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日帰り |
2005年3月19日 |
1月に道志川神ノ川キャンプ場〜三国山〜籠坂峠、2月に駿河小山〜箱根峠と、神奈川県の県境を歩いている。この三国峠と駿河小山の間、さらに箱根峠と湯河原との間を歩けば関東外県境のうち神奈川県の大部分を歩いたことになる。というわけで、19,20,21日の3連休で2つの区間を歩くことにした。交通の便と難易度を考えて先に三国山〜不老山、後に箱根峠〜湯河原を歩くことにした。三国山近くの山中湖まで新宿から高速バスが出ているし、道のある簡単の方を先にしておけば難しい方で敗退しても簡単な方は確実に登っておける。
朝5時半起き。前日は金曜日だったのでつい飲んで終電で帰ってしまった。3時間半の仮眠の後の出発。適当なザックが見つからなかったため、100リットルザックに適当に詰めて行く。
7:30ごろ、新宿駅に着く。新宿高速バスターミナルでザックを抱えて予約しておいた8:10新宿発山中湖行きを待つ。見ていると、河口湖行きなど富士方面は当然のこと、松本行きや飛騨高山行きなど遠くへ行くバスがあった。今日は3連休の初日、ほとんどのバスが満席だった。私も本当は山中湖バスターミナルより2バス停先まで行く平野行きに乗りたかったが、山中湖行きしか予約が取れなかった。
乗ってそのまま居眠り。富士急ハイランドに着いて降りる客がたくさんいたので起きる。中央道下りは込んでいたようで富士吉田駅に着いたときには20分遅れだった。見ると富士山が大きく、ちょっと見ただけでは富士吉田駅から12時間もかかるとは思えない近さだ。
忍野八海などところどころのバス停で人を降ろしながら終点旭が丘バスターミナル。降りたのは中高年2人、高校生っぽいのが5人くらい、と私。全員山っぽいザックを背負っていた。それでも周辺に縦走する山は少ないので、ほとんどはキャンプか釣りなのだろうか。ターミナルには地図がなかったが、湖が目の前にあったので反時計回りに歩き出す。時刻は10:50、出発にはかなり遅い。
しばらく歩いて地形図に載っている三国峠へのショートカット道に入る。幅員1.5m以上の実線の道はあったが、そのさき雪かきしてできた小山を越えて行く。足跡は少なく歩きにくい。やがて尾根上のススキの野原に出て直進すると平野から三国峠に通ずる車道に出た。地形図の登山道は谷沿いに直接三国峠に出ているのだが、こっちの方が歩きやすいし展望があってよかった。車を停めて眺めている人も多かった。富士山は籠坂峠のあたりが雲に覆われていたが、山頂は見えた。また、山中湖の向こうには南アルプスがくっきり見えた。北岳、間ノ岳、農鳥岳と白峰三山は数えることができたが、塩見岳や赤石岳はそれらしきピークが見えただけで判断がつかなかった。
車道に出てしまえばもうほとんど登ることなく三国峠についた。1月に神ノ川キャンプ場から歩いてきたところだ。地形図の三国峠に直接登る登山道を探しながら歩いたが、見つからなかった。休もうかと思ったが、どうせなら今回の最高峰になる三国山まで登ってしまってから休もうと思い、そのまま登りだす。雪の量は2ヶ月前と同じくらい、30cmから50cmくらいの深さの雪があったが、前と違って雪は固くしまっていた。
山頂までに休んでいた3人パーティーとすれ違い、峠から15分で山頂に着いた。鍋出してパーティー開いている中年パーティーと2人連れがいた。山頂は雪に覆われており、置かれていた丸太に座って一本とった。持ってきた行動食でもっとももろいウエハースを口にはさみながら記録をとる。南側の富士スピードウェイからブォンブォンとモーター音が聞こえてきた。
3/19 三国峠から三国山へ登る。2ヶ月前に来たときと同じくらい、30cmから50cmくらいの深さの雪があったが、前と違って雪は固くしまっていた。もっとも雪があったのは歩いていて三国山の前後20分くらいだった。 |
ここから東へと神奈川県と静岡県の県境を歩く。こっちを歩く人は少ないようで雪の上の足跡は少なかった。急坂を下っていくと雪もなくなり車道に出る。三国山東登山口と看板があった。この先、明神峠までは地形図には道が記されていないが、車道を渡ると道があった。車どおりは少ない。
三国山から不老山への山稜は上り下りの少ない歩きやすい道が続く。かなり距離が稼げるが、展望もなく単調な道でもある。ランニング登山を趣味にする人にはいいかもしれない。
明神峠は世附川と鮎沢川の間の峠の一つ。世附川側は細い車道が続いているが、ゲートがあって封鎖されていた。三国峠から稜線を巻いて車道が続いており、ここで駿河小山に下っている。明神峠から東に10mほど登ったところにベンチがあり、休めるようになっていた。振り返ると富士山にかかっていたガスが晴れ、箱根の山も愛鷹山も見えた。日差しは暖かいが南風が強い。樹林帯なので風は感じないが、木々がざわざわと揺れている。
明神峠から登ると976mピークあたりに送電線の鉄塔がある。周囲に木が植えられていて道が分からなくなる。鉄塔の下に出たら道を見つけることができた。明神峠890mから湯舟山1041mまでは登りだが、急登は少なく順調に距離を稼げる。湯舟山の手前ピークでは北側斜面を巻くところがあり、ここには少しだけ雪があった。これ以降雪はなかった。
巻きを終えると地形図にも載っている上野へ下る道が分かれていた。分岐には情報盛りだくさんの看板があり、有志の人が籠坂峠から不老山まで設置しているようだ。そして少しの登りで湯舟山。三国山から約1時間、きりがいいので一本とる。ベンチ代わりの丸太が置いてある簡素な山頂だ。木々の間から世附川の対岸の山が見える。菰釣山、高指山、そして三国山、大洞山と連なり、富士が控えている。1月はよく歩いたもんだ。菰釣山の後ろには御正体山が顔を出していた。
湯舟山から少しで白倉の頭。南に急な道を分けている。不老山への稜線も急な下り坂で黄色と黒のテープがぶら下がっていた。下りきって植林帯を歩いているとまた急な下り。高度をだいぶ下げて逢坂峠に出た。ここから峠があと2つ続く。登ると鉄砲沢の頭のようなススキの野原になり、不老山が見えた。下ると悪沢峠、登ると蘇峰台、下ると世附峠。
小さな登り下りで着く蘇峰台は好展望が得られた。菰釣山から北の大室山も見えたし、檜洞丸や蛭が岳も見えた。蛭が岳のあたりには雪が残っているようだった。世附峠は車道が乗り越しており、明神峠のようにゲートはなかったが車通りはなかった。きっと下のほうに車どめがあるのだろう。ベンチがあったが、不老山まで登って大休止とする。はじめは急な登り、上から夫婦が下ってきた。三国山からはじめての人である。もともと人が少ない山なのだろう。その上15時近くと時刻も遅い。不老山は上の方がなだらかでなかなか山頂に着かない。やっと着いた山頂は平たく、でも狭い。看板を見ると山頂がもう一つあるらしく、行ってみると木々の間の日陰だったので戻ってはじめの山頂で一本とった。湯舟山から1時間半。
ちょうど西側が開けており、富士山が見える。三国山、湯舟山と歩いて来た山が一望できる。ベンチ代わりの木が置いてあり、順調に来ていることもあって昼寝を決め込む。春の日差しも暖かく、人もおらず静かな山頂だった。
不老山から神奈川県と静岡県の県境の尾根を下る。看板によると10年前の95年には廃道同然だったとか。右に車道へ下る道を分けると急で歩きにくい道が数箇所ある。ときどき昔の炭焼きの道とかいう道を分けながら歩く。680m鉄塔ピークから下ると、右手に車道に下る道が2度分かれる。1本目は急な斜面を3分下ると着くと書いてあったが、2つ目の分岐は明示してなかった。614mピークは西から巻くが、県境尾根を行く道に加えて東へ下る道もあり分かりにくい。鉄塔のあるほうが県境尾根だが、その先道標なくヤブっぽくなってくる。ときどきある看板は入会地の区分が書いてあるだけで現在地も書いてない。
谷が岳525m三角点峰で誤って東の尾根に入ってしまうが、夕暮れの太陽を背中にしていることに気がつき、引き返す。そのさきで道は稜線と生土集落に分かれるように地形図には書かれているが、生土集落に下る道ははじめの10mほどしかなかった。道のついている484m峰を往復してこの道を下ろうと思っていたが、また484m峰に行くことになった。
さらに484m峰以下は県境が谷沿いになり採石場を通るために、県境の西の尾根へ逃げる。探すと何とか道が続いていたが、途中尾根が二股に分かれるところは迷った。東側に道は続いており、地形図に載っている鉄塔の下をくぐり、工事用ロープのぶら下がった急な下りをこなしてまた鉄塔、そして国道246号線の擁壁の上の畑に出た。484m峰以下は地形図に道がなく、ひやひやだった。
あとは車道を歩いて駿河小山の駅に着いて駅から西へ10分程の「小山健康福祉会館 ふじみセンター」の風呂に行く。300円と安かった。下駄箱には軽登山靴が並んでおり、山に登る人は知っているようだ。
そのあと、次の箱根・鞍掛山に備えてJR御殿場線に乗り、国府津乗り換えで小田原、晩飯を食べて終バスで箱根町へ向かった。 (2005年3月21日記す)