one day


 「こんなところで、何をしてるんだ?」


 突然頭上から投げかけられた言葉に、驚くより先にため息が漏れた。
 そんなこと、私の方が訊きたいわ。


 やることならいっぱいあるのに。

 読みかけの本とか、やりかけの刺繍とか。
 両親からの手紙にもう随分と返事を書いていないし
 裾が解れたまま放ってあるスカートが何枚もある。
 ええと、それから…それから…

 とにかく、暇な時間なんてこれっぽっちもないのに。


 それなのに本当、私は何をやっているんだろう。


 こんな洞窟で。男の子みたいな格好で。
 石床にべったりと座り込んで。
 足元に転がった剣は
 鋼鉄じゃないだけ、まだ言い訳出来るだろうか。

 ああでも、あの顔は。あの表情は。
 多分わかってる。見透かされてる。ちょっとだけ悔しい。


 「何だと思う?」
 「昼寝」

 それでもわざと惚けてみた。
 悩む素振りも見せずにふざけて即答してくるあたりが彼らしいと言えば。

 「あたり」

 仕方ないので、肯定しておく。

 「嘘吐け」

 少しだけ眉を顰めた。
 何よ、自分から言ったんじゃないの。

 何となく沈黙が続いて、
 別に気まずいとかそういう雰囲気な訳ではなかったけれど。

 舞い上がった胞子が陽を浴びて
 星のように降ってくる様子をぼんやりと眺めていた。


 「捜してた。……トマス卿が」

 突然何を言うのかと思えば。
 私は一瞬目が点になって、次の瞬間吹き出していた。

 「何で笑うんだ?」

 取って付けたような言葉が、と正直に言ったら怒るんだろうなあ、やっぱり。
 あ、でも今でも充分機嫌悪そう。
 少しむくれた頬は、いつまで経っても子供っぽい。

 「………ほら」
 「何?」

 むすっとした顔のまま差し出された手の意をわかりかねて、
 でもつられて何となくその手を掴むと
 思いきり引っ張られた。
 そのままどんどんどんどん歩き出す。

 途中で景色が見慣れたものになってきて、ようやく出口に向かってるんだということに気付いた。

 あー…やっぱりバレてたんだ、道に迷ってた事。


 「俺のためなら、やめとけよ」
 こちらには目もくれず、独り言みたいに、ぽつりと彼が言った。
 いやむしろ本当に独り言だったのかも知れないけれど。

 「違うわ。自惚れないでよ」
 だから私も独り言のように。

 ホントは他にも色々言いたいこととかあったんだけど。
 何だか上手く言えそうにないから。

 言葉の代わりに握った手に力を込めた。


(2000/01 WRITE)
(2007/03 RENEW)


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