赤鼻のトナカイ(Rudolf the Red-Nosed Reindeer) |
ロバート・メイ(Robert May)の児童書に基づく
作詞・作曲 ジョニー・マークス(Jonny Marks) 1948 |
赤鼻のトナカイ
真っ赤なお鼻の トナカイさんは
いつもみんなの 笑い者
でもその年の クリスマスの日
サンタのおじさんは 言いました。
暗い夜道は ピカピカの
お前の鼻が 役に立つのさ
いつも泣いてた トナカイさんは
こよいこそはと 喜びました
◆◆1930年頃、アメリカのシカゴにロバート・メイ(Robert May)という人がいました。 Robert の愛称を Bob ともいいますので、文献によってはボブ・メイという名前で紹介されている場合もありますが同一人物です。
ロバートはシカゴにあるモンゴメリー・ウォード (Montgomery Ward:文献によってはモントゴメリー・ワードともいいます)という 通信販売会社で宣伝原稿を書く仕事をしていました。
ちょうどウォール街で株価が大暴落をし、世界中が恐慌にあえいでいた頃であり、ロバートの暮らしは貧しく、安い給料で毎日遅くまで働かなければなりませんでした。
そんな彼でしたが、2つの宝物がありました。それは、若い妻のエヴリン (Evelyn) と生まれたばかりの娘、バーバラ (Babara) でした。
この二人のために、一生懸命ロバートは働いていたといってもいいかもしれません。
そんな貧しい中にも幸せを感じる日々を送っていたある日、バーバラが2歳になった時のことです。愛する妻のエヴリンが寝込むようになりました。
とても悲しいことに、エヴリンは癌に冒されていました。ロバートは妻の治療費を得るために八方手を尽くしました。しかし、得られた金額は僅かなもので、少しあった蓄えも妻の治療費で消えていきました。
ロバートの想いも空しく、エヴリンの容体は日増しに悪くなり、とうとうベットから起きることも出来なくなりました。
そんなある12月の夜のことです。
4歳になっていた娘のバーバラが、ふとロバートに尋ねました。
「ねえ、パパ。私のママは、どうしてみんなのママと同じじゃないの?」
バーバラは子供らしい無邪気な好奇心で、寝たきりの母親のことを尋ねたのでした。毎日の暮らしも、もうギリギリの状態であり、何と娘に答えてよいか分からないまま、ロバートは思わずバーバラを抱きしめました。
せめて、この子を幸福な気持ちにしてやらなければ・・・。
何かを言ってやらなきゃ。
幸せな気持ちになれるような何かを。
けれど何を?
どんなことがある?
いったい何を言えばいい?
ロバートは娘の小さな体を抱きしめたまま考えました。
そして思いだしたのは、自分が幼かった頃のことです。
ロバートは、身体が弱く小柄な少年でした。小さな子供の時というのは、残酷なことを無邪気にしてみることがあります。彼のクラスメイトは、彼が痩せているのをはやしたて、彼を泣かせて喜んでいました。
そのクラスメイトたちは、ほとんどが大学へ進みましたが、貧しかった彼は進学することが出来ませんでした。
今、彼は安い給料で毎日精一杯働き、それでも借金にまみれて、もう33歳になっていたのです。
ロバートは呼吸を整え、顔を上げました。
そして自分の中からありとあらゆる想像力と勇気を集めました。
それから、娘に向かってゆっくりと話しはじめたのでした・・・
「いいかい、むかしむかしのことだよ。
ルドルフ、っていう名前のトナカイがいたんだ。ルドルフは、世界にただ一頭しかいない不思議なトナカイだったんだ。どうしてかというと、それはね。
ルドルフは、なんとでっかい、真っ赤なお鼻をしていたからなんだ。だからね、あだ名はもちろん『赤鼻のルドルフ』だったんだよ。」
たとえほかの人や動物と違っていても、神様に創られた生き物なのだから、いつかきっと奇蹟が起こり、幸せになることが出来る。ロバートはそれを幼い娘に伝えるつもりでした。
娘のために、
病と闘っている妻のために、
そして、自分自身のために・・・
「でもね、ルドルフは幸せだったと思うかい?ルドルフはね、そのお鼻のことでいつもとっても悩んでいたんだよ。
だって、みんなは自分を見て大笑いするし、そればかりか、お父さんやお母さん、それに妹たちにまで馬鹿にされてたんだもの。
ルドルフは、いつも悲しくて悲しくて仕方がなかったんだよ。」
バーバラには、ロバートの本当の気持ちなどは分かるはずもありませんでした。けれどもバーバラは、父のお話を瞬きもしないで静かに聞いていました。
「ところがね」と、ロバートは声を明るくして続けました。
「ある、クリスマスイヴのことなんだけど。
サンタさんがソリを引くトナカイのチームを迎えに来たんだ。
知ってるだろう?
ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、ドンダー・・・。
クリスマスの夜に世界中を駆け巡る、有名なトナカイたちだよね。
チームに入っていない他のトナカイのみんなも全員集まって、この素晴らしいメンバーに惜しみない歓声をあげてお祝いをしたんだ。
ところが、いざ出発という時になって、突然霧が広がり始めたんだ・・・。
それは、とてもとても深い霧で、目の前さえ見ることが出来ないほどの初めて見るような濃い霧だったんだよ。
サンタさんは、とても困ってしまった。
どうしてかっていうと、霧が深いとエントツを探すことが出来ないって分かっていたからなんだ。
その時ふと、突然!
サンタさんの頭にルドルフのことが浮かんだんだ。
サンタさんは実はね、ルドルフのことをよ〜く知っていたのさ。
そう。その真っ赤なお鼻のこともね。
サンタさんがあたりを見回わすと、見送りの群の後ろの方にルドルフがいるのが目に入った。
そして、その時のルドルフのお鼻はね・・・。
なんと、いつも以上にきらきらと輝いていたんだ!
サンタさんはすぐさま決心した。黙ってルドルフに近づくと、ソリのところへ連れて行き、一番先頭にルドルフを立たせたんだ。
ルドルフはサンタさんが何をしようとしているのかが分かって、もう夢を見ているような気持ちだった。そのルドルフの耳にサンタさんの力強い声が聞こえてきたんだ。
『さあ行こう、仲間たち!!世界の空へ!!子供たちの夢へ!!』
トカナイたちはいっせいに身を躍らせた。
ルドルフのお鼻がひときわ明るく輝きだした。
そしてそれはもうまばゆい光になっていたんだ。
9頭のトナカイはソリの鈴の音と共に空へ駆け上がっていった。
霧の中にルドルフのお鼻の輝きが、すうーっと線を描いて消えていったんだ。
後に残ったトナカイたちは、ず〜っとそれを見送っていた。みんな恥ずかしいような、苦しいような、それでいてとてつもなく嬉しいような、いろんなものが混じった不思議な気持ちに包まれていたんだ。
その夜、ルドルフはサンタさんのソリを立派に先導したのさ。
霧も、雪も、吹雪も、ルドルフがついていたから平気だった。どんな家も、どんなエントツも、見逃すことはなかった。だってそのお鼻はまるで灯台のように輝いていたんだからね。
そうしてこの時から、ルドルフはもっとも有名な、みんなに愛されるトナカイになったんだ。ずっと昔、恥ずかしくて隠したくてたまらなかった真っ赤な大きなお鼻は、今ではみんなから一番羨ましがられるものになったんだ!!」
父の話を聞き終えて、バーバラは輝くような笑みを浮かべました。けれど、それからが大変でした。小さなバーバラは、毎晩ロバートにそのお話をねだり始めたのです。
ロバートは娘を寝かしつけながら、ほとんど毎晩のようにそのお話をしていました。時には半分寝込みながら話すこともあるほどでした。
やがて、ロバートに素晴らしい考えが浮かびました。
お話を本にして、クリスマスに娘にプレゼントしてやろう、というものです。貧しい暮らしでは満足なプレゼントは買ってあげられません。
だけど、手製の本となると事情は違います。紙とペンがあればどんな本だって作れるんですから・・・。
ロバートは毎晩、娘が眠ってから、遅くまで「ルドルフ」のお話を詩にし、綺麗な本に仕上げる作業に没頭しました。
それはあたかも、ムーアが『聖ニコラスの訪問』を書いた時のようだったのかもしれません。
ルドルフの本も、もう最後の仕上げの段階だという時、悲劇がロバートを襲いました。妻のエヴリンが亡くなったのです。
「昔の楽しい暮らしを取り戻したい」というロバートの望みは打ち砕かれました。もうロバートの宝はバーバラだけになってしまったのです。
悲しみにつつまれながらも、ロバートは毎晩、がらんとしたアパートの机に向かい、バーバラのための「ルドルフ」を作り続けました。
そしてバーバラが、ロバート手作りの「ルドルフ」を見て歓声を上げた数日後、ロバートは会社のクリスマスパーティーに呼ばれました。
ロバートは気が進みませんでしたが、彼の会社の組合がそれを強く要請していました。仕方なくパーティーに出席した彼は、余興として自分の書いた詩を持って行き、それをみんなに読んで聞かせました。
はじめはガヤガヤしていた仲間たちは、その詩を大笑いしたりしながら聞いていましたが、次第に話し声が聞こえなくなってきました。
・・会場は静まり返り、詩を読むボブの声だけが響きました。そして、詩が終わると同時に、いっせいに拍手が湧き起こったのでした。
この物語は1938年に起こった実話です。そしてロバートの詩は1939年に会社から「赤鼻のトナカイ"Rudolf the Red-Nosed Reindeer"」と題され、デンバー・グレン(Denver Gillen)の挿し絵が添えられて発売されました。
その後、「赤鼻のトナカイ」という曲が出来る1949年のクリスマスまでに、この詩は6百万部を売るベストセラーになりました。真っ赤なお鼻のトナカイ、ルドルフを宣伝や商品に使いたい、という申し出も相次ぎました。
物語の素晴らしさも相俟って、当時の教育関係や文化学者たちは、必ずや「ルドルフ」は、クリスマスの伝統の中核の一つとして、「歴史に残るトナカイ」になるだろう、と予言をしたといいます。
その答えは現代の私たちが一番よく知っているのではないでしょうか。
「あの夜、愛するバーバラがあの質問をしてくれなかったら、ルドルフはこの世には生まれなかっただろう。
なんと不思議な瞬間だったのか・・・。
私は神とエヴリンとバーバラに心から感謝している」
長く苦しい生活の日々との闘い。愛する妻との悲しい別れののちに、ルドルフによりこれまでにない成功をおさめたロバートは、このようにクリスマスが来るたびに、心静かに思い返していたといいます・・・。
◆◆◆ 世界恐慌の嵐が吹き荒れ、街には浮浪者が職とわずかな食料をもとめてたむろってた。
12月にはいり寒さはいよいよきびしい。街灯のともらない路地をまがりくねり、ボブは重い足取りで家路についていた。この日もまた銀行からの融資をことわられた。暮らしはますます疲弊してきている。宣伝広告の仕事も実入りが少ない。明日は我が身か…。だがそれでもボブは家の前に立つと笑顔をつくった。
「エヴァリン、バーバラいまもどったよ」
ボブはつとめて明るくそう言った。
カギのあく音がする。ドアを開ければ娘のバーバラがそこにいた。ボブはバーバラを抱き上げるとその頬にキスをした。
「ただいま。いい子にしてたかな」
バーバラはつたない言葉で「知らないおじさんがきたよ」と言った。ボブは「そうか」とだけ答えドアを閉めた。
「ママはどうだった?」
ボブはバーバラをおろすとたずねた。だがバーバラは首をふるだけだった。
バーバラの頭をなでてボブは奥の部屋のドアをノックした。弱々しい声がかえってきた。
そこには妻のエヴァリンが横たわっていた。やせ衰えて瞳が生気をうしなっていた。
「エヴァリン、いまもどったよ」
ボブは愛する妻の手をとると優しくそう言った。
「あなた、今日も銀行へ?」
エヴァリンは弱々しい声でそうたずねた。
「…ああ。でも心配しなくていい」
「そう」
エヴァリンはかすかに微笑んだ。
「バーバラはどうかしら。あの子の笑顔がみたいわ」
「心配ない。神様は試練をあたえても必ず私たちをお救いくださる。こんな時代がそう長くつづくはずはないさ。あの子もおまえがよくなればまた笑顔をみせてくれる。だから心配せずにおまえは病気をなおすことだけを考えていなさい」
ボブは愛する妻に優しくそう話した。
だがボブは知っていた。妻の病気のことを。
癌だった。
悪性の腫瘍もみつかっている。
そして今の経済状態。
もう長くはないかもしれない。
それでもボブはつとめて明るく振舞った。家族に不安をあたえないように、愛する家族を守るために。窓の外では恐慌の嵐が吹き荒れていた。
エヴァリンの命がもう長くはないとしてもせめてバーバラを悲しませるようなことはしたくない。バーバラがこの先も母を誇りに生きてゆけるように――。
クリスマスが近づいたある日のことだった。
ボブはタイプライターを前にして眠ってしまっていた。どれほど働いても賃金は微々たるものだ。それでも働かなければ生きてゆくことはできない。
不意に窓ガラスが鳴った。
ボブは我にかえるようにして眠りから目覚めた。蝋燭の明かりのなかでバーバラが立っていた。
「バーバラ?」
夜ももうおそい。こんな時間にどうしたんだ?
ボブは笑顔をつくるとバーバラにたずねた。
「トイレかい?」
バーバラは首をふった。そしてまっすぐにボブの目をみつめて小さく言った。
「ねえ、どうしてママはみんなとちがうの?」
それは子供ゆえの疑問だったのかもしれない。だがボブは何かが崩れてゆく音をきいていた。
ボブはバーバラを抱きしめた。
脳裏によみがえったのは幼いころの自分だった。体が弱く小柄な自分がどのようにまわりの子供たちに接してこられたか。それがいまのエヴァリンなのか。
バーバラを抱きしめたままボブは何も言えなかった。心が動揺していた。だがせめてバーバラにだけは不安をあたえたくない。
ボブはバーバラの耳元でささやいた。
「神様はいろいろな試練をおあたえになるんだよ。でもそのことに悲しんでいてはいけないんだ。神様は信じる人を必ずお救いになられるのだからね」
ゆっくりと自分を諭すようにボブはそう言った。そしてバーバラに微笑みかけた。
「神様を信じないとね」
だが翌日もその翌日もボブの頭からバーバラの言葉ははなれなかった。
自分が子供のころにかけられたまわりの子供たちからの心に痛い言葉。小さいということで感じていた自分に対する劣等感。そして癌をわずらっている妻エヴァリン――。なぜ神はこのような試練をおあたえになるのか。
残業に疲れはてて家に戻る生活がつづいていた。
疑問が頭を支配していた。
だがそれでもボブは愛する妻と娘のために笑顔を絶やすことはなかった。
そんなある日のことだった。ボブの夢に幼い自分が出てきたのは。
自分をかこむ子供たちが悪ふざけをするなかでボブは泣いていた。その言葉に言い返せない
自分が悔しかった。
ボブは泣くだけだった。そして子供たちの笑い声だけがしていた。だがそんなときだった。
温かい手がボブの頭をなでた。見上げればそこには父がいた。
「ボブ、自分のことを嘆いてはいけないよ」
父はそう言った。
そう言って微笑んだ。
そして夢はさめていった。
目がさめたボブはしばらく呆然としていた。
昨日のことのように思い出される幼いころの記憶。
夢だったのか、それとも昔の記憶だったのか…。
それから何日もその夢はボブの心にひっかかっていた。そして何かが変わりはじめたことをボブは感じていた。
運命というもの、それがあるのなら――。
クリスマス・イヴの夜だった。
エヴァリンが激しい発作をおこした。
ボブは痛むというエヴァリンの体をさすりながら一晩中看病をした。そして容態がおちついたのは明け方のことだった。
連日の残業で疲れていた。
少しだが眠ろう。
そう思った時だった。バーバラが眠い目をこすりながら部屋にやってきたのは。
「ママはどうしたの?」
バーバラは心配そうな顔をしている。ボブは笑顔になれなかった。
そんなボブにバーバラがたずねた。
「ママはどうしてみんなのママとちがうの?」
ボブはその場に立ち尽くした。
言葉が出なかった。
だがそんなボブの脳裏にあの夢がよみがえった。
そうだ、父が言っていたじゃないか。
ボブは大きく息をすると、バーバラの瞳を見た。
「あるクリスマス・イヴにサンタさんはこまっていたんだ。濃い霧がかかっていね、ソリが出せなかったんだよ。このままじゃ世界中の子供たちのところをまわることができない」
ボブはゆっくりとまるで何かを思い出すかのように話をはじめた。
「ソリをひくトナカイたちもどうしたらいいのかわからない。そんななかでサンタさんは一頭のトナカイに話しかけたんだ。そのトナカイはピカピカ光る赤い鼻をしていてね、いつもはみんなにその鼻のことをからかわれていたんだ。名前は…ルドルフ」
いつの間にかボブの顔に笑顔がもどっていた。
バーバラもボブの話す物語にひきつけられるように聞き入っていた。
「サンタさんはルドルフに言ったんだ。『君のその赤い鼻で道案内をしてくれないかな』ってね。ルドルフは大喜びさ。だってサンタさんにそう言われたんだからね」
いつしかボブは熱く語っていた。そしてバーバラも身を乗り出すようにしてボブの話を聞いていた。
「それまでみんなの笑いものだったルドルフはチームの先頭さ。みんながうらやましがる先頭だよ。そしてルドルフは霧の中をその赤い鼻で迷うことなくサンタさんを案内したんだ。みんな大喜びさ」
ボブはバーバラを抱き上げると体全身で喜びを表現した。そして微笑みながら物語をおわらせた。
「サンタさんは言いました。『ありがとうルドルフ。君はもう何も恥じることはないよ』ってね」
話し終えてボブは何かのつかえがとれてゆくのを感じていた。そしてバーバラの顔を見た。
バーバラが笑っていた。かわいらしくバーバラが笑っていた。
「あなた?」
不意にエヴァリンの声がした。
ボブは振り返ると笑顔で言った。
「エヴァリン、バーバラが笑っているよ」
バーバラの笑顔をエヴァリンに見せる。
エヴァリンはまるで夢でもみているかのような顔をしたが、やがて微笑んだ。
「本当、よかった…」
バーバラがエヴァリンの手にふれる。そしてつたない言葉を選ぶように笑顔で言った。
「ママ。メリークリスマス」
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クリスマスのお話より
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