SKY
穏やかにに流れる川に沿って、一向はゆるりゆるりと進んでいた。
耳を澄まして聞こえてくるのは、川の流れる雄大な音と小鳥達の井戸端会議、そして遠くで響く子供達の走り回る声。
のどかな日差しを浴びて、一向を運ぶ黄金色の動物は、その毛を一層輝かせながら時々大きく欠伸をした。
その様子を見て、彼女はもう少しだから、と頭を軽く撫でた。
「見えてきましたよ」
一向(といっても彼女を含めてわずか3人ばかりであったのだが)の先頭を務める少年が、彼女の数歩先から声を掛けた。
視線を少年の指す先に向けると、そこはもう目的地であった。まだ少々距離があるが、それでも忘れるはずのない光景が、彼女を包む。
からりとした気候の中にあって、大河のお陰で水に恵まれた美しい街。
その鮮やかなレンガ屋根の家々と、色とりどりの華々で満たされた街並。
懐かしい、という気持ちがまったくないと言えば嘘になる。
ここは、彼女の故郷であったから。
故郷へ帰ると告げた時、驚いた者は一人もいなかった。
以前と変わらぬ彼女の振る舞いにかえって悲壮な想いを抱いていた者たちは、口々にそれが一番いい、と言った。無理をすることはない、彼と駆け抜けた、あまりに夢のように過ぎ去ってしまった日々を、出会いの地でもある故郷でただゆっくりと抱きしめて行くのがいい、と。
「…そんなんじゃ、ないのに」
心配してくれる気持ちは本当に嬉しいのだけれど。
人々の痛いほど真剣な、けれども彼女にとっては少々的外れな心遣いが、申し訳ないが却って滑稽に映った。その表情を思い出して、彼女はクスリと笑う。
隣を進む若い術士は、不思議そうな顔をして彼女を覗き込んだ。
彼は、空だ。
大きくて、広くて、途方も無いものを秘めていて。
それでいて淋しがり屋で。
暴れ出すと手が付けられなくなったりして………。
そして、空は空でも特にここの空は、本当に彼そのもののように思える。
なかなか雨を降らせない、ひねくれ者のとこなんかが特に、ね。
………そういうのって、やっぱり欲目っていうのかな。
そんなことを考えていたら、今度こそ本当に吹き出してしまった。
若い術士は、一層顔を「?」にして戸惑うばかりである。
一向が街の入り口に差し掛かると、突如一陣の風がどこからともなく舞い降りた。
風は街自慢の花時計を通り抜け、数枚の花弁を散らす。鮮やかな破片は正に風花となって彼女の元へ届けられ、くるくると回って足元を飾った。
空を仰ぐと、そこには一面の青。
「まったく、ねえ。駄目なのよ、私がいないと」
そう言って微笑んだ彼女は、とても、とても美しかった。
(1999/06 WRITE)
(2007/03 RENEW)
>>>
BACK