□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ===== 商売.笑売.盛売。それとも少売シリーズ ===   【商売を 笑売や 盛売にするには】    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ 今日は 15日です 毎月  15日は 神棚の 大掃除と 榊を取り換える日だから 忙しいの  何て  妻が 独り言を 言いながら 早朝から 忙しそうに 動いてます 今日は 何故か 朝食が スキ焼なんです 昨日の鍋物の出汁に ネギと 焼き豆腐と シラタキと 上州牛の すき焼き用の霜降りの肉を加えて煮込んでます 完全に スキ焼です では無くて スキ煮ですが 溶き卵で 朝から 熱々の スキ煮食べて 大満足 神棚の掃除や 仏壇の 御先祖を 大切にしている 妻を見る度に 鳶(とび)職という 家に 生まれ育ったとは 言え  日本の  風習や 仕来り 義理人情を 大切にしている 妻を 見て居ると 回りの 人の事を 我が事の様に 心底 心配して居る姿は 本当に 我が妻ながら 感心します 自分の  悩みや  苦しみを  薄めてくれる 人は 世の中には 中々居ませんが 相手の  悩みや  苦しみを  少しでも 薄めてあげたいと思う人は 沢山居ますよね 妻や 前田の親分を見て居て感じる事は  何の見返りも 求めて居ない事に 感心しますが 人を幸せにして  親切にすれば 自分の 幸せに 通じる何て事は  最近は 無いと思ってます  何故なら  助けられた多くの人達が 親分の事を 忘れて 居るからです 人は 人生で 二度死ぬと 昔から 言われてますよね 一度目の死は  肉体が 死んだ時 二度目の死は 回りの人達が その人の事を 忘れた時と言われてます あれ程 お世話に成った 親分なのに  親分が生きてる時は  あれ程 ペコペコして 通って居たのに 三回忌には 大部分の 子分は 離れてましたし 七回忌の 時は ほんの数名しか 集まりませんでした あれ程 多くの方が お世話に成ったのに   祥月命日 なのに 墓参りにも行かずに 自宅の 仏壇に 花の一本 も手向ける人が居ないと言う事は 自分の記憶から  親分の事は 消し去って居ると 言う事に成りますよね 私は  そんな 義理人情を 忘れた方達が 許せないのです  上州の 人間ですから  仁義  を大切にします 仁義とは 人の踏み行うべき道  義理、人情 の意味です それを忘れた  子分達は 仁義に 外れて 人の踏み行うべき道から 外れて居ると 言う事で 許せないのです 嫌われ者の ヤクザ にも 二通り居て 仁侠道 の 弱きを助け 強きを挫くと言う 任侠道と 暴力団 の 弱きを苦しめ一般市民に危害を加える暴力団 人から 受けた 恩を 忘れる奴は 心が暴力団と同じと思ってます 仁義をきると言う事は  昔の渡世人の世界には 七仁義 と言う仁義が有りまして ■伝達の仁義 ■大道の仁義 ■初対面の仁義 ■一宿一飯の仁義 ■楽旅の仁義 ■急ぎ旅の仁義 ■伊達別の仁義 と有ります ヤクザ映画で 旅のヤクザが玄関口で 笠を左脇にかかえ  右手を拳にして 玄関の敷居につき、腰をかがめて仁義をきる画面は 見た事が 有ると思いますが もし 私が 仁義をきる としたら  ■手前 いたって不調法 あげますことは 前後間違いましたら ご免 お許しを 蒙ります 手前 生国と発しまするは 上州の国は 赤城山の裾野  前橋にござんす 手前 縁もちまして親分と発しまするは 前田一家 前田光男の 若い者でござんす 姓名の儀 声高に発しまするは 失礼さんにござんすが 姓は 中村  名は 憲司と申す しがない かけだしもんに ござんす 行く末 お見知りおかれまして 万端お取り立ての程 宜しく 御頼み申し上げます こんな感じに  成ると 思いますが  大島組長 間違って無いでしょうか  不調法  無作法 御座いましたら お許し下さい 大船の 松竹撮影所で やくざ映画や 渥美清の 寅さんシリーズ 撮影に 何回か  修行時代に立ち会いました 的屋稼業の寅さんが切る 仁義は ヤクザと違い ■私生まれも育ちも葛飾柴又です     帝釈天で産湯をつかいました 根っからの江戸っ子     姓は車 名は寅次郎、 人呼んでフーテンの寅と発します と 仁義をきる 場面を 撮影所で 何度も見てました 義理人情を 外した 子分達は 親分の事を忘れた子分達は 二度目の  親分の 死を 迎えた訳で その方達の   心の中で 忘れられた 親分は 二度目の 葬式を出しましたが 親分なら  笑って 良いよ 良いよ そんな事 と 言うと思いますが 子分の  私は そんな心境には成れません  世話に  成った事を 忘れ去るとは 何とも腹立たしく 子分の 一人として 不義理な奴と 頭に来ます 親分を忘れない  私の 心の中では 親分は 凄く元気で 生きてます  親分を 二度も 死なせた 方達は あれ程お世話に成ったのに 何とも  私には 納得出来ませんし  そんな人も 居るよと 仲間の中には 冷めた事 言う人も  居ますが。。。私は 何としても納得出来ません  人は 先祖を 忘れない為に 盆暮れの 墓参りをします その方達を 忘れないようにと 会った事の無い 先祖にも 手を合わせて  忘れて 居ないよと お参りするのです 仏壇には 過去帳 か 過去碑が 有るのは 自分のルーツである 御先祖様を 忘れない為に 有るのです 神様が居る 神社には 願い事をしますが  先祖が眠る お寺さんは 報告だけで 願い事は しないのです 母も 親分も 忘れ無い 私の心の中では 未だ生きて 居るのです 前田の親分は 人に親切にしても 相手からの見返り何て 全く考えても 居ない人でしたし 妻と同じで 人の喜びが 自分の 喜びと 心底思える人でした そんな 親分見たいな 生き方が 出来たら 嬉しいと思いますが 今の  私では 親分の 足元にも 及ばないと思ってます 改めて  前田の親分が 直筆で書いた 家訓を 焼き付けた 世の中に 伍つだけ 有る 壺の一つを 見ています 人の御世話に成らぬ様    人の御世話をする様         そして報いを求めぬ様 良い家訓と 思いますし   良い親分に出会えた 私は幸せ者です でも 世話に成った 親分を 忘れ 仁義 を外した 子分達は  どうしても 許せませんね 毎月  15日に 神棚の掃除と 榊の取り換えで 忙しく 動いている 妻を見て居て 感じた事です ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp