メタン発酵における好適pHの研究
農業高校としてできる地球温暖化防止のための活動
群馬県立勢多農林高等学校
理 科 部
1 はじめに
昨年1997年は12月に京都で気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)が開かれるということで、地球温暖化に関する報道が新聞・テレビ等で盛んに報じられていた。どの情報も地球温暖化の深刻さと、このまま進む将来への不安を伝えるものであった。私たちも今何が起きているかを知れば知るほど、地球温暖化の深刻さに愕然とし早急な対策を願わずにはいられなかった。わずかな気候変動でも農業には深刻な被害をもたらす。農業高校で学び「将来は農業でがんばろう」と考えている私たちにとって、地球温暖化がもたらす予測不可能な気候変動は私たちの進路に立ちふさがる壁のようにさえ感じられる。私たちが抱くこの将来への不安は、過去の経験からも分かることである。
将来、農業に従事することを目指す私たちにとって地球温暖化は深刻な問題である。私たち理科部は、地球温暖化という環境問題の理解と問題解決のための行動を1996年から1998年度まで3年間の活動の中心に置いた。そして、地球温暖化を防ぐにはどうしたらいいかという議論を重ねてきた。私たちが普通の生活を続ける限り、温室効果ガスは排出され続ける。私たちにできることは何か。温室効果ガスの約85%はエネルギーを得るために排出される二酸化炭素である1)。まずは普通の生活を見直して、化石燃料の使用量を削減することである。そして、さらに化石燃料に代わるエネルギーとして再生産可能なバイオマスエネルギーの利用に転換することだと考える。私たちはバイオマスエネルギーのなかでも、廃物からつくれるという点でリサイクル性の高いメタン発酵によるメタンの生成、利用に期待している。
家畜糞尿のメタン発酵からメタンを取り出し、エネルギーとして使う技術はすでに知られているものである。しかし、戦後一時的にブームになったこともあったが、今ではほとんど行われていない。二酸化炭素の約20倍もの温室効果をもつメタンは、昨年の京都会議でも排出規制の対象となっており、家畜が出すメタンや水田・堆肥等から排出されるメタンの削減が求められ農業全体の問題となりつつある2)。このような時代、自然界に放出されるメタン発生源のうちの家畜糞尿を回収しメタン発酵させてメタンを取り出しエネルギーとして利用できれば、自然界に放出されるメタンの削減と化石燃料の使用削減ができ、温暖化防止に役立つのではないだろうか。私たちの高校は農業後継者を育成する目的をもっている。私たちの研究が、これから農業へ従事する友人たちのメタン発酵利用のきっかけなってもらえればと考えている。
2 実験1
2.1 実験1の目的と概要
家畜の糞尿からメタンを取り出すことがおこなわれていた頃の話を聞くと、メタン発酵させるまでの間に石灰や灰を加えることもあるという。また、どれくらい入れるかは経験的なものであるという。石灰や灰を加える理由はpH調整だと思われるが、メタン発酵させるもの(培地)のpHが、メタン発酵に影響を与えている可能性を示している。
そこで、牛糞を培地としてメタン発酵をおこない、培地のpHがメタン発酵にどのような影響を与えるかを確認した。また、発生気体の体積測定時にpH調整をおこない、ばいちのpHを固定した。
2.2 メタン発酵、メタンの確認方法
メタン発酵は、嫌気的な環境下で起こる普遍的な微生物反応であり、メタン発酵で発生するガスの組成はメタン約60%、二酸化炭素約40%である。3)、4)したがって、嫌気性下で大量の可燃性気体が発生するならばメタン発酵であり、気体主成分はメタンであることが確認できる。そこで、本実験では発生気体の体積測定後、その気体を洗浄ビン内に移し、手で圧力を加えて継続燃焼させる方法で、燃焼試験をおこないメタンの存在を確認した。
燃焼実験の写真
2.3 種菌
牛糞に水田の土を少量加え、室温(28℃前後)で十分にメタン発酵させこれを種菌元とした。牛糞に種菌元を少量入れて、室温(23℃前後)で十分にメタン発酵させたものを種菌とした。
2.4 各試験培地の構成
各試験培地のpH決定には、発酵過程での生成物によるpH変動を考慮して、酸性・中性・塩基性の3域を考えた。
蒸留水を加える理由は、牛糞を空気と遮断する(嫌気状態にする)ためである。
Table.1 実験1の各試験培地の構成
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牛糞
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種菌
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蒸留水を加えた全体量
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pH
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1区
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250g
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50g
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700g
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4.0
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2区
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250g
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50g
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700g
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5.0
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3区
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250g
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50g
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700g
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7.0
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4区
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250g
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50g
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700g
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9.0
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5区
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250g
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50g
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700g
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10.0
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*培地のpHは水酸化ナトリウム水溶液(約2N)、塩酸(約2N)で調整した。
2.5 実験装置
Fig.2 実験1の実験装置
2.6 実験1の方法
2.6.1 実験装置組立
@pHを調整した培地(Table.1)を実験容器に入れ、実験装置(Fig.2.)を組み立てた。
A実験容器内の酸素を取り除く目的で二酸化炭素を約300ml加えた。
B実験装置を電気定温器に入れ、40℃で発酵させた。
2.6.2 測定
手で触れてみて、実験容器内の圧力が高まったところで発生気体の体積を測定した。また、この際、水酸化ナトリウム水溶液(約2N)、塩酸(約2N)でpHの再調整をおこなった。
@メスシリンダーへの水上置換によって発生気体の体積測定をおこなった。
Aメスシリンダー中の気体を、石灰水に通して発生気体から二酸化炭素を取り除き、残りの気体の体積をメタンの体積とした。
3 実験1の結果と考察
3.1 メタン発酵について
試験培地3区pH7.0からの気体発生量、メタン発生量が特に多く、それ以外の試験培地からはわずかしか発生しなかった(Table.3、Fig.4)。
Fig.5は試験培地3区pH7.0からの気体総発生量のグラフに傾きを書き加えたもので、グラフの傾きは気体発生の速さを表す。試験培地3区pH7.0では40時間前後に増加した気体発生の速さが、80時間前後に再度増加している。Fig.6は試験培地3区pH7.0からのメタン総発生量のグラフに傾きを書き加えたもので、グラフの傾きがメタン発生の速さを表す。試験培地3区pH7.0では50時間前後に増加したメタン発生の速さが、90時間前後から再度増加している。気体発生の速さが増加してからメタン発生の速さの増加がみられるが、気体発生の速さとメタン発生の速さが増加していることはメタン発酵の活発化を示している。
酸性、塩基性の試験培地では、わずかしか気体が発生しなかった。このことは、酸性、塩基性の試験培地でメタン発酵がわずかに起きたとは言い切れない。試験培地は静止状態で置いてあるため、部分的にpHがメタン発酵に適したpHになっている可能性がある。この点については、他のデーターを用いて3.3でもう一度考察する。
Table.3 各試験培地のメタン総発生量と発生順位
順位
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試験培地とpH
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メタン総発生量
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気体総発生量
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1位
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3区 pH7.0
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1846ml
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3293ml
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2位
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4区 pH9.0
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215ml
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282ml
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3位
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5区 pH10.0
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111ml
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183ml
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4位
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2区 pH5.0
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90ml
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144ml
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5位
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1区 pH4.0
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45ml
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73ml
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Fig.4 各試験培地からのメタン総発生量
3.2 共生状態について
メタン発酵は、高分子量の有機物をいろいろな微生物(微生物群)が連携して分解していき二酸化炭素、水素、ギ酸などになり、最終的にメタン生成菌が水素やギ酸を酸化して生じた電子を利用して二酸化炭素を還元し、メタンを生成するものである4)。つまり、メタン発酵とはいろいろな微生物との共生状態が形成されなければ起こらない。その微生物群の活動状態が活発なほど気体発生量は多く、pHは酸性に傾き、発生した気体中の二酸化炭素の割合は大きい。また、メタン生成菌の活動が活発なほど発生気体中のメタンの割合は大きくなり、酸をつくる微生物群と、酸を消費するメタン生成菌との共生状態が良好ならば培地のpH変化がみられなくなる。したがって、培地のpHが安定し、かつ気体発生量が多く、発生気体中のメタンの割合が大きくなるほど、微生物群とメタン生成菌との共生状態は良好であるといえる。
気体・メタン発生の速さからみた共生関係
試験培地3区pH7.0では40時間前後に気体発生の速さが増加し、50時間前後にメタン発生の速さが増加した。また、80時間前後に気体発生の速さが再度増加し、90時間前後にメタン発生の速さが再度増加している(Fig.5、Fig.6)。気体発生の速さが増加してからメタン発生の速さの増加がみられるが、これは微生物群の活動が活発化してからメタン生成菌の活動の活発化が起きていることを示している。90時間前後から微生物群とメタン生成菌との共生状態は良好になったといえる。
発生気体中のメタンの割合からみた共生関係
Fig.8は試験培地3区pH7.0から発生した気体中のメタンと二酸化炭素の割合を追ったグラフである。実験開始約60時間までの発生気体中の二酸化炭素の割合が異常に大きいが、実験開始時嫌気状態にするために加えた二酸化炭素の影響もあると考えられる。したがって、実験開始後63時間以降のデータで考察をすすめる。メタンの割合は63時間から137時間までは平均51.7%であったが、それ以後平均66.8%と上昇した。これは、143時間前後に微生物群とメタン生成菌の共生状態がさらに良好になったことを示している。このことは、Fig.9の試験培地3区pH7.0のpH変化からも裏付けられる。90時間から130時間前後まで安定していたpHが、143時間前後から7.0よりも大きい値を示すようになった。つまり、共生関係にある微生物が活発ならば試験培地が酸性側へ傾くわけだが、メタン生成菌が酸を十分に処理できるようになりpHは酸性側へ傾きにくくなっているからである。
酸性、塩基性の試験培地での共生関係
酸性、塩基性の試験培地からの気体発生量は極端に少ないが、発生気体中に占めるメタンの割合が大きい(Fig.7)。この点については、次のような仮説が立てられる。
@発生気体に占めるメタンの割合が高いという点からは、共生関係にある微生物群にと って都合の悪いpHであるがメタン生成菌にとっては都合の良いpHである。
Aどちらにも都合の悪いpHであるが、培地中のpHが部分的に変化していて良好な共 生状態が成り立っていた。
@については共生関係にある微生物群のみに都合が悪いというのは、Fig.9の塩基性の試験培地のpHが酸性側へ大きく傾くということと矛盾する。
Aについては、実験中、酸性・塩基性の試験培地は静止状態である。pH測定の結果、酸性、塩基性の試験培地は中性側へのpH変動がみられた(Fig.9)。pH変動の大きい塩基性の試験培地の方がメタン発生量は多い。以上の点から部分的なメタン発酵が起きて、部分的には良好な共生状態が成り立っていると考えられる。
3.3 pHからメタン発酵
実験では気体発生量測定時にpH測定とpH調整をおこない、pH調整には水酸化ナトリウム水溶液(約2N)、塩酸(約2N)を用いた。牛糞や土の場合、それ自体が溶解してpHに影響を与えるものであり、牛糞のpHはほぼ中性7.0で、しかも緩衝作用がみられる。牛糞の緩衝作用が発酵初期段階にあらわれることを考慮して考察をおこなう。
酸性の試験培地
発酵初期段階で中性側へ傾く傾向がみられる。これは、一度調整しても牛糞の溶解にともなって牛糞の緩衝作用があらわれるためである。この緩衝作用がグラフ(Fig.9)上みられるのも実験開始から90時間前後までであり、それ以降は緩衝能力が失われる。90時間以降のpH変動は試験培地1区pH4.0ではほとんどなく、試験培地2区pH5.0ではごくわずか中性側へ傾く程度である。
塩基性の試験培地
pHが中性側へ大きくかたよる傾向がある。発酵初期段階の変動は牛糞自体の影響であるが、90時間以降は共生関係にある微生物群の活動により出された酢酸やギ酸などの酸によるものと考えられる3),4)。特に、試験培地4区pH9.0は大きく中性側へ傾いている(Fig.9)。酸性・塩基性試験培地90時間後のpH変動の違いは、メタン総発生量の差に関連づけられる。つまり、酸性側の試験培地よりは塩基性側の試験培地の方がメタン総発生量が多いが、これは共生関係にある微生物群の活動により出された酢酸やギ酸により部分的にメタン発酵に適したpHなりやすいためであると考えられる(Fig.3、Fig.9)。
中性の試験培地
発酵初期にやや酸性側へ傾く傾向がみられpHが7.0を下まわっていたが、110時間前後からpHが7.0を上まわるようになった。
酸性、塩基性培地における部分的な共生
酸性、塩基性の試験培地では、わずかにメタンが発生した。Fig.10は気体の最終総発生量に対する総発生量の割合である。全実験時間191時間中ほぼ半分の100時間の各試験培地からの発生割合に注目してみると、十分な気体発生がみられた試験培地3区pH7.0で30%程度である。50%を下まわっている理由は、50時間前後、90時間前後で気体発生の速さが増加しているためである。これに対して試験培地1区pH4.0・5区pH10.0では約90%が発生してしまっていて、それ以降はほとんど発生していない。pH変動が安定した100時間後ではメタン発酵が起きず、100時間以降は発酵に適さない条件であったということである。実験開始から90時間前後までは培地自体の緩衝作用が現れるためpH変動がおきることは明らかである(Fig.9)。試験培地は静止状態においてあるため、部分的に好適pHになりやすい。その結果として、部分的な好適pHが成立しやすい時間に発生した気体の割合が高くなる。これは3.2で考察した部分的な共生状態の成立と一致する。
また、試験培地2区pH5.0・4区pH9.0では発生割合が50%以下であるが、気体総発生量自体がかなり少ないうえに(試験培地2区pH5.0の気体総発生量は試験培地3区pH7.0の4.4%程度)、試験培地1区pH4.0・5区pH10.0よりも
pH7.0に近い分100時間以降も試験培地中の部分的なpH変動によってわずかな気体発生がみられたためである。
3.4 実験1のまとめ
以上の結果、次のことが分かった。
@メタン発酵には中性の培地が適している。
A酸性や塩基性の培地ではメタン発酵は起こらない。
Bメタン発酵による気体発生の速さは一定ではなく、少なくとも2回の速さの増加がみられる。
Cメタン発酵による気体発生の速さが増加した後、しばらくして発生気体中のメタンの割合が増加する。
Dメタン生成菌と共生関係にある微生物群の活動によって培地のpHは酸性側へ傾く傾向があるが、共生状態が良好になるとpHは7.0よりわずかに塩基性側へ傾く傾向を示す。
E微生物群とメタン生成菌の共生状態が良好になると発生気体中のメタンの割合が増加するが、メタン生成菌がすべての二酸化炭素をメタンに変えることはない。メタンは発生気体中60〜70%程度である。
F培地での共生状態は部分的に成立できる。
4 実験2
4.1 実験2の目的と概要
メタン生成菌は嫌気性要求度の厳しい絶対嫌気性菌であり、メタン発酵には高度の嫌気性が求められる。メタン発酵のため、常に培地のpHを監視し、たびたびpH調整することは実用的ではない。実用性ということを考慮した場合、メタン発酵開始時のみpH調整をおこない、その後はいっさい実験容器を開けないのが最適である。
実験1から試験培地が中性のときが最もよいということと、塩基性側にあっても共生関係にある微生物群の活動によって中性側へ大きく傾く傾向がみられることが分かった。この実験結果から、最初だけpHを中性から弱塩基性に調整しておけば、後はpH調整の必要がないということが予想できる。実験2では、最初だけpHを調整して、発酵開始時のpHの違いがその後のメタン発酵にどのような影響を与えるかを調べることを目的とした。
実験2では、試験培地を嫌気性にする目的で試験培地に加える水に緩衝作用を持たせ、その緩衝液を加えることにより各試験培地のpHを変化させ、その後のpH調整はせずにメタン発生量の変化を調べた。pH調整に用いる水に緩衝液を用いた理由は、実験開始後に生じる牛糞自体の緩衝作用を低下させて、各試験培地のpHの違いによる影響が大きくなるようにするためである。各試験培地のpHは実験1から得られた結果を参考に、中性から弱塩基性側のpH6.5からpH8.5まで0.5刻みとした。また、実用化時の低コスト化を考慮して、実験1で嫌気性状態をつくるために発酵開始時に加えた二酸化炭素は加えないこととした。
4.2 メタン発酵、メタンの確認方法
実験1と同じにした。
4.3 種菌
実験1と同じものを使用した。
4.4 各試験培地の構成
Table.3 実験2の試験培地の構成
牛糞 種菌 緩衝液 緩衝液のpH
1区 3.0kg 1.4kg 5.0kg pH6.5
2区 3.0kg 1.4kg 5.0kg pH7.0
3区 3.0kg 1.4kg 5.0kg pH7.5
4区 3.0kg 1.4kg 5.0kg pH8.0
5区 3.0kg 1.4kg 5.0kg pH8.5
Table.4 緩衝液200[ml]の構成
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A液:
KH2PO4 水溶液0.2M
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B液:
NaOH水溶液0.2M
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C液:
ホウ酸塩化カリウム液*
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A、B、C液を混合し、水を加え全体量を200mlにした。
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1区 pH6.5
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50.0ml
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14.7ml
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0ml
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全体量200ml
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2区 pH7.0
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50.0ml
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29.6ml
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0ml
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全体量200ml
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3区 pH7.5
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50.0ml
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40.5ml
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0ml
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全体量200ml
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4区 pH8.0
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50.0ml
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46.8ml
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0ml
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全体量200ml
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5区 pH8.5
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0ml
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9.5ml
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50.0ml
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全体量200ml
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*ホウ酸12.495gに塩化カリウム14.912gとを水に溶かして1リットルの溶液としたもの。
(立天文台編 理科年表平成7年 丸善より)
4.5 実験装置

Fig.13 実験装置の写真
4.6 実験2の方法
4.6.1 実験装置組立
@実験装置(Fig.13)のポリタンクに牛糞約3.0kg、種菌約1.4kg、緩衝液5.0kgを入れた。
入れた緩衝液のpHは各試験培地ごとに、1区pH6.5、 2区pH7.0、
3区pH7.5、 4区pH8.0、 5区pH8.5とした(Table.3)。
また、緩衝液の構成はTable.4を参考に調整した。
A室温で放置し、メタン発酵をさせた。
実験期間は1997年10月1日から11月15日までで、Fig.16は外気温と室温のグラフである。
4.6.2 測定
ポリタンクが十分に膨らみ、内部の圧力が高まったところで発生気体の体積を測定した。
@メスシリンダーへの水上置換によって発生気体の体積測定をおこなった。
Aメスシリンダー中の気体を石灰水に通して二酸化炭素を取り除き、残りの気体の体積をメタンの体積とした。
5 実験2の結果と考察
メタン発酵が起きるまでの日数、発生量の点から試験培地2区pH7.0が最も良い結果となった。
(Fig.14)
グラフの傾き(メタン発生の速さ)の変化から考察をすすめるが、20日前後から再度増加したメタン発生の速さが、25日前後から小さくなるのは気温(室温)の影響であると考えられる。 (Fig.15、Fig.16)
試験培地2区pH7.0、1区pH6.5では実験開始16日目前後から活発なメタン発酵を始めている。しかし、気温低下の影響で25日前後からメタン発生の速さが落ちるが、試験培地2区pH7.0の方が落ちにくい。これは、メタン発酵の活性状態の違いから生じたものと考えられ、直前までメタン発酵の良好な試験培地2区pH7.0の方がメタン発生の速さが落ちにくい。これと対照的に、メタン発酵が良好でない試験培地5区pH8.5はメタンの発生が止まってしまった。この結果は、メタン発酵の活性状態と温度がメタン発酵に大きな影響を与えることを示している。
試験培地3区pH7.5、4区pH8.0では実験開始16日目前後から少ないながらもメタンが発生している。そして、20日前後からメタン発生の速さは増加し、試験培地2区pH7.0、1区pH6.5の速さとほぼ同じになった。
メタンを安定的に発生し続けるようになった各試験培地のpHは7.5から7.7を示した(Fig.17)。このことから、メタン発酵をスタートさせるときのpHは7.0が好適であるが、メタン生成菌の活動をも含めたメタン発酵の好適pHは7.5から7.7であるといえる。このことは、実験1の試験培地3区pH7.0の110時間以後にみられるpH変化、pHが7.0よりも大きくなる傾向と一致する(Fig.9)。
実験1では嫌気状態をつくるために実験開始時に加えた二酸化炭素を実験2では加えなかった。しかし、メタン発酵が始まる前のいろいろな細菌の活動によって出される二酸化炭素等によって嫌気状態が実現して、メタン発酵が始まる。したがって、メタン発酵を行わせるためにわざわざ二酸化炭素を添加する必要はない。
6 メタン発酵をおこなううえでのポイント
6.1 メタン発酵を行うための好適pHとpH調整のポイント
メタン発酵をエネルギー獲得手段として実際に利用する場合、次のような点を考慮してpH調整を行う。
@メタン発酵の好適pHには2つあり、メタン発酵開始時の好適pHは7.0で、メタン発酵中の好適pHは7.5から7.7である。
*メタン発酵開始時には、メタン生成菌と共生関係にある微生物群にとって好適なpH7.0が求められ、メタン発酵中は、メタン生成菌も含めてメタン発酵全体として好適なpH7.5から7.7が求められる。
Aメタン発酵を始める場合、培地のpHは@の好適pH7.0付近である必要がある。
*大きく酸性に傾いている培地の場合はpHを塩基性に調整する必要があるが、pHの調整は最初の1回だけでよい。
*メタン発酵開始時の好適pH7.0に調整すれば、それだけ早くメタン発酵が始まる。
Bメタン発酵が起こらない場合は培地が酸性側へ傾いていると考えられる。したがって、pHを塩基性側に調整する必要がある。
*塩基性側へ傾いた培地では共生関係にある細菌の働きによって中性側へ傾くので、やがてメタン発酵は始まる。しかし、大きく酸性に傾いている培地ではメタン発酵は起こらない。
C酸性側へ傾いた培地をpH調整する際に投入する石灰や灰は、培地のpHを塩基性側へもっていくぐらいのつもりで大量に投入してよい。
*pHを7.0にするための必要量を投入するのが最適であるが、実用化した場合大量の石灰や灰を投入し十分に撹拌してpHを調整することは設備的なコストの上昇となる。石灰や灰を入れすぎて培地が塩基性側へ傾いたとしても部分的な共生状態が成立して共生関係にある細菌の生成物によってpHは中性側へ傾くので、やがてメタン発酵は始まる。
6.2 その他のポイント
@メタン発酵開始時に二酸化炭素を添加して嫌気状態をつくる必要はない。
*メタン発酵が始まる前のいろいろな細菌の活動によって出される二酸化炭素等によって嫌気状態が実現される。したがって、水を加えて培地を嫌気性状態にするだけでよい。
Aメタン発酵は気温による影響が大きい。
7 今後の課題
今回の研究を進めていくなかでいろいろな文献にあたったが、メタン発酵やメタン菌についてかなり詳しく研究されていることが分かった。反面、実用化を取り上げた文献には経験的な記述が多く、未経験者がメタン発酵を独力で実現するには非常に困難であった。
私たちが毎日使っている化石燃料は特別な知識や経験を必要としない。しかし、メタン発酵には幾種類もの微生物の培養という側面があり特別な知識を必要とする。過去に行われたメタン発酵について経験者に話を聞くと、もうやりたくないという声が多く返ってきた。理由を聞くとメタン発酵に対する情報不足が、メタン発酵利用の否定になっているように思われる。
私たちは地球温暖化という環境問題解決のため、化石燃料に代わるエネルギーとして再生産可能なバイオマスエネルギーであるメタン発酵によるメタンの生成、利用を目指して研究を進めてきた。結果として、メタン発酵を行う上での好適pHとそれを実現するためのpH調整のポイントが分かった。しかし、メタン発酵利用には微生物の培養という面が大きく、それなりの手間がかかる。便利さではメタン発酵が石油やガスに代わるものではないが環境問題解決のために必要な技術である。私たちの研究目的は、情報提供を通じてメタン発酵に対する理解を広め、過去に失敗した農家のメタン発酵利用を復活させることである。今後は、メタン発酵のための好適温度の研究と、実用化のための発酵タンクの開発を行っていきたい。
8 おわりに
メタン発酵はいろいろな微生物の共生状態が形成されなければ起こらない。共生状態とはそこに住む特定の微生物だけに都合の良い環境ではない。研究の結果、メタン発酵にとっての好適pH7.5から7.7がすべての菌にとって生活しやすい環境ではないことが分かった。メタン生成菌と共生する微生物群はpH7.0付近を求める。しかし、その微生物群だけが栄えることは、その微生物の生産物(排出物)である酸によってその微生物群の好適pHは失われてしまう。メタン生成菌はこの排出物をメタンに変えてしまうことにより共生関係にある微生物群が住めなくなるのを防いでいる。メタン生成菌にとっての好適pHは共生する微生物群の好適pH7.0よりも上にある。メタン生成菌が好適なpHを求めれば発生気体中のメタンの割合は100%に近づくであろう。しかし、メタン生成菌はメタン発酵による発生気体中のメタンと二酸化炭素の割合を6:4としている。メタン生成菌のみにとって好適なpHは、共生する微生物群にとって住みにくい環境であることが予想される。メタン発酵にとって好適なpH7.5から7.7はどちらにとっても好適pHとはいえないが、お互いが共存できるということで選択されたpHである。また、メタン発酵による共生状態を共生関係にある微生物が自ら破壊することはない。メタン発酵を行っている微生物はお互いが譲り合うことで、共存できる環境を維持している。
私たちは知識として自然環境が動物、植物の共生から成り立っていることを知っていた。しかし、私たちは環境問題について議論するとき、「今の快適な生活を捨てられるか」、「もっと快適な生活を望むだろう」という問いかけに迷い、悩んでいた。メタン発酵によるエネルギーの獲得を考えたのも、快適な生活を捨てきれないからである。私たちはこの研究を通じて、私たちだけにとって快適な環境を求めることにより、私たちの生活環境を破壊することがいかに愚かな行為であるかを思い知らされた。特定の生物、人間に取って都合のよい環境ばかりを追い求めることは、地球に生きる生物の共生状態を破壊することである。
参考文献
1) フォーラムリポート Vol.2 No.5 エネルギー環境教育情報センター
2) トリガー1990 Vol.9 No.6 日刊工業新聞社
3) 古賀洋介 古細菌 東京大学出版会
4) 村尾澤夫、荒井基夫 共編 応用微生物学改訂版 培風館