□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 【私の 回 顧 録】    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□         【私の 回顧録 103話】 ■フィリピン大学 農学教授のDomingoさんに ミラクルフルーツを紹介頂く為に 奧野さんとフィリピンに出向く マニラから約2時間の フィリピン大学の近くに住んで居る Domingoさんの家に着いたのは 大学の授業が 終わる後が良いと言う事で 午後6時を回っていた 奥さんが 中国系のフィリピン人の為に 中華料理に近い食事の 接待を受けたが どれを食べても大変に美味しく Domingo教授の 子供を一年間ホームステイで預かっていた 奧野さんの御かげで 和気藹々の内に 快くミラクルフルーツの増殖に協力いただく事と成った 通訳は 國際通訳のバージーさんを頼んで間違いの無いようにと 万全を期したのが良かったのか 意思の疎通も完璧で 何しろハッピーなんですが 私がパニックに成ったのは フィリピンのトイレでした 私お腹が 少し 下って居て お腹の調子が悪かったので Domingo教授の家に付いて 食事の前に トイレをお借りしましたが  悲劇か  喜劇か 分かりませんが 始めての体験をしました トイレに入り 下ったお腹もすっきりとしましたが 終わって  見回しても何処にも トイレットペパーが無いのです 有るのは バケツに 水が張られて居て 柄杓が付いてる物しか 見回して 無いのです 如何したら良いのか分からずに 暫くは  途方に暮れて 考え込みましたが 待って居ても トイレット ぺーパーが見つかる訳も無く 仕方が無いので 柄杓で水を汲んで お尻に流すのですが やった事が無いので 中々 上手く行きません 手に便は付くし ズボンは 濡れるし 食事の時間で  皆は待ってるし 大変な事に成ってます 悪戦苦闘の後  部屋に戻った時は スポンの半分は ビショビショに成り 凄い恰好でした 席に着いて 目の前に フィリピン料理の カリーカリーがよそって有りますが  カリーカリーとは  全くカレーとは別物ですが 色は正にカレーの色です 今トイレで 悪戦苦闘した 便に 色がそっくりで 下ってますから形まで  似て居る 流石の私も スプーンで口に運ぶと  手を洗ったのに ほのかに匂うし カリーカリーの 色と形はそっくりだし 食べられませんでした そんな中でも 頭の中で考えて居た事は 世界中で本格育成していない  ミラクルフルーツがフィリピンで育成出来たら 世界を相手に オンリーワン商品として勝負が出来ると考えて 道を付けて頂いた奧野さんに深く感謝です.         フィリピン佐川急便の支社長でした松本さんとの出会いは Domingo教授から. ミラクルフルーツを紹介頂き フィリピでの 増殖と育成の文献も無い特殊な植物の為に 日本に持ちかえっての 研究用にと簡単に送れると思っておりましたら 植物検疫と言う 厄介な問題にぶつかり.どうしよう。私共環境保全協会の薬剤を 運んでいる佐川急便のドライバーの小林君に相談した結果. 佐川の 国際部が有りますから.御相談下さいと言われ。国際部との相談の 結果フィリピン佐川急便の.松本さんをご紹介頂いた 松本さんと 知合った結果.日本に送るための手続きもさる事ながら 送る物の 内容掌握等を松本さんは確り理解して。一番ベストな 方法の適切なアドバイスを頂き. 奧野さん 中村さんがフィリピンでこの植物の育成と増殖を為さる場合 多くの日本人が騙され ビジネスで失敗して居るのを見ている松本さんは 奧野さんや私が失敗の無い様にと フィリピンに御住まいの多くの方をご紹介頂き 一気に ミラクルフルーツの育成が身近なものと成って行った その後. 仕事を離れても松本さんとは親しく御付き合いが続き 佐川急便の松本さんに 出会た事が私にとって大変にハッピーな事でした 松本さん 流石です 早稲田の法科卒は伊達じゃないです その後暫くして奧野さんと私が  マニラ佐川急便の 経理を担当して居る梅沢さん 佐川急便の松本さんと 時間が空いた時にマニラで ゴルフに誘われ シーサイドの白い砂と. ダイナミックな海超えの豪快なテイショット 椰子が生い茂っている 何とも南国の楽しいゴルフ場で.ゴルフをしましたが 佐川急便の お二人ともゴルフは始めたばかりで現在発展途上国かも 特に 経理の梅沢さんは酷かった 少し いや可也変わった方で 私の一打に届くのに  五打近く打って居て バンカーに入ると 出て来るのに ほふく前進と言って バンカーの中を はってるし ラフに打ち込むと 手前から 真っ赤な顔おして 草刈が始まるし 終わってから食事に行くと お子様ランチを頼んで 食べてるし  私に ナイフを持たせて戦ったら 強いですから止めて下さい 頼まれても ナイフ持って戦う事は 此方から断りますし 先ず有得ない 事なのに 真剣な顔おして 私自衛隊の 特殊空挺部隊に居ましたから ナイフ持たせたら 凄いです と言われてもね ナイフ持って 戦う事は無いし 何しろ変わった方でした 日本人会の有名人 大澤さんとの出会いミラクルフルーツの育成と増殖が失敗し無い様にと 佐川の松本さんに 紹介され現地に住んでいる.日本の方の中に大澤一郎さんが 居ました。 日本の実家が 何と群馬県それも群馬町と私の住まいから.車で30分も 離れていない何と言うラッキー. なんと言う私の悪運の強さ。 大澤一郎さんの 御父さんは.フィリピン日本人社会の中では大御所で 御名前が 大沢 清さんと言って フィリピンに 関わりを持つ日本人なら. 誰一人として知らない人は居ないと言う凄い方でしたが その話は 次に続けます ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/お Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp