□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ===== 商売.笑売.盛売.勝売.それとも少売シリーズ.=== 【商売シリーズ何時でも.新たなスタート】 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ GNO の中村憲司 商売人として 追い続けた30年 一話 商売人の 皆様は 自分の良い所を 一つ書きなさいと言われたら 何を書きますか??? もし自分が 何か 成功するかも知れないと思える 夢を 一つ書きなさいと 言われたら   何を書きますか?? 私は  先ず他人のアイデアに 否定的な 意見を言わない事を上げますし 仕事に対しては  どんな話でも.先ず自分に 置き換えて受け入れて考えると言う   商売人は 柔軟性が1番かと 自分では思っております    物事全て 辛い事や 困難に出会うと 誰でも  自分が 倒れない様に 支えようとして 力を入れて  体を固くして 頑張りますが  枝も硬く成り 力が加わると 枝が折れると思うのです 柔軟性の有る枝は  重みが加われば 枝はしなって 曲がりますから 途中で 折れる事が 少なく成りますし 折れなければ  次の新芽が 芽吹きますので 自分の 夢が 挫折する事無く ●30年間 思いい続けた 自分の夢は 次の世代に 引き継ぎが出来ると 思ってます  私が やって来た事は 他人から見たら 馬鹿かと思うほど   いや本当に  馬鹿だからこそ 頑固に 愚直に ミラクルフルーツに対して 30年近く経っても 一つの 夢を未だに 追い続ける事が出来たと思うのです      始めは 毛髪科学の分野から タンパク質の勉強が始まりました 勉強の過程で 横浜国立大の 栗原教授に出会いまして 教授が 研究中の 糖タンパクを紹介されました その糖タンパクは 味覚変換を起す タンパク質で  栗原教授が ミラクリンと言う 成分名を付けた    ミラクルフルーツと言う 果樹との出会いです ミラクルフルーツの木を 増やす事を 栗原教授から 依頼されましたが 預った木は枯れるし  育て方が 全く 分からないまま 8年が過ぎた頃 仲間の 奥野園芸の 奥野さんが ホームステイで預かった 子供が卒業して 帰国するのに 送って 行った先が フィリピンでした  フィリピン大学 農学教授の アンジェラAドミンゴ教授の 家でしたが  庭には ミラクルフルーツの木が 数本有ったのです   其処から ミラクルフルーツ ビジネスの 総てがスタート致しました ミラクルフルーツの 増植の為に必要な基本的な事柄は 年間平均気温 年間降水量 土壌 水質 人材 知識 そしてインフラ 適地を探して東南アジアの各国を回りました タイ マレーシア シンガポール 中国 韓国 ベトナム そしてフィリピンを回りました。 結局 ミラクルフルーツの育成に最適な土地は 最終的には  フィリピン ロスバニオスの フィリピン大学近郊の マウント マキリンの 山の裾野が 水の供給を 考えても一番の適地でした ミラクルフルーツに 出合って 最適地を探すまでに 10年が掛ってました マニラに通う 交通費から 宿泊費 食費や 現地での雑費 現地スタップの給料など マニラに行く為の 経費は ミラクルフルーツの 収穫が出来ませんので  10年以上  全く収入が無い為に 如何したら 収入が得られるのか ミラクルフルーツ  ビジネスを 維持する為に 何か 収入を得る ビジネスを起こして  収入を作らないと ミラクルフルーツの ビジネスが 維持が出来ないと 言う事で  悩み 苦しみ まして ミラクルフルーツビジネスを続けるために 何か 収入の 道が 無いのか を考えました 毎月の 海外出張が 10年近く続いてましたので ■海外に 出ていると言う事で ヒラメキが有ったのです 海外赴任して居る  企業戦士の 方達は 一体全体 何人居るのか フィリピン 中国 韓国 マレーシア シンガポール タイ ベトナム 等 等 何十万人という  沢山の方が 海外赴任して居ますし 年齢は若い方達が圧倒的に  多いと言う事です ■この事を ベースにして 私が ヒラメイた事は ●海外赴任して居る方が沢山居る事と ●年齢が若い方が多い事なんです ●結婚して居る方が多くて ●夫婦揃って両親が健在と言う事でした  こんな キーワードで ビジネス企画を 考え 組み立てました    それは ミラクルフルーツ ビジネスを 続ける為の 利益を得る 為の 企画でした     ●海外赴任者を 対象にした 母の日の  カーネーションを ビジネスにすると 決めて 企画を組みまして 海外赴任して居る 方達は 母の日に 日本に居ませんので  お母様に  感謝の気持ちを込めて 母の日に カーネーションを お届けすると言う 感謝と 愛を 込めた企画を 組みましたが フィリピン 中国 韓国 マレーシア シンガポール タイ ベトナム の各国に 赴任して居る 日系企業の 方達に チラシを お届け居するのに 如何したら良いのか この件は 東南アジア 全域に 支社を持って居て 日系企業に 出入りをして居る 会社との ビジネスドッキングを 考えまして  先ず 佐川急便のマニラ 支社長様と ゴルフに行き  私は ビジネスに 繋げるためにと マジで 真剣に回りましたので  パープレーに近い ワンオーバーと言う スコアーで 回りましたので  凄く お上手ですねと 尊敬されました 所で  ●本題の ビジネスの 話で 東南アジア各国に お金を掛けないで チラシを 配って頂けないか ●佐川急便の 東南アジア 各国の 海外責任者の 方達との 合同会議の席で  話を出して頂けないか ●注文受けた カーネの 配達は 無論 日本国内の 佐川様に 配達して頂くと 言う企画で合意して  日系企業の 海外赴任して居る 方達を 対象にした 母の日の カーネション ビジネスが  スタート致しましたが ●これが 海外赴任者には 初めての 企画の為に 当たりに当たって 途轍もない 数の 注文を 東南アジア全域から 発注頂きました ●母の日の  カーネーション ビジネスが 何しろ 当りまして 凄い事に成まして お花は 私の仲間の 生産者の 奥野園芸の 奥野さんに依頼して カーネを育てて 頂き 佐川急便様から 全国に配送いたしました そのお蔭で ミラクルフルーツの マニラでの育成を 続ける事が出来まして 現在は  27fの農地に 12万本と言う ミラクルの木が元気に育っております 母の日の カーネーションの 花ビジネスは その後 息子 元彦の 力で  カネコ種苗様との  ビジネスドッキングが出来て  現在の花ビジネスは 大手量販様にも カーネを 納品出来るまでに成りました 始めは 日本企業の 海外赴任して居る 企業戦士を相手にして ビジネスを 考えましたが ●海外で チラシを配った中に 伊藤忠商事の マニラ支社社長の 鈴木様が居たのです  私達  大手商社の 世界を相手にしている 商社マンを相手に  ビジネスをするのは どんな人なのか  お会いしたいと 言う事で お会いして  伊藤忠商事様の  南青山の本社での 講演をさせて頂き 現在まで 20年近くの  お付き合いを 続けてますが マニラに 通い始めて 現地で 知り合いに成り お世話になった方達は  伊藤忠商事様の 当時のフィリピン支社長 鈴木様や   佐川急便の 当時のマニラ支社長 松本様や  ゴルフを通じて 知り合った 一部上場されている 沢山の 海外赴任して居る  日本大手企業のビジネス戦士の方達や そして 今現在でも 一番お世話に成って居る マニラで出会った  安間様に支えられて 12万本の増植までに 成りましたが 又 10年の歳月が掛かり合計二十年の歳月を掛けて   2006年の一月から ミラクルフルーツの 販売を開始致しまして 現在では 30年と言う歳月が流れましたが その後の 商売人として 追い続けた 30年の 続きは 二話に続けます ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp