□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ===== 商売.笑売.盛売 勝売 それとも少売シリーズ ===   【商売を 笑売や 盛売 勝売 にするには】    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ GNO の 中村憲司です 沢山の方に 聞かれる事ですが テミス会の テミスとはどんな意味ですかと 言われますが テミスと言う名前は ギリシャ神話の 中に出てくる 女神の名前です  テミスと言う 女神に 会いたかったら 東京高等裁判所に行くと テミスの銅像に  会えますよ  弁護士の 胸に付けて居る バッチは 天秤が描かれている バッチですが その 天秤は 公平とか 平等を 表わしてます その天秤を持って 世の中を公平に  判断すると言う 女神が テミスと言う女神なんです  私は ギリシャ神話が好きで 何十回も 同じ本を 読み返してますが  ギリシャ神話に 出てくる 名前が好きで 商品のネーミングに 付けさせて頂いてます ギリシャ神話に  出てくる ギリシャ語の言葉で コイノニア と言う言葉が  ギリシャ神話に 良く出てくるのですが コイノニアとは 交わりとか 分かち合いとか 交友の精神 とか を表わす言葉が コイノニア と言います そして ディスカッション と言う言葉が ラテン語を 語源にして居る事を 知ってましたか そしてディスカッションとは 粉砕すると言う意味が有るのですが  ギリシャ流の会話は 基本的に相手の意見に  反論しないとか 話の腰を折らないとか  相手の話を良く聞く と言う 原則の中での ディスカッションですから ギリシャ流の 話には コイノニアの精神が原則的に 有るので 相手とは 対立する 議論に成らないのが ギリシャ流の 会話と 神話には書いて有りました 私の 話し方は 自分が 全く意識を して居ないのですが  コイノニアの精神とは 全く反対の話し方をするらしく 相手の喉元に 両刃の抜身の剣を  付き付けて 話をすると 読売の 前田さんに 言われた事が 有りますが 三つ子の魂 百までもと 言う事で  今でも 中々 治らずに 仲間の方に 中村さんの話し方は 勝負の会話に  成って居ると指摘されて 反省してます   反省して 又ギリシャ神話の本を 引っ張り出して コイノニアの言葉を 今一度 読み返してます  古代ギリシャで 有名なのは ソクラテスですが  ソクラテスの哲学入門とか 哲学の教えなどは 私には 難解すぎて 読んでも 意味を理解する所までには至りませんでした 哲学とかの 言い回しは 日本の 禅問答 見たいで 私には 苦手な分野ですが 物を大切にするとか 人を 大切にするとかと言う点では 哲学も 禅の精神も似て居ます 静岡県に有る 臨済宗(リンザイシュウ)の 采流寺(サイリュウジ) と言う お寺に  鎌倉の 円覚寺の住職と一緒に 座禅会の参加で お邪魔した時に 臨済宗の 采流寺と 言う 寺の名前の由来を 説法の中で お聞きしたのですが  一枚の葉っぱを大切に頂く  と言う 禅の教えの中から 付けた名前で 禅僧の 鉄舟禅僧は 修業の場合の 食事は  朝はお粥と梅干 昼は麦飯と一汁一菜 夜は昼の残りの雑炊と 決まって居て 弟子には 肉も食べなければ 体が持たないと 修業が開けた時に  肉を今の すき焼き風にして 食べた時に 鉄舟禅僧は 肉を一切食べずに 野菜ばかり 食べて居たので 弟子が 命が有るから 肉は食べないので有れば 野菜にも命が有りますが  如何にと 問いましたら その通りだ 野菜にも命が有るから   大根は切ると  ギューと悲しい音を出すし 白菜を切れば  ざくっと言う 鳴き声を上げる 何も食べなければ 人は死ぬので 命を頂くのだから 一枚の 葉っぱも 無駄にするなと 言う教えで 葉っぱを川で洗って居る時に 一敗の葉っぱが 流されて行くのを 鉄舟禅僧は 追いかけて  拾う為に 一理 以上 下流まで 追いかけて 拾ったそうで それを 由来として 静岡県に有る 臨済宗 采流寺 と言う 寺の名前に 成ったと 座禅会に 参加した時に お聞きしたのです 哲学の話と 禅僧の話は 何か 似て居ると 思うのですが 皆さんは 如何思いますか 。。。。。。。。。。。。。。説破 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp