□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 【私の 回 顧 録】    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ 私の葬式に 使いたいと仲間からのリクエストで回顧録 書き始めました         【私の 回顧録 50話】 ■生涯の 親分 前田光夫さんとの出会 佳世美容室のお客様の中に 松浦酒店の奥さんが来て居て 何かに付けて 松浦さんの家に 遊びに行って居たが 酒屋の 親父 松浦さんが当時 はまって居たのが 八ミリ同好会に  入って居て 見せて頂いたのが 土と炎の芸術 と言う八ミリで 内容は 群馬県の 月夜野 に有る  月夜野焼の工房で  土を煉る所から  ロクロを回して形にして 癒薬をかけて  窯入れをして  1800度と言う 炎から 生まれる 焼き物の美しさ 月夜野焼の 代表作品は 辰砂(しんしゃ) と言う ルビー色の素晴らしい 焼き物の 陶磁器  福田悠太郎さんが  月夜野で 見つけた 土を使い 窯を 月夜野に作り 焼き始めたと 聞いてます 辰砂(しんしゃ)は 癒薬の掛け方と  温度と  炎の 当たり方で 仕上がりが変わる 辰砂(しんしゃ) と言う  ルビー色が綺麗に出て 納得出来るものは 何万個に  一個 位で 福田悠太郎さんの  代表的な 辰砂(しんしゃの壷は 一つが 確か 四千万円の値が 付いて居て 並んでました 台湾の 故宮博物館に 有る 同じような 辰砂(しんしゃ)の壷は 買ったら 何億円の 価値が 有ると 聞いてます 素晴らしい物で 八ミリを 見終わり 話して行く中で この 八ミリ同好会は 前田光男さんと言う人が 中心で動いているが 何しろ  凄い人と 何度 同じ話を聞いたか分からないほど 前田光男さんは 凄い人と 繰り返してます 松浦酒店の 松浦 登 さんが 中村さん 前田の親分が 主宰して居る 読売ファミリーサークル に入りませんか と言うお誘いだが 親分に 会う前に 審査が 有ると言うのです 人に会うのに  審査が居る なんじゃそれ と言う感じですが 審査をするのが 読売ファミリーサークル 事務局長の 小曽根 卓さんで この時から 現在に至るまで 小曽根さんとの 付き合いは 続いてます 小曽根さんに 始めて 会った時の 事は 良く覚えてます ジーンズの バイザーに 細いストレートのジーパン履いて 始めての 印象は 雑誌の編集者と言う感じの人でした  小曽根さんの 審査を 通ったら前田さんに 合わせますと言う  何とも面倒か事ですが  当時の 私は やる事なすこと当たりに当っていた時期で 私は 世の中に恐いものなど無いような 天狗になって 居た 時代で 前田さんは 凄い 凄いと 松浦さんは言うけど  どれ程 凄い人なのか 会ってやろうじゃ無いのと  粋がって居た時代 前田さんに お会いして 初めに 感じた事は  大きくて 全く服装には構わない 何処にでも 居る人と 言う感じが 第一印象 話して行く中で 金力や権力で 人を従わせるので無く 自然体で 無理をしないで生きている素晴らしい生き方 の前田光男さん 私が 松竹撮影所で 初めて合気道の師範と 向き合った 時と一緒で 師範の 小さな体からはとても信じられない 空気や 水と戦っている様な表現出来ない自然体の師範 気が付いたら 空中に投げられていたのと何か同じような感じが 前田さんから感じられ 一見無防備で隙だらけなのに 何処からも入り込めない 今迄 私が 会った事のない 戦った事のない 不思議な オーラを 出して居た 前田光男 さんとの出会いは 此処から始まり 私が生涯親分としてついて行ける人との出会いが始まった 人のお世話にならぬ様 人のお世話をするように そして報いを求めぬよう 親分の家に行くとこの言葉がいやでも目に入る その話は 次に続けます ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/お Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■