□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■  【私の 回 顧 録】    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ 私の葬式に 使いたいと仲間からのリクエストで回顧録 書き始めました         【私の 回顧録 22話】 ■ 本格的美容師時代の幕開け 師匠から離れて 前橋に帰ってからは 松竹撮影所に 居た時は女優さんの要求する髪は 何しろ 自分が 如何に 銀幕で 美しく 目立つ様にしてねと言う 要求だけでしたし 女優さんの髪は 監督と相談の上 時代考証に即した 撮影の為に  女優さんに合わせて 結い上げる 髪てすから 自分成りの感性を 受け入れてくれる  人達でしたし  ファッションショウの モデルさんのヘアーを担当してましたが 全く同じで 扇風機で 強い風に吹かれても 元に戻ると言う髪を要求されたり 昔ながらの コテを使った時代劇に使う日本髪と言う 何とも 両極端の世界にいた私は前橋に帰っても仕事が出来ず に居ました 仕事が 出来ない理由は 私の感性を買って頂けないのです 私が 担当したお客様は私が良いと思えば思う ヘアーを提供しても 全く 受け入れてもらえない時代が続きました 時代と 私の感性が全く異なり 大仏さんの様に 強くチリチリに 縮れた髪を 私は美しいとは感じなかったのです でも その時代は 強くチリチリに縮れた髪を 如何に長く その 縮れた髪がもつのかが上手い美容師さんと言う 何とも 私には受け入れられない 美の感性 その ジレンマがその後の私の美容人生を大きく変えて行きました 私の発想は 単純で明解で 最終的な美しいスタイルを 初めから作れば 良いと言う単純な考えて 縮らせて 又伸ばしてスタイルを作る必要はないと思ってました シャンプーをして 手櫛で整えたらスタイルに成る  最初から その方に似合うスタイルに 作り上げる  洗い放しで 形になるスタイルが良いに決まっていると思ってましたし 私の 感性と発想は10年先を走っていたと今は思います 美容界全体が 先輩の模倣から始まって居ます 匠の世界は全て一緒と 思いますが 先輩や 師匠の技術の模倣 何事に付けても自分を出す事が少なく 何とも 無気力な 発想力に乏しい業界の人達なのかと 美容界にがっかりして居たし そんな人達と 私も同じように自分が見えるのかと思うと 変な苛立ちを覚えるのです 日本電気時代 労働組合で団旗を持って国会議事堂に押しかけた 国を思い 機動隊とぶつかり 殴り合った全学連の仲間たちが懐かしく スキー 空手 合気道 登山 ダイビング 全てに対して命を燃やして立ち向かうと言う感覚を持って 居たのに 今の自分の 何と小さい事か 悶々として 悩んで居たが 合いも変わらず 自分の 主義主張を変えづに ゆるくパーマを掛け洗いっぱなしの 髪を目指して作り続けた 後で 分かった事だが100人の内80人が私の仕事で 満足せずに 掛け直しにみえ 残りの20人は再来店しなく成り  結局 私の技術は 100%の失敗と言う結果ですが 何しろ 当時のパーマはチリチリに掛けた頭に手ぬぐいを載せて 何時までも落ちないそれが良いパーマであり 上手い 美容師さんと言われた時代ですから私の主張は通るはずも無い 苦しみの中 大きな曲がり角の 出会いに成った 或る講習会に出かけていって  雷に打たれたような 経営コンサルタントに出会った 安部伸久と言う  衝撃の 経営コンサルタントの出会いは 次に続けます ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp