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この夏に甲斐駒と仙丈ケ岳に登ったときのこと。北沢峠から戸台へ下るバスから鋸岳を見ていた。中ノ川乗越が大きく切れ込んでいた。見るところとてもクライムダウンでは行けない。おそらくは懸垂下降。バスの運ちゃんは「あれが鹿窓で、高さ2メートルほどの孔があいています」とか説明していたが、そんなところよりもあそこをどうやって通過するのか考えていた。次にこの山に登るつもりだったからだ。(参考:甲斐駒ヶ岳・仙丈ガ岳の項)
鋸岳 --- 岩っぽい山に年に一度くらい行きたいと思い選んだ山である。どこに行こうかと考えて、三連休なので南アルプスの鋸岳にした。阿弥陀南稜なら一泊二日だし、北アルプスは遠いのでほどほどの遠さの鋸岳にした。メンバーにはいっぺん行ってみたいと言っていた斎藤さん、部室の飲みで誘った戸部さん、1週間前にメールで知らせてきた永谷君の4人になった。ルートはひと通り縦走したいと思い、釜無川林道から入り、縦走することにした。下りはどこへ下るあまり決めていなかった。
1日目 |
2003年10月11日 |
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11日、JR中央本線富士見駅集合。戸部さんと私は終電の関係で前日10日に小淵沢に泊まった。3連休とあってたくさん人がいたが、翌朝起きてみると半分くらいに人が減っていて、しばらくしたらみんないなくなってしまった。どうやらみなさん八ヶ岳が目的らしい。始電に乗って富士見駅へ向かった。 富士見駅は行ったことがない。県境に近いし、駅前何もないのではないかと思ったら一応いくつか建物があった。駅には斎藤さんと永谷君が待っていた。駅前にタクシーはおらずタクシーを呼ぶ。 |
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電話で呼ぶとすぐタクシーは来た。後ろに荷物を乗っけて、タクシーの運ちゃんに「釜無川林道の行けるところまで」といったら、「あそこは通行止めだよ」と言われた。ここで敗退か?と思ったが、入れるところまでということで、行けるところまで行ってもらうことにした。 タクシーに乗って話を聞くと、なんでも林道の途中に採石場があり、そこは工事用の車以外は入れないそうだ。日曜日は採石が休みだから、日曜日なら採石場の先まで行けるらしい。 採石場の手前でタクシーは停まる。人を通さないようにゲートがあって、しかも警備員がいる。2520円を払ってタクシーを降りる。降りてから警備員の人に「歩きも通行禁止」と衝撃の事実を告げられる。ここまで来て敗退か?と思ったら「河原を歩くぶんには誰も何も言わないから河原を通ってほしい」と言われた。ちょうどゲートの横から釜無川に下る道がある。 |
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いきなり河原歩き。河原が広がり、分流していて本流と言えるものもないような流れだが、歩いていると渡渉の必要がある。はじめのうちはジャンプしてこなしていたが後のほうになって、面倒になって靴を履いたままザブザブ渡った。 やがて大きな堰が現れる。4段50mといったところだろうか。1段目は簡単に登れるが、2段目以降が難しい。しかたないので左岸(*1)の車道に登ることにする。その斜面にはイバラが生えていてつかむと痛い。ヤブの登りの基本動作、「つかんで登る」ができず登りづらかった。登りきってみるとアクリルのシャツにたくさん草の種がくっついていた。 |
(*1)岸---上流から見て左側が左岸、右側が右岸。壁、俣などその他は下流から上流を見た場合になる。 |
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そのあとはえんえんホコリっぽい道をだらだら歩く。ときどきダンプカーが横を通るのでよける。持っている地形図が甲斐駒ケ岳なのでここがどこだかわからない。「あれが横岳峠?」「あれ鋸岳?」などと勝手に見当をつけながら歩いたが、道はまだまだ長くその見当はすべて間違っていた。 |
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道が一度右岸に渡って、そのあと左岸に戻るところが黒川出合。1時間歩いたので一本とる。と、どこからかおじさんが現れて鋸岳のアドバイスをしてくれた。どうやらおじさんは河原を歩いてきたようだった。 車道はだんだんと傾斜を増していく。道がS字に曲がるところにこのあたりの地図を示した看板があり、その柱に自転車が2台くくりつけられていた。誰かが登っているのだろうか。1480mあたりに車道終点、建造中の釜無川本谷第六ダムがあった。そこで一本。 |
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釜無川の流れはもう細く、飛び越えられるくらいになっている。上流のほうを見ると横岳らしいものが見えるが、横岳峠と鋸岳は川がカーブしていて見えない。横岳の西よりのコルはだいぶ低く、横岳峠がこのくらいの高さならすぐ着きそうだった。写真を撮る。戸部さんのポーズは若者が血潮にたぎっているような様子だ。これはJR富士見駅でタクシーを待っていたとき、戸部さんが劇団四季「ライオンキング」のポスターの主役のポーズにいたく感動し、この山行で写真を撮るときはこのポーズをとることに決めたのだ。(*2) |
(*2)良く分からないが、先と合わせてこの写真の解説を二重に行っている。それだけ戸部さんがライオンキングのポーズを取る事が印象深かったのだろう。 |
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歩き出すと道はすぐなくなり、木の生えている河原を適当に歩く。左岸にきれいな小屋があり、明かりに近づく虫のようにふらふらと寄ってみる。治水事業の作業員のための小屋らしい。そこらへんから道を見つけ、道をたどっていく。いっぺん右岸に渡り、左岸に戻る。赤テープがあり、迷うことはない。沢の中を歩くわけではなくちゃんと道がある。やがて二俣に出る。道は右俣の方へ伸びており、これにしたがって歩くと、しばらくで「富士川源流の碑」を見つけた。ここで一本とりつつ、水を汲んだ。一人4リットル以上。 |
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しばらく急な道を登り、倒木をまたいだりして歩くとだんだん斜面が緩やかになり、横岳峠。横岳峠は小広い休むのに適した平らな峠だ。3張りほどできるスペースがあり、水平なのでテントを張るのに適している。焚き火の跡もある。木が多く、展望はあまりない。甲斐駒の方を見ても露岩が見えるだけでこれからどんな登りなのかもわからない。早いけれども快適なのでここで泊まることにする。 |
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テントを張って焚き木を集め、火をたいた。集めた木は乾いておりすぐ火がついた。渡渉のときに濡れた靴と靴下を乾かしたが、私はいつも通り、靴下を焦がした。 鋸岳からは2パーティー下ってきた。2人のおじさんと3人の作業着を着た人。どちらも荷物が少なかったので、三角点ピーク往復だろう。三角点ピークだけなら日帰りできるし、危ないところはないそうなので。作業着を着た人はなんだったのだろう。下の治水工事の休みの日に登りに来たのだろうか。外でメシを作り、外でメシを食べて、テントに入る。寝る前に歯を磨いていたら雨がポツポツと降ってきた。明日の天気はどうだろう。不安にかられながらシュラフに入った。 |