□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 【私の 回 顧 録】    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ 私の葬式に 使いたいと仲間からのリクエストで回顧録 書き始めました           【私の 回顧録 55話】 ■ 助けて頂いた 白紙小切手 美容室が  隣の貰い火から類焼して 一年で6000万円と言う 負債を出しました 三十年以前の 6000万円の赤字は  小さな 商売の美容室に取っては命取りで 店を一軒 隣からのもらい火で 50坪の 総ガラス張りの 店舗焼失致しました  それも半年前に  無理して 銀行借入金で 改装した店が目の前で燃えていく. 火災による損金は改装借入金も含めて 約6000万円になりましたし 近くに出した仮営業所の 売り上げは.がた落ちで毎月100万円からの 赤字が続いておりました  当時三店舗のスタッフの合計は47名を抱え   火災に有った店舗のスタッフは15名居ましたが 誰一人辞めさせる事無く頑張っておりました 恥ずかしい話  我が屋はマジでその日の食事に困った時期でした  それでも 給料の遅配は一度も有りませんでしたが  資金は 完全に底を尽き このままでは倒産と言う所まで  追い込まれて居りました 読売の 前田の親分の前で このままでは倒産するかも知れないと  弱気な話した数日後に  親分が 珍しく 訪ねて来ました  そして これ。。。。。。。と言って封筒を置いて 直ぐにお帰りに成り 封筒の中に入って居たのが   何と。。。。白紙小切手なんです. 私が 初めて親分の前で漏らした 弱気な言葉 もしかしたら 佳世美容室は潰れるかも知れません 赤字が続いても どれ程苦しくとも 只一人の従業員も首にしないで 頑張りましたが どうにも 生らない所まで追い込まれましたと 数日前に 話したら  何も言わずに。。。。。。手渡された 白紙小切手 足の下から ぶるぶる震えが登って来ます   何か分からないが   暫く 経験した事の無い 震えが止まりませんでした 白紙小切手。。。。。。。。白紙小切手ですよ 金力や 権力で人を従わせるので無く 自然体で 無理をしない生き方 初めて 合気道の師範と向き合ったとき 小さな体からは とても信じられない空気や水と戦っている様な 表現出来ない自然体の 合気道の師範と戦った時 気が付いたら 空中に投げられていたのと何か同じような感じられた 親分との 初めての出会い 一見無防備で 隙だらけなのに何処からも入り込めない 今迄私が 会った事のない 戦った事のない 感覚 白紙小切手を 頂いた時に 分かりました  始めて 親分に会った時に感じた 事がこれだったのかと  人間の 枠の大きさ 桁外れの 優しさ  そして 震えが止まらなかったのは 倒産寸前の 私を信頼して   切って頂いた。。白紙小切手の重さ 10憶と書きこみ 裏の世界で割って  逃げる事も出来る白紙小切手 見方を変えたら 前田家全財産を掛けて 支援をして頂いた事になり そこまで 人を信じられることに  圧倒され  足もとから震えが 湧きあがり  震えが 止まらなかったのだと今は思います 火災で 6000万円の赤字を出し  その後も 毎月100万からの赤字が 続いて居ると  話して居るのに 通常なら  倒産寸前の私を 誰も相手にしないし  勿論 何度も通った銀行が 貸す筈も有りません そんな 最悪 最低に落ち込んで居る 私に  何も言わないで 渡されたのが。。。。。 白紙小切手ですから 足元から 感動となって沸き上がってくる感情を抑える事が出ずに 震えが どうしても止まらなかったことが今でも鮮明に思い出せる 親分の 白紙小切手に金額を書きいれたら 私は 一生自分自身に負けるような気がして 白紙小切手を  神棚に上げて 毎日 拝んで 頑張りました 従業員の前でも 世間に向かっても大丈夫だぞ 私は死なないぞ 倒産すると 業界でも言われて居た  佳世美容室は 不滅だと 親分の心意気には心意気で返すと 私が それまで生きて来た中で 最大の試練を回避する為に 私が現金を生み出せる道は メーカーの講師で稼ぎ出す事が一番と   ●新橋の十仁病院の特別講師 ●US レッドケン社 講師 ●香栄科学 技術開発部長講師 この 三社の 講習を 掛け持ちで働きましたし  講習活動で 稼ぎに 稼いで 一年の内 二百日以上 ホテル住まいで 頑張りました 何しろ 無茶苦茶に頑張り三年間で なんとか目処が立ち  その後も メーカーの 講師活動を続けて 何とか火災の借金は 返済でき  白紙小切手は 金額を書き込む事も無く 前田さんに 御返し出た事は  私に取っては 奇跡見たいな事と今でも思ってます 何十年も経った 現在でも お守りとして  私の心の中に  いまだに 白紙小切手は残っています いつの日にか 私も前田の親分みたいな 人に生りたいと 親分の家訓を心の中で頂戴して 未だに 親分の足元にも追いつけない自分がはがゆいです     前田家 家訓 人のお世話にならぬよう     人のお世話をするように          そして報いを求めぬよう 前田さんの 生き方に少しでも近づきたくて その後の 私の生き方も大きく変化していった 私が 生涯の親分としてついて行けるのはこの人と決めた事は 間違っては 居なかったと 今現在も 確信して居ます  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp