カルボン酸水溶液における
ポリ乳酸分解の研究
群馬県立勢多農林高等学校
理 科 部
1 はじめに
 現在、私たちの周りには様々な環境問題がある。その中で、もっとも身近な環境問題といえばゴミ問題ではないだろうか。毎日私たちはたくさんのゴミを排出し、このゴミは焼却処分や埋め立て処分によって処理されている。しかし、これらの処分方法にはいくつかの問題がある。たとえば焼却処分を行うと、有害な排気ガスが出たり、地球温暖化につながる二酸化炭素も排出される。また埋め立て処分ではそのまま土の中に残ってしまう物もあり、さらに埋め立て地不足で出されたゴミを全部埋め立てるには限界がある。
 私たちは様々なゴミの処分方法を考えていくうちに生分解性プラスチックの存在を知った。生分解性プラスチックは廃棄された後、環境中の微生物の働きによって二酸化炭素と水に分解されてしまう物である。しかし生分解性プラスチックにも問題があり、生分解性を利用して分解処理するには1年以上もの時間を必要とする1)2)。長時間を必要とするということは広大な処理場も必要になってくる。そこで、私たちはポリ乳酸を試料として、将来ゴミとして排出された生分解性プラスチックを短時間で分解処理する方法の開発をしてきた。
 その結果、1998年7月までに高温メタン発酵中にポリ乳酸を放置しておくと分解が速まること、メタン発酵物を100℃もの高温にしてその中にポリ乳酸を放置しておくと分解が速まることを発見した。また、1999年5月までにはメタン発酵物中での分解が、酸による内部からの低分子化3)と、塩基による表面からの低分子化剥離が同時におきていることをつきとめた4)。ここでの酸は、メタン発酵の結果生産される低級脂肪酸のことである。私たちはさらに、低級脂肪酸によるポリ乳酸の分解機構の研究へと進めた。

2 方法
2.1 試料
 実験にはフィルム状のL−ポリ乳酸(PLLA)(三井東圧化学製)を使用した。
 このポリ乳酸はトウモロコシなどからつくられるデンプンや糖類を発酵させて得られる乳酸を原料とし、乳酸の直接縮合法により製造される加水分解型の生分解性樹脂である。直接縮合法で得られた高分子量のポリ乳酸は、汎用樹脂であるポリエチレンやポリスチレンと比較しても十分な強度を持っている。また、他の生分解性プラスチックに比べて高い透明性をもっており、湿った環境下でもカビが生えない特徴を持っている。
 試料は厚さ約30μm、シート巻き付け方向を横方向、シート幅を縦方向とし、シートを横110mm、縦10mmに切り出して試験片とした。

Fig.1PLAフィルムの切り出し方法)

2.2 分解の評価
2.2.1 力学物性の測定
  取り出した試験片を横50mm、縦10mmに切り出してFig.2の自作測定器で破断加重を測定した。破断加重とフィルムの幅、厚さから破断強度を計算した。
2.2.2 分子量測定
 PLAの分子量測定は、ウベローテ型粘度計(SHIBATA29-01)を用いて粘度法により行った。(Fig.3は粘度測定の様子
 粘度平均分子量Mvは下記の手順で算出した。
 
粘度法による分子量測定
手順1・溶液調整
@クロロホルム80ml中に質量測定したPLAを溶かす。 濃度c
A@の溶液から20mlとりクロロホルムを10ml加える。 濃度c =2/3・c
B@の溶液から20mlとりクロロホルムを20ml加える。 濃度c =1/2・c
B@の溶液から10mlとりクロロホルムを20ml加える。 濃度c =1/3・c
 
     流下速度300s以上−1000s以下の範囲におさまるようにする。
        ηsp=0.1〜1.0となるよう濃度調整
        ηrel=t/t=1.1〜2.0
 
手順2 溶媒の粘度測定
@洗浄・減圧乾燥
  クロロホルム洗浄→アセトン洗浄→毛細管口からアスピレーターで吸引し減圧乾燥
A恒温槽 溶媒(クロロホルム)の流下時間 ()測定→3回の平均値
B洗浄・減圧乾燥
  クロロホルム洗浄→アセトン洗浄→毛細管口からアスピレーターで吸引し減圧乾燥
 
手順3 溶液の粘度測定
@洗浄・減圧乾燥
  クロロホルム洗浄→アセトン洗浄→毛細管口からアスピレーターで吸引し減圧乾燥
A溶液(濃度 g/dl)の流下時間 ()測定→3回の平均値
B洗浄・減圧乾燥
  クロロホルム洗浄→アセトン洗浄→毛細管口からアスピレーターで吸引し減圧乾燥
Cc0 1 2 の4濃度について測定
 
手順4 データ処理
@溶媒の通過時間 t  溶液の通過時間 t から 
 相対粘度ηrel (ハーゲンポアズイユの式より)を求めた。
式1 ηrel=η/η0=ρt/ρ =t/t(g・cm-1・sec-1)
                       ρ、ρは溶媒、溶液の密度
                       η0、ηは溶媒、溶液の絶対粘度
 高分子中での広がり、大きさ
  → 高分子が溶剤に溶けたために粘度が相対的にどれだけ変わったかの割合 = 比粘度ηsp
 
A相対粘度ηrel から比粘度ηsp を求めた。
式2 ηsp= (η−η0)/ η0 =ηrel−1
B濃度が高くなるほど比粘度ηsp は大きくなる。そこで100ml(1dl)中に1g溶解したときの比粘度にするために、比粘度ηspを濃度c g/dlで割って還元粘度(換算粘度)ηredを求める。
式3 ηred=ηsp/c
    還元粘度の単位g/dlの意味
      物質量x=w/Mより  xM=w、M=分子1個の質量・アボガドロ数
          アボガドロ数・x=分子数などの関係から、g/dlは
          体積/分子1個の質量・分子数となり分子鎖が溶液中で占める比容積を示す単位。
 
C還元粘度ηred=ηsp/c と c のグラフをつくる。
  グラフの傾きからk’、c→0に外挿して [η]=縦軸切片

   または、[η]=(1+4k’ηsp)1/2−1
              2k’c
 
         ηsp/c =[η]+k’[η]c +・・・
         濃度の小さいところでは近似的に            

              ηsp/c =[η]+k’[η]

       k’は直線の傾きに比例する無次元のパラメーターで、Hugginsの定数
       k’=0.3〜0.6ならば[η]の測定は成功
D本質粘度ηinh=(ln ηrel)/c と c のグラフをつくる。
  グラフの傾き=−(1/2−k’)、c→0に外挿して [η]=縦軸切片
 
      ln ηrel/c =[η]−(1/2−k’)[η] c+・・・
      ln ηrel/c =[η]−(1/2−k’)[η] c
 
E[2(ηsp−ln ηrel)]1/2/c と c のグラフをつくる。
  グラフの傾き=(k’−1/3)、c→0に外挿して [η]=縦軸切片
 [2(ηsp−ln ηrel)]1/2/c=[η]+(k’−1/3)[η] c+・・・
 [2(ηsp−ln ηrel)]1/2/c=[η]+(k’−1/3)[η] c
 
*極限粘度[η]=[ηsp/c]c→0はBCDから矛盾無いように求める。
FMark-Houwink-Sakuradaの式 [η]=K・M  より M を求める5)
 ただし、 K=5.45×10−4
      a=0.73
 
2.3 カルボン酸水溶液中での分解試料の作成
 @Table.1のようにカルボン酸水溶液1000mlを調整した。
 A1分解試料につき250ml試薬びん4本を用意し、それぞれ200ml入れた。
 Bカルボン酸水溶液を定温乾燥機中で100℃にした後、ポリ乳酸フィルムを各びんに4本ずつ入れた。
 C定温乾燥機中100℃に保ち、一定時間経過ごとに試薬びん中のポリ乳酸をすべて取り出し、これを分解試料とした。1分解試料につき、取り出し時間の異なる(加水分解度の異なる)4種類の分解試料を得た。


2.4 カルボン酸中での分解実験
 @ギ酸、酢酸、n−プロピオン酸、酪酸、n−ヘキサン酸を250ml試薬びんに、それぞれ200ml入れた。
 Aカルボン酸の入った試薬びんを定温乾燥機中で100℃にした後、ポリ乳酸フィルムを各びんに入れて、変化を観察した。
 
3 結果及び考察
3.1 カルボン酸水溶液中での粘度平均分子量と破断強度の変化

 Fig.5は3Mのカルボン酸水溶液中でのポリ乳酸の粘度平均分子量と破断強度の変化を示したものである。ポリ乳酸の破断強度の低下は、分子量の低下と一致している。つまり、破断強度の低下とは、分子量の低下であり、ポリ乳酸の加水分解の進行である。
 
3.2 3Mのカルボン酸水溶液(100℃)中での破断強度の経時変化

 コントロールとして蒸留水(100℃)中に300分間置かれたポリ乳酸は平均78.9MPaの破断強度を示し、約90%もの破断強度を維持していた。 Fig.6は、3Mのカルボン酸水溶液(100℃)中でのポリ乳酸の破断強度の経時変化を示したものである。蒸留水中に比べ、カルボン酸水溶液中ではポリ乳酸の破断強度が急激に低下した。ポリ乳酸の破断強度の低下は、

の順に速くなっている。つまり、水溶液中のカルボン酸のアルキル基が長いほど、ポリ乳酸の加水分解は促進される。また、一般に、分子量低下は高pHと低pHで促進される7)。しかし、カルボン酸の酸解離定数とpHはTable.2の通りで、実験に用いたカルボン酸ではシュウ酸、1価のカルボン酸ではギ酸が最も強い酸となることから、単に酸強度が強い溶液であるために破断強度が低下したとはいえない。



3.3 濃度の異なるカルボン酸水溶液中での破断強度の経時変化
 

 
 Fig.7は濃度の異なるカルボン酸水溶液中に置いたポリ乳酸の破断強度の経時変化を示したものである。同じカルボン酸水溶液では高濃度ほどポリ乳酸の破断強度は速く低下している。

3.4 1価、2価のカルボン酸水溶液中での破断強度の経時変化
 


 Fig.8は1価のカルボン酸水溶液中と2価のカルボン酸水溶液中に置いたポリ乳酸の破断強度の経時変化を示したものである。ポリ乳酸の破断強度は2価のカルボン酸水溶液中に置かれたものより1価のカルボン酸水溶液中に置かれたものの方が速く低下している。つまり、ギ酸、シュウ酸のようなカルボキシル基にアルキル基がついていない場合、ポリ乳酸の分解にカルボキシル基の価数は関係していないといえる。

3.5 カルボン酸中でのポリ乳酸の分解(溶解)
 100℃のカルボン酸にポリ乳酸を入れるとTable.3のような変化を示した。また、冷却するとポリ乳酸が析出した(Fig.9)。
 カルボン酸自体に分解能力があるならば、カルボン酸100%でポリ乳酸を分解するはずである。そして、その分解能力は実験結果3.2 酪酸>プロピオン酸>酢酸>ギ酸の順になるはずである。しかし、カルボン酸へのポリ乳酸の溶解は、

となり、カルボン酸が水溶液中で示したポリ乳酸の分解促進度と反対の傾向を示した。酢酸析出物、プロピオン酸析出物の分子量測定から、ポリ乳酸は加水分解されていないことが分かったが、カルボン酸がポリ乳酸の加水分解を促進するには水溶液でなければならないということである。したがって、カルボン酸水溶液中では疎水性のアルキル基よりは親水性のカルボキシル基がポリ乳酸の加水分解に直接はたらいていると考えられる。



3.6 考察
 実験結果から、ポリ乳酸の加水分解は水溶液中のカルボン酸の存在によって促進されることが分かった。加水分解の促進度は水溶液中のカルボン酸のアルキル基の長さによって異なり、アルキル基の長い方が加水分解促進度が大きい。しかし、カルボン酸水溶液ではなくカルボン酸だけの場合はアルキル基が短い方がポリ乳酸の溶解性が高く、加水分解は起こらない。これら溶液の加水分解促進度、溶解性の違いから、ポリ乳酸の水溶液中での加水分解に影響を与えているのはカルボン酸のカルボキシル基であり、カルボン酸のカルボキシル基の加水分解促進度はカルボン酸のアルキル基によって決まると考えられる。
 一般に、ポリ乳酸は非酵素的な加水分解によって低分子化する。これは、末端カルボキシル基による自己触媒反応であり、低分子量ほど分解速度が速まる。ポリ乳酸の分子末端のエステル結合は、分子内部のものよりも10倍速く加水分解を受ける7)。このことから、水溶液中でのカルボン酸のカルボキシル基による加水分解促進効果はFig.10のように、ポリ乳酸内部に浸透したカルボン酸のカルボキシル基がポリ乳酸分子鎖の末端カルボキシル基のような効果を示して、ポリ乳酸分子内部のエステル結合を加水分解しているためであると考えられる。また、ポリ乳酸内部に浸透したカルボン酸のカルボキシル基が加水分解促進効果を示すためには、カルボン酸のアルキル基部分がある程度長い必要がある。
 
 

4 結論
 ポリ乳酸の加水分解は水溶液中の適当なカルボン酸の存在によって促進される。
ポリ乳酸の加水分解速度は水溶液中のカルボン酸の物質量やアルキル基の長さによって異なる。水への溶解度の大きいカルボン酸のうち、加水分解促進度の大きさは次のようになる。

 
5 今後の課題
 今後はアルキル基にハロゲンなどの電子吸引性の置換基を導入した実験等を行い、カルボキシル基がポリ乳酸の加水分解にどのように関わっているのかを研究し、カルボキシル基がポリ乳酸の加水分解を促進する機構の解明をさらにすすめたい。

参考文献
1)土肥 義治編:生分解性プラスチックのおはなし,日本規格協会,(1996)
2)望月 政嗣:生分解性ポリマーのはなし,日本工業新聞社,(1995) 
3)勢多農林高等学校理科部:第16回化学クラブ研究発表会講演予稿集,日本化学会関東支部,p.23、24(1999)
4)勢多農林高等学校理科部:群馬県高等学校農業クラブ各種発表会発表論文(1999)
5)A.Schindler and D.Hharpar,J.Polym.Sci.17,2593(1979)
6)丸山和博、速水醇一、大谷晋一、児嶋真平:有機化学序説,p219,化学同人(1983)
7)辻 秀人、筏 義人:ポリ乳酸,p20、21,高分子刊行会,(1997)