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それは突然だった 告知 〜 手術 → そして今   最終更新日 11.6.3

11年 5年目に突入。間もなく肺がんは卒業だが、一難去ってまた一難
 7月7日(木)
外来受診
4月13日の代診の説明があった。小児の肺の手術を依頼され… と、恐縮そうだった。順調に経過しているので、前回が代診だったことさえ忘れていたから、主治医の誠実さがまた証明された。次回の10月6日(木)が最終日となる。採血とCTを予約してある。
肺気腫だから、気管支を広げる薬は今後とも必要なのだが、そのためには医師の診断が必須。だが、もはや拠点病院でなくともよいはず。そこで近所のかかりつけ医への紹介状を依頼し、了解を得た。 
 6月3日(金)
内視鏡検査
 3月17日に取ったポリープの顔つきが2月2日の内視鏡検査の時と違うので、気になり再度の内視鏡検査をお願いした。今回の検査と担当された医師はそのへんの経過を充分に承知し、至れり尽くせりでモニターに映し出しながら解説付きで詳細に説明しててくれた。結果、心配はないとのこと、誠に有りがたかった。
充分すぎるほど立派に成長し、しかも、肝湾曲と言う難所中の難所のポリープを無事摘出していただきながら、心配事が先に立ち御礼もままらないで転勤されたT医師に心から御礼申し上げます。今回の担当医のおすすめで、1年後にはまたお邪魔いたします。
 4月13日(水)
外来受診
採血とレントゲンを済ませて定例の受診を受けた。この日、主治医はよんどころない事情とかで別のDrの問診を受けた。秋には手術から5年目を迎えるが初めてのこととて少し戸惑った。特別な問題は無いそうで、何時もの薬をもらって帰宅。 
 3月31日(木)
病理検査結果
 17日に切除したポーリプは良性でがん細胞は皆無だったとの由、まづは一安心。それにしても診断時と取ったポリープの顔つきの違いが気になって仕方が無い。しばらくしてもう一度、内視鏡検査を受けることにし、た。6月17日の予約を入れた。
性分かも知れないが、気がかりを抱えて2〜3年も辛抱できるはずがない。
 3月17日(木)〜
      22日(火)
内視鏡手術
意を決して内視鏡手術(3月17日(木))に臨んだ。約1時間、24×17×14(o)という立派なポリープ(担当医)がとれた。出血止めのクリップが10個程。術後「お腹が痛んだり出血したらすぐ連絡を」に心細くて、連休明けまで退院を伸ばした。
病理検査結果は31日に判明する。外来の受診を予約してきた。
 2月2日(水)
大腸の内視鏡検査
 前夜下剤を飲んで就寝。朝から大腸をきれいにする2リットルの洗浄薬を飲み、内視鏡に備える。2センチ大のポリープが肝湾曲に見つかる。平で中央部が窪んでいるタイプとか。浮けば内視鏡で治療できるが浮かなければ手術と言われ動揺。病期の予測を聞いておけば余分な心配をしなくて済んだのに。問い合わせた医師のアドバイスで平常心を取り戻す。誕生日の前日入院する。
1月13日(木)
外来 
 本来の受診は4月13日(木)なのだが、薬が3ヶ月単位なので、この日の受診となった。年末の行政の検診で便潜血反応が見つかり、2月2日内視鏡の予約を入れたのがわかり心配されたが、転移はありえないと思っている旨を伝えた。
65歳で肺がん。間もなく70歳、何か有るかも知れない。複雑な心境。
10年 4年目に突入。CT、血液検査などは半年ごとのサイクル
10月6日(水)
外来
半年ぶりに造影剤を入れたCT検査。異常なし。次回は半年後とのことで、来年4月を予約した。9月22日に群大病院から診療録の開示を受けた。
メモと照合しながら正確な療養手帳を作ってみよう。
6月30日(水)
外来
簡単な問診だけ。時系列の検査結果書を出してもらったが、考えて見れば今回は問診だけ。同じ文書が2通になってしまった。次回は10月6日(水)
4月7日(水)
外来
CTを撮り採血した。特段数値に変化はなかったので、これから先は半年毎となったが、薬を出す都合で中間に診断日を入れた。次回は6月30日(水)
1月6日(水)
外来
前回は肺気腫の進行を示唆され肝を冷やした。が、その後、メールに返信があり「生き方を急いで変えるほどではない」とわかり安堵した。次回は4月。
今年は“患者が力をつける”の意味をあれこれ考えてみることにしよう。
09年  10月で丸3年経過。病院を変える。がん患者サロンに出没
10月14日(水)
外来
CT、血液検査とも著変なし。ただし、肺気腫は順調?に進んでいる。群馬のがん患者大会2009では、多少の余裕で「いずれ酸素のお世話になる身」と言ったが、その日を意識した方が良いかも知れない。10月を凌いだらハイキングの比率を少し上げよう。次回は来年1月。
7月15日(水)
外来
今年の10月で手術から丸3年が経過する。転院した地域のがん診療連携拠点病院で執刀を受けたT医師の問診を受ける。順調らしい。次回は10月。CTを予約した。
4月17日(金)
外来
3ヶ月間の様変わりに驚く。増改築で食堂が二つも消え、手術時(2年半前)の医師がことごとく転勤した。後任の医師との相性はバッチリだが、主治医を追っかけ転院の紹介状を依頼。この間すこし気をもんだが、結果はオーライ。
1月22日(木)
ひまわりの会
の新年会に参加
前橋のロイヤルホテルで。デビュー3回目の新年会に出席。新会員が5人も出席してくれた。すべての方が、県庁のロビーで開催した作品展への参加者だったことが印象に残る。会長が、今年から患者同士の思いや悩みを語り合う「集いの場」を始めると告げた。“がんサロン”的なものに発展すると良いのだが。
1月13日(火)
外来
3ヶ月毎の診断になって始めて。血液検査の結果は著変なし。新年から電子カルテに切り替えたそうな。Drはディスプレイを見つめ懸命にキーボードをたく。患者の顔を見ない診断に拍車が掛かりそうな雰囲気。いささか気がかりである。
08年  経過観察中(10月で丸2年経過)。がん検診お勧めキャンペーン
10月7日(火)
外来
手術から丸2年が経過した。造影剤を入れてCTを撮ったが、経過は良いという。画像を精査する専門医も問題ないといってたとのこと。三種類の腫瘍マーカー値も問題ないから、次回から3ヶ月毎の受診になった。次回は来年1月13日(火)を予約した。
8月26日(火)
外来
採血。腫瘍マーカー値を聞くのは次回。GOTとLDHが高いという。23日の燧ケ岳の疲れなら良いが。今月半ば、高校の同級生を胃がんで失う。やるせない。
6月3日(火)
外来
定例外来。採血。結果のすぐでない腫瘍マーカー関係以外の結果は問題無しとの事。次回は7月15日(火)。この日には今日の血液検査の結果をUPしてくれる、と。
4月22日(火)
外来
新たな担当医はM医師。群大出身とのこと。問診は、簡にして要を得ていた。腫瘍マーカー値の全記録をアウトプットしてくれた。全身CTを撮ったが問題ない由。当面6週ペースで通う。闘病記“よりみち”を紹介して来た。
3月18日(火)
外来
採血。腫瘍マーカー値は次回までわからないが他の項目に異常ないとのこと。CRDも正常値に戻った。主治医のY医師が4月に転勤する。移動が激しい。手術の時の担当医で残るのは執刀したT医師だけになる。次回はCTを撮る予定。
2月5日(火)
外来
久しぶりのレントゲン。左肺が予想以上に形良く広がる。肺活量がだいぶ増えた、かなと。腫瘍マーカー値(CEA,NSE)に著変なし。次回は3月18日(火)。
1月26日(土)ひまわりの会新年会 於:前橋ロイヤルホテル。新会員2名を含む20名。07年1月28日、抗がん剤でスキンヘッドになった頭を覆い初参加から丸一年。よい仲間にめぐり合え幸運だった。肺がんを得て新たな人生が始まったことを実感する。
07年  抗がん剤4クール完了。経過観察中(10月で丸1年経過)。患者会活動
12月25日(火)
外来
採血する。腫瘍マーカー値は次回に判明。血液検査ではCRDが赤字になっていた。炎症があると数値が上がるが心配はないとの事。次回2月5日、レントゲン有り。
11月13日(火)
外来
10月2日に採血した腫瘍マーカー値は7月11日と同一。当面三ヶ月ごとに検査。寒さに備えインフルエンザの予防接種を勧められる。白内障手術の結果を報告。
10月23・24日
(火・水) 作品展
県庁ロビーで“ひまわりの会”の作品展。今年で7回目。赤城山の四季を題材にこの間撮りためた写真6枚を組写真風にまとめ出品。初めてのことで緊張。
10月2日(火)
外来
肺がんのOpeからちょうど一年。この日の外来で久しぶりに造影剤を入れた胸部と腹腔のCTを撮った。3月の画像と比べてみたが異常無しの診断。腫瘍マーカー値は次回でないとわからないが、先ずは一安心。「一年経過」の重みを実感した。
8月21日(火)
外来
問診のみ。Opeから一年になる次回の外来でCTを予約。眼科からの手紙(白内障のOpeの件)に許可が出た模様。左目の日程(10月30日)を予約。
7月11日(火)
外来
42日ぶり。経過良好。腫瘍マーカーに異変なし。
6月23日(土)
がんフォーラム
「放射線治療の進歩と看護」をメインテーマに第4回群馬がん看護フォーラムが開催された。「肺がんの治療体験−医療関係者と患者の関係」のテーマで討論に参加した。発言原稿の全文をターニングポイントに掲載した。
5月29日(火)
外来
5週間ぶり。腫瘍マーカー(CEAとNSE)のチェックで採血。腫瘍マーカーの結果は2〜3日かかるらしい。他の項目には異常は無かった。
4月24日(火)
外来
一ヶ月ぶりの外来。主治医がY医師に変わる。この一ヶ月は心穏やかに暮らせた。来月、腫瘍マーカーをチェックすると言う。有効だと良いが。
3月27日(火)
外来
一ヶ月ぶりの外来。造影剤を入れた胸部と腹腔のCTを撮り、手術直前の画像と比較しながらの解説で、問題ないと言われホッとしてます。
2月27日(火)
外来
中間の外来もあったが一ヶ月ぶりの受診。口内炎がようやくに治まったが結構しんどい。低体温が続く。身体を温める食事があるとか?。次回は一ヵ月後。
1月30日(火)
抗がん剤4回目
4クール目の化学療法を受けてきた。主治医が「最後ですね」と。これで治療はひと区切り。一週間もすれば体調も落着こう。そろそろ赤城山にでも行きたい。今年は雪が少ないらしい。“ひまわりの会”に新年会参加の感想原稿を送る。
1月28日(日)
ひまわり新年会
昨日、がん患者の会(ひまわり)の新年会に参加。総勢19名に新人が5名も。みんな元気。良い会にめぐり合えた。月末ぎりぎりに4回目の化学療法を受ける。
1月16日(火)
外来
本日外来。迷っていた4回目の治療だが、耐えられないほどの副作用でもないので、勧めに応じることにした。実施は23日の血液検査後に決まる。
1月5日(金)
抗がん剤3回目
3回目の化学療法。久しぶりにレントゲン。左下葉を切除した跡を残った肺が拡大、心臓が移動しさらに横隔膜が上がって臓器の移動がほぼ完了。(主治医)
06年  発覚・精密検査・手術、そして抗がん剤開始
12月22日(金)
外来
白血球が4200に回復。二回目の副作用が強かったので次回は少しへらす。
12月19日(火)
外来
化学療法次回の中間点外来。白血球が2900に激減。再度22日に採血。
12月5日(火)
抗がん剤2回目
2回目の化学療法を受け、もっか副作用と格闘中。遂にスキンヘッド、帽子が必須。
11月21日(火)
外来受診
レントゲンと採血。白血球が多少減っているが問題ない。17〜8日頃から口内炎が出来た件を報告。うがい薬をもらう。次回からパラプラチンを増やすとのこと。
11月13日(月)
さっき退院
先ほど退院してきた。パラプラチンとタキソールの副作用はさほどのものではなかった。次回から外来で化学療法を受けられることになりホッとしている。
11月7日(火)
科学療法開始
6日に入院し昨日から抗癌剤の治療を開始。パラプラチンとタキソールを点滴し、経過観察中である。いまの所順調だが、明日あたりから食欲低下、吐き気、などの副作用がでるかもしれない。問題がなければ、次回以降は外来で治療出きる。 
10月20日(金)
外来受診
手術時に切除した肺のカラー写真を見た。煙草を止めたとはいえ黒い汚れが目だった。癌の病巣と切断面も確認。病理病期はUAだが、脈管侵襲と胸膜浸潤が陽性と判断されていた。抗癌剤の追加治療を予約。来月上旬から始まる。
10月12日(木)
(術後10日目)
本日退院。病理病期はUA。近々に化学療法が追加されます。受持医の先生はじめ関連部門の諸先生、スタッフのみなさん本当にありがとうございました。
10月10日(火)
(術後8日目)
退院日が近づいてきた。レントゲン、採血、肺機能検査を受けてきた。一秒量では1.25リットルと出た。大満足である。入院前と同程度で退院できそうだ。
10月5日(木)
(術後3日目)
レントゲンや動脈血の検査で肺の状態は良好らしい。昼頃、残っていた酸素とドレーンがとれ手術前の自由な身に。フロアと階段(B1−F4)を組み合わせ散歩。
10月3日(火)
(手術翌日)
8:45 主治医回診。ベットを起こし水を飲ませてもらう。12:30 昼食を完食。14:30 リハビリの先生と一緒に背中の麻酔薬の管や点滴、廃液のドレーン、尿管、酸素、心電図や酸素濃度測定器などを引っ張り、フロア(約100m)を一周。
10月2日(月)
(手術当日)
午後の手術。昨日深夜から絶食。この朝も階段散歩(B1−F9)を二往復。MDを聞きながら時を待つ。手術用の太目の点滴管入る。14:25手術室へ、21:50病室へ。手術室に居たのは約5時間半。麻酔からの回復に時間を要した感じ。
9月27日(水) 本日再入院。「左肺腫瘍で手術をするが、低肺機能でもあり、術前後を慎重に管理するため、入院期間は約二週間。手術は10月2日の予定。
9月25日(月) 入院が少し早め、理学療養師のもとで呼吸訓練を始めるようだ。予定の尾瀬行きをキャンセル。ここしばらくで池波正太郎の真田太平記12巻を通読。
9月22日(金) 2審判決下る。カンファレンスの結果、手術がベストの結論が出たもよう。肺機能の数値は手術を躊躇うものだが、日常生活のありように期待したらしい。説明を聞いて家族もOKした。術前の尾瀬行きの許可が出た。紅葉への期待ふくらむ。
9月19日(火) 肺機能の再検査。一秒量はさらに低下。肺葉を取れば日常生活で酸素が必須と言われる。されど、現状と一秒量に乖離があり暫時検討したいとも。そんなこんなで26日の尾瀬行きの許可は?。紅葉の見納めになるかも知れないのに。
9月15日(金) 手術に備え心エコーの検査。異常はなさそうだった。
9月11日(月)
  〜14日(木)
9月11日(月)入院、放射線治療の準備開始。13日(水)にPET/CTの結果が判明。左リンパ節への転移が見つかり病期診断はUAに。治療法も、放射線治療から手術の方向に急転換。14日(木)いったん退院。
9月08日(金)
外来
来週早々に入院できそうです。さっき連絡がありホッとしてます。
9月07日(木) 地域医療支援病院に出向きPET/CT検査、結果は紹介医へ、と。疑われたレントゲンは6月22日。胸部CTは7月31日の撮影。胸部CTから一ヶ月以上が経過。患部は穏やかな成長にとどまっているか?。入院日に向け心みだれる。
9月01日(月)
外来
群大病院放射線科を受診。治療方針と入院に関する見通し、手続きなどの説明を受ける。準備の一環としてPET/CT検査を予約(9/6)する。
8月31日(木) セカンドオピニオンの結果を主治医に報告。放射線による治療の希望を伝える。肺気腫を考慮し、主治医の了解を得る。紹介状(治療依頼)と資料を預かる。
8月28(月)・29日 群大病院の呼吸器・アレルギー内科(一内)と放射線科でセカンドオピニオン。
8月24日(木)  判決(確定診断)は、病期1Aの肺腺がん。きわめて早い段階での発見。摘出すれば根治は可能。手術は体への負担が少なく機能を最大限温存する方法でと。
慎重を期し、セカンドオピニオンを希望、手続き中。
 *1A=がんは現発巣に。大きさは3cm以下。リンパ節や他の臓器に転移なし。
 *腺がん=わが国で最も発生頻度が高い。男性の肺がんの40%、女性の肺がんの70%以上。胸部レントゲン写真で発見されやすい「肺野型」がほとんど。
(*はいずれもがんセンターの肺がんから抜粋) 
8月21日(月) 腹腔のMRI検査。
8月14日(月)   〜15日(火) 検査入院。入院後、足の付け根からの採血。心電図。気管支鏡検査。
翌日は骨シンチを受け帰宅。
8月07日(月) 遠隔転移を見るため頭部MRIを撮る。肺機能検査を受け、肺気腫が発覚。
7月31日(月) 「肺に影がある」、といわれ保健所へ。紹介状を持って受診。初診の内科で撮った胸部のCTに明瞭な影がある。肺がんの可能性を指摘され、一連の検査を予約。
7月28日(金) 友人と八間山(野反湖)へ。留守に保健所から電話。「みっちゃん」が癌だと脅す。
7月26日(水) レントゲンの等身大撮影の呼び出し。
6月22日(木) 恒例のレントゲン撮影。25日から高校時代の同窓会で軽井沢へ。


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