黒猫荘
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THE TELL-TALE HUT
オーナー:庵本譚

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135. 2005年03月05日 10時26分20秒  投稿:庵本譚 
1月27日「夜のフロスト」RDウィングフィールド(創元推理文庫)

ジャーロのオールタイム・ベスト100に入っていたので、慌ててこの分厚い
未読作にとりかかりました。幾つかの事件を並行して走らせる小説のことを
最近は「モジュラー・タイプ」と呼ぶのだそうですが、87分署の初期作あたり
では、二つの中編を併せたような(丁度、CSIのような)ノリだったものが、
フロスト・シリーズやら、リーバス・シリーズになると、二つの長編を併せた
ような構成になっており、そこまで長くせんでも、と嘆息してしまう今日この頃
であります。
この作品でも、フロストは警察署員の半数が悪性のインフルエンザに侵される中、
連続老女殺人と、女学生失踪事件の二つの大事件を掛け持ちする羽目に陥ります。
そのとばっちりを受けたのが、あらたに赴任してきた優等生タイプの刑事部長。
田舎警察で妻との生活も大事にしながら、昇進の階段を駆け上がろうとしていた
彼ギルモアに、フロスト警部は試練としか呼びようのない仕事漬けの日常を
プレゼントします。果して、その顛末や如何に?
とにかくフロストの働きっぷりにはアタマが下がります。決してユーモアの
センスを忘れず、無能な官僚剥き出しの上司と戦いながら、卓越した洞察と
経験をもとに、真相に迫る胆力には、英国捜査小説の伝統を汲む一級の捜査官
としての称号を与えてよいでしょう。
たとえ、そのユーモアがオヤジ系シモネタジョークオンリーであっても、
たとえ、その洞察が行き当たりばったりであっても、
たとえ、根負けした真相の方から挨拶にくるにしても。
たしかにこの本は分厚いですが、読み進むにつれ、読み終わるのが惜しくなる
愛すべき逸品でもあります。
早く全作翻訳されないものでしょうか?
134. 2005年03月05日 10時25分50秒  投稿:庵本譚 
1月25・26日「殺人行 おくのほそ道 (上・下)」松本清張(講談社文庫)

時ならぬ、清張ブームに勢いを得て、手にとってみました。
<ヤング・レディ>に1年間連載された後、それきりになっていた作品。
講談社ノベルズの創刊時(いつのこと?)に目玉扱いされた発掘長編だった
と記憶しています。連載時の題名「風炎」の方がいかにも清張らしくて
いいですね。改題は、歴史エッセイスト清張の読者も頂こうという意図だった
のかもしれませんが、芭蕉やおくのほそ道自体に新釈があるわけではない、
普通の女性向けサスペンスでした。
「隠花平原」ほどには行き当たりばったりではなく、それなりの伏線が
張られていたので「駄作」とは申しませんが、清張の水準には達していない
と思いました。
とにかく、中盤以降、人がばたばた死んでいくのには参りました。
連載であれば、それなりに間があいて不自然ではないのでしょうが、
通して読むと、「このままだと、そして誰もいなくなっちゃうぞ」
という勢いで殺人が起きます。単行本化の夢は枯野をかけめぐらせて
おけばよかったかも。
133. 2005年03月05日 10時25分19秒  投稿:庵本譚 
1月24日「最後の一壜」スタンリイ・エリン(ポケミス)

こいつは年明け早々から素晴らしい贈り物です。短篇の名手の最後の作品集。
満を持しての登場です。昨年「九時から五時までの男」が文庫化されたのは
この予兆だったのでしょうか?
海外を舞台にした巻頭作「エゼキエル・コーエンの犯罪」は、停職処分中の
ニューヨークの刑事が旅先のイタリアでとある「人格者」の名誉回復のために
立ち上がるという「過去の殺人」もの。「第八の地獄」などでみせた社会派推理
作家の側面と、鮮やかな逆転ですれっからしを唸らせる異色短篇作家の両面が
楽しめる作品です。同じく海外を舞台にした中編「12番目の彫像」は、
映画製作現場における「大物」たちの卑小ぶりのうちに、正義の在り方を問う
作品。このオチしか有り得ない作品ですが、なかなかに象徴的な幕切れで
あります。海外を舞台にした作品の中で最も鋭い蜂の一刺しを描いたのが
「画商の女」。女の闘いと因果応報を活写した、この騙りとカタルシスの妙!
「古風な女の死」も同じく絵画をテーマに、女暴君が如何に滅びに向うかを
完全なフェアプレイで描いた作品。思わずページを繰って伏線を確認してしまいました。
後期傑作の誉れ高い表題作「最後の一壜」は、ワインの薀蓄とマニア気質を
余す所なく物語りの材料に取り込んだ特別料理。同じネタを古本でやられたら
こりゃあたまらんなあ、と嘆息してしまいます。
他にもヤクザと渡り合う女主人の智謀を描いた「拳銃よりも強い武器」、
冬来たりなば春遠からじ、恐怖の温度でココロまで温まる「127番地の雪どけ」、
といった窮鼠猫を噛む作品群の中で、ひときわ印象鮮烈なのが最晩年作の「内輪」。
正に、ストーリーテラーの練達の至芸を堪能できるシャープな家族愛憎劇でありました。
最後の一言の利き具合が懐かしのエリンです。
掉尾を飾る一編「不可解な理由」は、ウエストレイクの「斧」に通じるサラリーマン・
スリラー。実に身につまされました。エリンの時代を読む目の確かさが凝縮したような一編。
というわけで、これは年明けから「年間ベスト級」が来ました。後は、この興奮を
忘れないように、年末のベスト10祭の前に再読せねば。いや、それぐらいの
値打ちはあります。
132. 2005年03月05日 10時24分30秒  投稿:庵本譚 

1月23日「デストロイヤーの誕生」サピヤ&マーフィー(創元推理文庫)

マック・ボランが切り開いた創元ペーパーバック路線を完全に定着させた作品。
旧創元推理文庫マニアにとっては、最後に通し番号が振られた(そして同時に
「旧・創元推理文庫」の堕落を象徴する)シリーズとして脳裏に刻み込まれて
います。「旧マニア」にとっては、<通し番号を揃えるだけのために持って
いるけれども、まちがっても読まない本>の最たるものかもしれません。
で、今回、手近にある山の中から、何か軽い読み物が読みたくなって、恐る恐る
手にとってみました。
結論から申し上げれば、結構イケます。
なにせ、コンビ作家の片割れは、ピンでもそれなりの仕事をしているウォーレン・
マーフィーですからして、キャラの立たせっぷりが堂に入っております。
ベトナム戦争で殺人マシーンとしての才能の片鱗を見せた警官が、法で裁けぬ悪を
葬る秘密組織CUREにスカウトされ(そのスカウトの方法は「ハングマン」方式で
すね)、拳法の達人から奥義を伝授され、謎の殺人組織壊滅に挑む。
いやあ、判りやすいっ!
感心するのは、やられキャラの肉付け。特に敵の首魁とその娘の造形は一読の
値打ちがあります。また、デストロイヤーをスカウトした先輩の生き様も
なかなかに壮絶なものがありました。
最後に明かされる「姿なき大ボス」の正体にも、ニンマリ。
これは、シリーズ開幕編として十分にその責任を果たした作品と言えましょう。
これまで、バカにしててごめんなさいね。

[NAGAYA v3.13/N90201]