□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ===== 商売.笑売.盛売 勝売 それとも少売シリーズ === 【自分の歩いて来た 商売 千思万考】    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ GNO の 中村憲司です 先ずは2013年の  巳年を迎えて 商売シリーズ 千思万考 スタート致します 毎年年末には 毎年の事ですが 商売で書き記した ノートを 見ながら自分を見直して 今年一年 何を注意し 何を直し どんな企画に向かって 進むのか 一人考えるのが 経営者として 四十年以上続けて居る 年末年始の 自分の習慣で 今年は 何を目標として過ごすのか考えて居ます. 誰ですか  馬鹿な考え休むに似たり何て言ってるのは.でも合ってるかもね でも 多くの会社の社長は 正月の間も ボーとして 酒ばかり飲んで 正月休みを 過して居る方は少ないと思います 暮れから 正月に掛けて 今年の目標とか 如何したら会社の存続と 売り上げ確保が 出来るか 考えて居る社長と 全く 何も考えずに 正月休みを過した 社員とでは 新年の初顔合わせの時から 全く違う事は 当たり前ですし これが 逆で 社長が 何も考えないで 正月休みボケした顔で 初出勤する 会社なら 廃業か 倒産して 消えて行きますよね  私の反省は 今年を振り返り反省する事は 毎年の事ですが 人に厳しく. 自分に甘くなり.人の事は 何かと批判じみた事を偉そうに  言えますが. 何年経っても 自分の事に成ると 駄目で 自分に甘くなってしまってしまいます 今年は 人の事を言う前に.自分の事を真剣に考えて 直したいと思ってます      十年前の 商売シリーズで 書き記した事と 今年も全く同じ事を反省してます       十年前に書き記した 反省は ●今年は 人に胸を張って言えるような事を果たしてやっただろうか、 ●今年は 他人の為に誉めてもらえることをしているだろうか。 ●今年は 自分の夢を忘れていないか実行したか ●今年の 商売シリーズは皆様の迷惑に成っていないだろうか ●今年は 自分自身に恥じていることはないだろうか。 ●今年の 商売の目標と目的は達成に近づいているのか ●今年は ゴルフも少しは上手くなっただろうか ●今年は 人に迷惑を掛ける事をしなかっただろうか 出来ていなかった事柄を直す為には来年どうしたら良いか、 年末の今 思案六峰投げ首と 苦慮しています。 書き記したのは 2003年の事ですが 10年間 私は何をして居たのか 何も変わっては 居ない事が 恥かしい限りです 変われない私なら 今年は 何十年と 毎年 続けて居る事を 変えて見たら  自分も 変われるかも 知れないと 期待として 商売人の 多くは 初日の出を 気にする方が多いですが 私は 今年は 変えて 元旦は 夕日を見る事にしました 日の出は 今日一日 頑張るぞ と言う気にしますが 夕日は 今日一日の 反省を する様な 気がしたのです 反省失くして 発展は無い そんな思いで 赤城山の 関東平野が見渡せる場所まで 夕日を見に登りました 若い頃は 山岳部で 山の尾根で ビバークしますので  夏山 冬山を問わず 何回も 日の出の美しさは 見て居ます  中でも 雲海の中からの 日の出の荘厳さは 素晴らしく 何度も 経験してますし 夕日の 美しさも 日の出に 匹敵するくらいの 感動を受けると思います 我が町 前橋が 関東平野の 始まりに位置すると言う事が 一目でわかる 赤城山の 中腹から 見る 夕日は 凄いの一言です 天気が良いと 富士山まで 見えるのですが 夕日が 山並に 沈み始めると  自分を 中心として 墨絵で描いた様な 山並みが 長く 長く 続き  山並みの輪郭は  濃い明るいオレンジに 光輝き 裾野は 漆黒の闇ですが 空に向かって 徐々に 薄いオレンジに変わって行き 頭上は満天の星空で 月も綺麗に見えて居て 下を見ると 前橋の 街の明かりは 地上に降りた 星の様に 輝き    昼と夜 明と暗 善と悪 夢と無 希望と挫折 始まりと終わり 夕日が 山並の向こうに 沈んでいく のを見て居ると 一枚の絵の中に  昼と夜の 全てが 描かれている 絵を見て居る様な 感じを受ける 美しさの中に 色々考えさせられます   そんな夕陽を見ながら 新年を迎え 私の干支の 六回目の 龍年も 昨日で 無事に終わり  七回目の  龍年に向けて 新たな 十二年がスタート致しました 考えて見たら 七回目の 自分の干支である 龍年に向かって 新たなスタートですが 六十才で あの世から迎えが来たら 還暦 → 六十才  とんでもないと つっぱなせ 古稀 → 七十才  まだまだ早いと 追い返せ 喜寿 → 七十七才 せくな老楽はこれからだ 傘寿 → 八十才  なんの未だ未だ役に立つ 米寿 → 八十八才 もう少し米を食べてから 卒寿 → 九十才  年に卒業は無い筈だ 白寿 → 九十九才 百歳のお迎えが済むまで待て 茶寿 → 百八才  未だ未だ お茶が飲み足らん 皇寿 → 百十一才 そろそろ ゆずろうか日本を 私は 還暦や 古稀は お蔭様で 無事に通り過ぎ  四年後の  喜寿に向かって 今年も元気に スタートしましたが  豚で生きるなら  狼で死にたい と思う 私には 老後何て何時の事か そして 今年も 今まで以上に 元気に 頑張って  商売人 人生の道を 突き進んで行きたいと 思ってます 私が 生きて居ると感じる 時は何時なのか  元旦の 夕日を見ながら 自分が 生きて居る意義を考えて見ました 只息をして  心臓が動き  食事をして  大小便が 出て居る事が 生きて居ると言う事では無くて 生きて居ると言う 証と言うか 目的と言うか 意義と言うか   自分は GNOを常に心掛け 守って居るか 自分は 愛する家族を守って居るか 自分は 人に迷惑掛けて居ないか 自分は 夢を持って居るか チャレンジして居るか 自分は 世の為 人の為に役立つ事が出来ているか 自分は 商売人として 楽しく 仕事が出来て居るか 自分は 信頼出来る 素敵な仲間に囲まれて居るか 自分は 食事が 何でも美味しく食べられるか 自分は 快眠 快便 快食なのか 自分は ゴルフも出来て 挑戦して居るか 自分は 頭心目鼻足腰が まともに動いて居るか 自分は ボケないで 過ごせて居るか 新規は 商売企画が考えられ チャレンジして居るか 自分は 前にしか 進めないのに 後ろを 振り返って居ないか 自分は 幾つに成っても お洒落に気を使って居るか 自分は 流れて行く 時代に取り残されずに生きて居るか 自分は 何時までも 元気に仕事が出来て居るか 自分は 運転が出来て 何時でも 好きな所に行けるか   そんな自分で居られたら 次の十二年後の 龍年目指して 頑張れると思ってますし そんな自分で居られたら この世に 自分が 存在する 意義が 有ると 思ってます 新春を迎えて  暮れから 正月に 集中して 読んで居る本は 坂本龍馬に関する 本を 読んでます 私が 坂本龍馬の事で 何を 知りたいのかと言う事は   身分の低い  土佐藩の 脱藩藩士で 下級武士の 坂本龍馬が  何故  天下国家を動かす程の 人物に 成れたのか 知りたいのですが その話は 七回目の 巳年のスタート 二話 に続けます ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp