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3日目 |
2003年10月13日 |
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鋸岳の核心部を過ぎてしまった今、あとやることは下るだけである。一番早いのは北沢峠に下るルートだが、今年は土砂崩れで甲府−広河原間のバスが運休しているので、戸台経由で下らなければならない。戸台を経由すると遠回りになるし、高速バスの席もない。そこで同じくらい時間がかかるのならと黒戸尾根を下ることにした。 |
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朝、起きるとテントにあたる風が強い。メシを食い終わって二度寝してなお風はやまず、三度寝する。気づけば6時。テントを撤収する。風はやっぱり強く、樹林帯に持ち込んでテントをたたんだ。戸部さんのサンダルも片方が夜のうちに飛ばされていた。 |
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風が強くて休めないのを見越し、一本で甲斐駒の頂上まで行くことにする。ときどき立ち止まらなければならないような風で、急登もあいまって息苦しい。甲斐駒へはいくつか平らなところがあるが、急なところもあった。一枚岩の花崗岩に針金がプラーンとぶら下がっているところがあり、靴のフリクションで登った。登りだからよかったものの、下りだったらどうするのだろう。 |
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いくつかのニセピーク(*1)にもだまされず、甲斐駒ヶ岳のピークを踏む。このパーティーは全員甲斐駒に登ったことがあるし、鋸岳のおまけということもあって、涙が出るほど感動はしなかった。永谷君は2回目、戸部さんと私は3回目、斎藤さんは4回目かな。正面には地蔵ガ岳のオベリスク、振りかえると鋸岳第一高点が競うように頭を天に向けている。こうやってみるとだいぶ遠い。ちょうどピークにいた人に写真を撮ってもらう。偶然にも全員赤いカッパだった。 |
(*1)本来ピークに本物も偽物も無いのだが、観測者のヌルイ希望が反映されて、下から見た傾斜変化地点がピークの様に感じられた場合、これを偽ピークと呼ぶ。一つでも偽ピークを見てしまったらどんどん精神が参ってくるので、ゴキブリ並に偽ピークに増えてくるのを注意する必要がある。 |
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山頂から下るときにハーネスを着けた集団にあった。聞くと黄蓮谷から登って来たらしい。この寒いのによく沢を登れるものだ。下りは八合目まで下ると風も収まり、ダックスフントを連れて歩いている人がいたり、平和だ。しかし、七丈小屋で休んでいると、小屋の主人に「これから天気が荒れるよ」と言われる。五合目で永谷君がトイレに行くと、みんな用を足しに行った。なし崩し的に一本とる。斎藤さんが帰ってくると頭から血を流していた。みんなで「力を入れすぎて頭の血管が切れたんだ(*2)」とはやした。実際はどこかにぶつけたらしい。 |
(*2)お年寄りの場合、早朝の排便で力みすぎて脳溢血を起こす事がまま有る。あまり笑い事にはならないので注意したい。 |
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五合目を過ぎると雨が降り始めた。そこからはもう沈黙の行進。私がトップを歩いていたが、だんだんとペースが速くなってしまうので、途中で後続を待ちながら歩いた。結局、竹宇駒ケ岳神社の尾白川渓谷まで休まず歩いた。神社に着くと雨は上がり、家族連れが歩いていたりして平和なアウトドア感が増す。しかし、車道終点に着いてみると戸部さんがいない。どこ行ったんだと、探しに行くと間違えて尾白川渓谷の遊歩道に入っていってしまったらしい。 |
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タクシーを呼ぶとすぐ来た。「むかわの湯」なる風呂まで送ってもらう。一人500円。ザックを外に置いて、ゆっくり浸かって、さあ外へ出ようと思ったら永谷君のザックが中に運び込まれていた。外に置いておくのは悪いと思ってくれたらしい。普通、入れるなといわれるのだが、ありがたいことだ。そこからJR中央本線日野春駅に歩いて向かうと45分かかった。また汗をかいてしまった。 |
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駅に着いて列車を待っているとなかなか来ない。東京で強い雨が降ったらしく、列車が15分遅れた。その間、写真を撮ったりして過ごした。車内は込んでいて甲府ぐらいからやっと座れた。 |
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最後に結局ザイルを使ったのは小ギャップの下り、大ギャップの下りの2回。でも甲斐駒側から行けばどちらもフィックスされたロープがあるし、ロープがなくてもそんなに難しくないと思う。登ってないからわからないが。戸部さんに聞いたところ、難しさは槍ヶ岳北鎌尾根と同じくらいだそうである。北鎌尾根はザイルを使わなかったらしいし、北鎌尾根も行ってみたいものだ。 |