濡れの川下り 第3章    激動のフィリピン. 最終章 ーーーーー初めての友人ーーーーーーーーーーー     箸休めメール 私が毎月フライトしているフィリピンの一年半. Temis 会員の中にはタガログ語が何故かネオンの明るく付く アフター ファイブ(午後5時)になるとぺらぺら喋れる 要になる星野さんや 現在マニラに住んでいらっしゃる  安間さん松本さん 新規会員の自己紹介が遅れております  森本さん等フィリピンに間して私が語る事は恥ずかしくて 出来ません方々が沢山いらっしゃいますが. 私なりの 感じたフィリピン珍道中の出来事あれこれと書き綴って 見ました フィリピン日記のお粗末の一席を 御閑な方は  箸休めとお忙しい御仕事の間に お読みださいませ. 私はフィリピンという国が肌に合いますし.大変に好きな 国です その大好きなフィリピンを紹介して 何時の日にか 皆さんと御一緒にゴルフにダイビングに釣りに 美味しい 果物に出会う旅をしたいと心ひそかに計画しております 大好きフィリピン珍道中の始まりです 安間さん 松本さん  森本さん そしてフィリピン通の星野さん 間違って おりましたら訂正宜しくお願い致します ーーーフィリピン紀行  第一章  始めての友人 ーーーーーー 1998年の日本が寒い2月に私が ただ一人 英語もタガログ語 も出来ないのに たった一人でフィリピンに何故行ったのか. 静岡の某会社の社長に強引に誘われ その方のビジネスで マニラに行くので中村さん是非一緒に行きませんか 政府機関の 仕事ですから 私と行けば 環境保全協会の工場など簡単に 出来ますから そんな言葉に惑わされて ほんの少しの期待と 安く薬剤が出来るなら この社長と行けば空港に赤いじゅうたん 引いて パトカー先導か 良いね?1週間後にTemisの 村松さん寺沢さんとフィリピンの旅行は  以前から計画して おりましたので 何度かお断り致しましたが  後から考えたら不思議なのに  私は忙しいので航空券を中村さん取っておてい下さい.後で旅費は 全て持ちますから行きましょう そこまで言われましたので. フィリピンの同行を承諾して,当日はその方と成田での待ち合わせと 成りました 待ち合わせ場所に居ない航空券は私が持ってるし 時間が 来ても現れず有り得ないですが中に入ったのかとゲーとを通って最終の 搭乗口にも無論居ない 携帯電話の電源の残りをを気にしながら  静岡の自宅と会社に掛けつづける  酷い ムゴイ  なんと何の連絡もなしに来ない そんな馬鹿な ドタキャンで頭は真っ白  全てのスケジュールはその方が準備して居ましたので.何の準備も無く 全くの目的の無い一人旅 私が支払ったその方の航空券の代金は 予約したホテルはどうなるの??不穏いっぱいで ニノイ・アキノ国際空港に 着いたのは,午後一時頃だったと思う。冬の下着を着ていた 私の 背中は,直ぐに汗でべったりとしてきた。 空港で軽快なバンドに 出迎えられ何時もの事だが 憲司は じっとりしたこの南国の暑さに 出会うと何故か 故郷に帰って来たような うきうき気分でハッピーに成り 何故かまず食欲が出てくる不思議な体質 来ないものはしょうが ないと完全に居直って シャンメイ男一匹何とか成るだろうと波瀾の フィリピン一人旅は始まりました. ドタキャンの社長は帰国後 何度も 何度も連絡を入れたが 全て出張中で せめてその方の 航空券とホテル代金だけでもと思って連絡は続けて降りますが 未だに連絡も無く 勿論代金も頂いていない.何とも不思議な話 噂では その後会社が倒産と言う噂を耳にしたが 定かではない 静岡の社長の話では 税関を通らず 政府高官が迎えにきて赤いじゅうたん パトカー先導  政府高官に会うからと 背広をビシット 決めていたのに税関や入国検査で 空港に長く待たされ 手続きを済ませ外にでる頃には,背広は汗でヨレヨレ  何もわからず外に出ると直ぐに寄ってきた 怪しげな(少なくとも私にはそう 見えた 絶対怪しい)客引きが話しかけてきたりする。 タクシー とか 私日本に行っていた友達とか 観光案内安心とか  ピストルを撃たせる 綺麗な女の子紹介するとか おのぼりさんは 直ぐ分かるのか 寄ってくる寄って来る 何とか振り払い空港で 両替したペソを握って.何故か分からないままタクシーにのりいざ マニラの街に 運転手に喋った言葉は.マニラ ダイヤモンドホテル ただこの一言.町に出ると極彩色の  ジプニー が走り回り  ジプニーとは フィリピンの代表的交通機関で。私が日本で乗りたいと思う 派手  派手の飾りが沢山ついた.極楽鳥見たいな車で ジープの荷台が長く なったものを想像していただければ間違いない。もとは第2時大戦後に 米軍から払い下げられたジープを改造した物で,現在は車体はフィリピンで 作ったもの,エンジンは日本のトラックの中古を使っている。運転は酷く 何処でも止めるしきわめてスプリングも硬く乗りづらいですが。私は1度だけ 乗った事があり 何もわからず1000ペソを出したら言葉は分かりませんが おつりが無いと えらく怒られました 未だに全く分からないのが行き先で  一人で乗ったジプニーは私の結論として日本人は一人では乗っては いけないと言う結論です   騒音と絶え間無いクラクションの音で  まず吃驚です.マニラ ダイヤモンドホテルに無事到着 タクシーは ぼられもせず?? 良かった良かった チェックインも全く言葉が分から 無いが 私は客だから堂々としていれば何とか成ると最後まで 日本語 オンリーで押し通す.何とか無事チェックインも済み部屋に入ってまず  日本のツーリスト会社に直ぐ國際電話 何とか翌日のガイドの手配を して頂く フィリピンの1日目は 波瀾のスタートで始まりました.私が 始めに はまった食べ物が果物のマンゴーでした.   フィリピンには果物が多いが。もっともフィリピンらしい 果物というと,マンゴーとバナナとパイナップルの感じを受けます。何処の 国に行っても憲司はマーケットに出向き好きな食べ物をチョイスして  ホテルに持ち込み 至福の一時を過ごすのですが.日本で食べる マンゴーと全く違う熟れたマンゴの美味しさに2回もマーケットに行って しまいました.       フィリピンでタクシーで一番安全なのは  ホテルタクシーで割高ですが始めてのホテルタクシー45番の方に 言葉は通じませんが何となく.その後暫くは御世話に成りました. でもマーケットの奥には絶対に入らないドライバーですが.美味しい マンゴーの魅力に引かれて滞在中に何度かフルーツマーケット に通いつづけました.現在でも3泊4日のフライトで毎回フレッシュマンゴ  シェイクは20杯以上飲んでいる計算です.美味しいですよ.           マニラ始めての夜  する事も無く 言葉も全くわからないため何処にも行けずに ホテルの 前に広がっているマニラ湾の夕日が世界一綺麗だと聞いていましたので  ホテルから暫く歩いて 海の見える椰子の下で ぼんやりとそわりこんでの 夕日見物 寝不足と海から吹いてくる 潮風で ついうとうと寝こんでしまい  人の気配に起きましたら真っ黒になった子供が数人覗き込んで 不思議そうな 顔で見てます 日本人と分かり マネー マネー と寄ってきます 身振り 手振りでノーマネー??スナック フーヅ プレゼントOKと無いとも訳の 分からない言葉のやり取りが続く 子供達に手を引かれてついて行くと何とも 凄い 現地の人も入れないような すごい場所 板の上に何年前のものか 分からない菓子が並んでいる.オール スナック ハウマッチ??と 何とか並んでいる菓子を全部買い込み.たしか全部買っても380ペソ だったと記憶している 当時1ペソ3円70銭だから大した金額では 無かったが 子供達に分けて 地べたにそわって嬉しそうな顔で 食べているのを見ていると 次から次に子供が増えて 菓子が無くなり マーケットの奥まで入らないと菓子を買えなくなるほど 買い占めて しまいました.     夜になったら足に赤い発心が幾つも出来て  メチャクチャ痒い かゆい カユイ 血が出るまでかいても かゆみは 収まらない地獄の夜でした. 後から分かった事ですが 芝生の上で寝ていた 為に 毒を持つアリに刺されたためと分かりましたが 日本では考えられない 出来事でした.毒を持つアリの話は第二章に詳しく乗せるとして かゆみで 寝られない永いマニラの第1日目の夜を過ごしましたです.思い出しても カユイです      翌日尋ねてきたツーリストガイドに話したら  大目玉 責任取れないから絶対にマーケットには行かないで下さい フィリピンの 蚊も恐いし日本人で芝生に寝てしまうなど考えられないと念を押され 貴方は 今日の観光何処に行きたいですかと尋ねられ 前日から地図を何枚も買って  調べても何としても分からない私の行きたかった場所 どの地図を探しても決して 名前がのっていなかった場所 それでいて マラカニアン宮殿やリサール公園等の ガイドが連れて行く所より世界的に有名な場所 ほんの少し前までは 3000世 帯、2万1千人を超える人々が住んでいた場所.そして1995年11月27日フィ リピン政府は住んでいた住民の強制退去を命じた場所 幾ら探してもフィリピン の地図に載っていない有名な場所が        スモ−キイマウンテン (一年中休む事無くゴミが自然発火して煙を出している巨大なゴミの山)  ホテルのボーイに地図を広げて スモ−キイマウンテン と言っても地図の 見方が分からないのか 地方から働きに来ているので 自分達の国なのに 地理を知らない人が多いいのが フィリピンだと認識させられ何人かに聞いて  何とか探し出した場所が トンドと言う地名 ガイドに以前から行きたかった 「トンド」という地域に行きたいと申し出ると 何であんな所に行きたいのかと 怪訝そうな顔と,運転手も露骨に嫌な顔をする         地図で見るとトンドはマニラ湾の北にある。。 マニラからトラックで運ばれてくるゴミの中からビニール袋 ガラスビン、アルミ、 鉄などの換金可能なゴミを拾い、それをお金に換えて生活費としこのゴミを 拾って生活して居るのだ フィリピン政府はこのスモーキーマウンテンを 国家の恥部と認識して、ラモス政権はこの地域の再開発政策を積極的に進め、 1994年からゴミの廃棄禁止に踏み切ったと聞いている。また退去をめぐって 住民と激しい闘争を何度も繰り返し、   ついにスモーキーマウンテンの住民の強制退去を命じ。 スモーキーマウンテンを追われた住民たちは政府の用意した仮設住宅に 移り住んで 地域が綺麗に成ったと言っても30年に渡ってゴミを捨ててきた 訳だから その量は想像を絶する 湾に近づくと,道が埃っぽくなっていき。 道の両脇には,粗末な家,と言うよりは,小屋がひしめき合ってた。中が 丸見えと言ってもいい それらの小屋の周辺には たいてい小さな子どもたちが, 裸同然の姿で駆け回ったり,ふざけたりしている。      家の前は,生ゴミや汚水で黒ずんでいる。 綺麗に成ったと言っても 流れている川はもちろんどぶのような川で。水の流れが よどみすぎてヘドロの沼の要に感じる。車の窓を少しでも空けると 運転手が怒る  最もな事で凄い匂いが入ってくる臭いは何とも形容が出来ない匂いで。流石の 憲司も吐き気がして来るほど。 日本人なら絶対に手も入れないだろうし 川の 側にも近づかない 凄い匂いのそのどぶ川で 何と泳いでいる子どもが見える。      私自身の中で貧しさに対する同情を通り越して, 人間の逞しさに感動を覚え足元から震えが来て 思わず涙が出るのでは無いかと 思ったほどでした。人は極限の汚さや醜さに接した時も それを美しいと?感動 ずるのだと言う事を知らされた始めての経験だった ここでも子ども達が私を 見つけて集まってきた。もちろん私からお金をもらうためであるが。子供達の表情 は,その日のマニラの空の要に明るく素敵な笑顔に溢れていた あれほどのヘドロ のドブ泥の川に入って 体中に色が染まるかと思うほど凄い色の川に入っていても  綺麗に澄んだ彼らのキラキラ光る目に接した時に 私には何もして上げられない 無気力感に強く襲われ。彼らと過ごした何時間かの交流で 帰りの車のドライバー とホテルのドア−マンは私に染み付いた凄い匂いに 露骨に嫌な顔を見せていた     自分の何もして上げられない無力感の中で 願った事は,彼らの目の光が何時までも 消えない事を願いつつ  トンド(有名なスモ−キイ マウンテン)を後にした.マニラで知り合った始めての 友達 マリア とセビの素敵な友人二人にカップラーメンが欲しいと言われて  それも何故か日清のシーフードラーメンで次回の来比に御土産で持って来る 事を約束していた.赤じゅうたんとパトカー先導 政府高官との素敵なパーティの つもりが裏切られ 波瀾万丈のマニラ一人旅と成ってしまい.一人で飛びまわった 御かげで      素敵な友人マリア(8歳)セビ(5歳)の彼らと知合い  自分の住んでいる 美容の世界とか匠の世界なら学歴が無くても 家が貧しくても  世界に羽ばたいていける匠の世界には その夢の可能性が一片1%でもも残されて いるのではないか. 少なくとも世界標準語となりつつある英語が共通語として使え るは 東南アジアの中ではフィリピンだけで有る事も強みだなんて考え.方達に成っ た彼らに 日本の美容技術者にご協力頂いたら ィリピンのあの最高に汚いトンドで 最高に美しく素晴らしい美容ショウが 全く両極端の中で開催できないか              タイトルは     [子供達の目の光りが消えないうちに]  全く漠然とした そんな馬鹿な事を考えて居りました. 1週間後に Temis会員の村松 寺沢さんと 全く命の洗濯でマニラを訪れる事に 成っていた マリアとセビ二人とも待っていてくれ 飛びついてきて 直ぐに私の Tシャツは真っ黒に汚れる.フィリピンの女性はやきもち焼きと聞いているが  マリアが子供の中でも比較的大きいのでカップラーメン200個を配ってもらったが   他の女の子が私に近づく事を嫌がり暑いのにべったり私に貼りついている  村松さんと寺沢さんも 彼らと会うように お誘いしたが恐いからと断られ 夜一人での訪問となる遠くから私の姿を見つけて走ってくるが   二人とも叫んでいる言葉は絶対間違っているぞ〜 お前達     パパ  パパ  俺はお前達の パパじゃないって.    さて寺沢さん 村松さんとの珍道中は次回と致しまして          まずはお粗末    第1章マニラ始めての友人を終わりとさせて頂きます 以前の物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi ●予告●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 商売シリーズ73話 (番外編 フィリピン紀行 第二章) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●予告● _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp 商売・笑売・盛売 それとも少売シリーズについてのお問い合わせは、 Temisメーリングリストで、お願い致します。 参加方法は、http://www.hozen.com/temis_ant_off/ を参考にして下さい。 アリデラ.ネットワーク.テミス会 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/