□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ===== 商売.笑売.盛売。それとも少売シリーズ ===  【商売を 笑売や 盛売にするには】    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ グループ リーダーが 藤本敏夫さんの送った 建白書 途中で切れましたので 続けて ーーーー 藤本敏夫さんの送った 建白書ーーーーーーーーーー . 農林水産大臣に送った 建白書(抜粋)して見ますと     ■ 時代と国民が期待する農林水産省の役割■ 農林水産省および 農林水産大臣が 国民に正面から 語らねばならぬことを不遜ながら短くまとめれば、 以下のように言えるのではないでしょうか。 健康と 環境を保全する 持続と循環の仕組みを持った農業と地域社会を 創り上げ、 公開と公正に基づく 国民的合意の中で、日本及日本人の 時給と自立を達成すること さらにもう少し 具体的に私見を色濃く交えて提案させていただければ つぎのように言えるでしょう。 プロの農家の「エコファーマー」としての再構成と 国民・市民の 「ウェルネスファーマー」としての登場を通じて、 21世紀型地域社会「持続循環型田園都市」と 21世紀型生活スタイル「里山往還型半農生活」を創造すること」 「農業」を中核に据えた日本の地域社会づくりと 「農的生活」を ベースにした、日本人の生活設計が 農林水産省の目指すべき 目的・目標だといえましょう。 今こそ 21世紀の希望を行政目標として、そして個別政策として語ることが 必要なのだと確信するものです。    健康・教育・環境・レジャーに対応する農業の多様な価値を担う 「ウェルネスファーマー」 「ウェルネスファーマー」と いう言葉は、農民でなかった人が新規に就職したり、 他に 定職を持ちながら 農業にも携わる兼業農家を目的に志したり、 まったく 趣味として農的生活を楽しむ人を目指してつくられた造語です。 専業農家の 急速な減少と高齢化により担い手を失いつつある日本農業にとって、 就農希望者を 広くリクルートする環境整備はとても大切です。 そのためには 一直線に生産農家となるための手立て、 方法の国民的な提示も必要ですが、 「自然に親しみたい」 「農作業を楽しみたい」という農的生活への興味と関心を 多種多様に汲み上げ プロ農家を 支える広い裾野をつくることも考えねばなりません。 「ウェルネスファーマー」は 子どもたちの生命教育、家族の健康など生活者の直面する問題解決の ために国民生活の中に農的世界を導入して、 「健康」と 「環境」を保全するライフスタイルであるといえます。 したがって 農林水産省としては、 日本国民全員が何らかのかたちで 「ウェルネスファーマー」と なるように提唱してゆかなければなりません。 国民的規模での 「ワークシェアリング」に貢献する「ウェルネスファーマー」   21世紀の 希望を語る世論形成の土俵づくりを、 農林水産省が 「正面きって」提案することが時代そのものから 要請されています。   農林水産省の 「正面きっての提案」の一つは 現在、 合理化・リストラの大波を受ける労働界で論議されている 「ワークシェアリング」に 対する受け皿としての「ウェルネスファーマー」の役割です。 趣味の園芸から プロの農家までの幅で国民・市民と農業との関係を 取り結ぶ機会を提供する 「ウェルネスファーマー」を 「もうひとつの労働」「もうひとつの社会参加」と位置づければ、 会社を 離れざるを得ない立場の社員との協力関係を組織的に明確にした 「ワークシェア」としての 「ウェルネスファーマー」を具体的に構想することができます。 5名から10名の 「ウェルネスファーマー」のチームが 里山 里地に定住・半定住・往還(言ったり来たり)し、 地元生産農家の指導を得て、 元同僚の 社員がサポーターとして購入する。 そのような 小さな動きでも日本国民のある程度の人々が参画すれば 「生活農業化運動」 「国民皆農運動」となって、21世紀ライフスタイルをつくり出すに違いありません。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 現在は  21世紀に入り 八年が過ぎましたが  五十年前に 藤本さんが 厚生大臣に 送った 建白書 読めば 読むほど 考えさせられます もし この建白書を読み流さないで  10回 続けて  当時の農水省の役人や農林水産大臣が 読み返して頂いたら 今の日本の農業は変わったかも知れません   皆様は 藤本敏夫さんの 建白書 お読みに成って どう感じましたか 私が 熱く燃えて 燃え尽きて居た 青春時代  目の上の  骨を 警棒で割られた 60年安保闘争  純粋に 日本の将来を考えて 権力と 戦って居た青春時代 藤本敏夫さんの 建白書は 正に 今の時代を 見据えて居て  素晴らしいと思いますし 私が 藤本敏夫さんの 原稿を 皆様に紹介出来る事が  何と言っても 私には 光栄ですし 嬉しく 最高に 幸せな事です 長く成りますので 次回は 藤本敏夫さんの 実践した 千葉の鴨川に作った 自然王国の 事を 書きたいと思います ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 藤田敏夫さんの簡単な プロフィールは 1944年1月23日 敏夫、兵庫県甲子園に生まれまして 新聞記者を志して、同志社大学で新聞学を専攻して入学し その後 京都府学連書記長に選ばれ       1967年の羽田闘争を機に上京して      明治大学を拠点に活動はじめて 1968年7月 三派全学連委員長となりまして 国際反戦デーで逮捕され、69年6月まで 拘留 1969年7月、内ゲバ激化に反論して、学生運動から離脱。 1970年 日本キューバ文化交流研究所事務局長に就任 1972年4月21日 学生運動関連で実刑判決を受け下獄 1972年5月6日 登紀子と獄中の電撃結婚  この時に 夫に会えない 寂しさを歌にした【ひとり寝の子守歌】は 日本レコード大賞歌唱賞を受賞しました 1974年9月6日 黒羽刑務所を出所 1976年3月 、「大地を守る会」会長に就任 1981年 千葉県鴨川に移住し 自然生態農場「鴨川自然王国」設立 1981年〜82年  妻と二人で「水と土の会」全国トークライブを開催 1997年〜2000年  「土に生きる」トーク&ライブを全国12カ所 で開催 2000年3月  全国の青年農業者・流通団体などの協力のもと、 参加者千人を超える持続農業推進全国集会を開催。 2001年6月  持続循環型社会の推進母体IRM研究会を設立 2002年  農業の復活と都市生活の活性化を図るため、 農林水産大臣に建白書を提出。 2002年7月31日 死去(享年58)。 私が ブタで生きるなら    狼で死にたい と 言い始めたのは 藤本さんの演説を聞いた時からと 今改めて 気が付きました それだけ 私には 凄い カリスマ性を持つ リーダーとしての藤本さんを 見て居たと感じてます  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 以前の 物お読みになります場合のバックナンバーは  http://www3.wind.ne.jp/~temis/ml/cgmmm.cgi _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/Temis Network_/_/_/_/_/ 【商売・笑売・盛売 製作】中村憲司 temis@mail.wind.ne.jp