□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ===== 商売.笑売.盛売.勝売.それとも少売シリーズ.===  【 商売シリーズ 何時でも 新たなスタート 】 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ GNO の中村憲司 御彼岸に お墓参りをして 綺麗に お墓の掃除をすると   母や 師匠や 親分などの 亡くなった方達を 思い出しますが  母や 師匠や 親分から お聞きした話で 印象に残って居る 事柄や  アドバイスを 頂いた事など 五十年前から 言葉帳と言う  帳面に  書き残して有る 言葉を 読み返すと 何故か  母の言葉や 皆様に 教えて頂いた事柄等を思い出して しまいます 母が 生きている時には 全く感じなかったのに 変ですよね   自分が 嬉しかった時や 悲しかった時などに 突然 母や 師匠や 親分に に言われた 事を思い出し  励まされたり 叱られたり  誉められたりと  その時の 状況など 鮮明に 思い出すのですから 不思議ですね。         ■【上ばかりを見て生活するな】と母に何度も注意されました。 全てに対して  上ばかりを見て生活すれば 人を羨み 常に自分の 満足を知らずに一生 不満足の人生を送る事に なるから 注意しなさいね 常に 上を見て 不満足感を持つ生活を続けないでね 下を見て自分の幸せを感じて生活するか 下を見てと言う事は 人を 見下したり 人の不幸を探すのでは無くて 自分自身の 今置かれて居る 環境の 全てに感謝をする事を忘れるなと 言う事で 終戦直後に 私が 生れて三カ月の時に 父を亡くした母は  日本全国が 敗戦と言う 動乱期の中で 食べ物を 命懸に 獲得して   私を  何不住無く 育てて頂いた 母の人生観と教えでした. 母の教えの   下を見て 感謝と言う事は 人の不幸は自分の  幸せ的な考えには どうしても同調出来ずに何十年か過ぎましたが 妻の口癖を 聞いて居て 最近 考え方が少し変ってきました ●それは 妻の口癖の【50過ぎたらお返しの人生よ】でした 母の言う 下を見て感謝と 言うことは人と比較するのでは無くて 貧富と言う 物差しの上下でなく.全てに対してお返しをして行く 自分が 母から 教えて頂いた事を.次につなげて行く事が 母の言う 下を見て感謝と言う事では無いかと 自分が 足のアキレス腱を痛めて 動く事も まま成らなくなった時に  勉強して居て 思い出した母の事ですが 今後の世の中は 貧富の差が 益々付く 時代を迎える中で 妻の口癖の 50過ぎたら お返しの人生よ と言う事ですが 私は 50歳を 遥かに超えてますが  人にお返しが 出来るまでに 自分が成長して 居るのか 居ないのか アキレス腱を痛めて 二階の自分の 部屋から 仏間に 移ってから  よく分かった事は 妻の様に 無心の心で 物事に当たり  見返りなどは  全てに対して 全く求めて居ないで  ● 妻は  私や家族や 世の中に 感謝の気持ちで 接して お返しして居る 私が  00は 良い車乗ってるな〜  とか  ××は 凄い豪邸に住んでるよな〜 とか 人を羨む事を言うと 妻に何時も 言われる事は 貴方は幸せねと 言われます 乗ってる人には 車は見えないでしょ 住んでる人には家は見えませんよね 貴方は それが 見えるのだから 幸せなのよ と言われてもね 何か違うと 思っても  人の 幸せって 感じ方で変わりますので 私は駄目ですね まだまだ 人にお返しが出来ない 駄目な男ではと考えたら そうか 50過ぎたら お返しの 人生と言う事は 商売でも 人間関係でも 趣味のスポーツでも  たった  一つの小さな事柄でも忘れないで 人にお返しが出来る 器に自分が成ったら.商売人として 何か新しい道が開ける のではないかと 足を痛めてから 考える事が 多く成り 回りの事柄が良く見える様に成ったり 世の為 人の為に 成る 新商品企画が 次々に 湧いてきますが この話は 二話に続けます ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp