![]() |
|
忘年ワンはアレだ、アレ。喉元過ぎれば熱さ忘れるってやつです。終わってしまえばどうってことありませんよ。下を読めばわかります。大した事ありませんって。
夜行日帰り |
2003年11月7日夜〜8日 |
![]() |
|
|
今年の忘年ワン(*1)は諸々の都合で大コンパが後回しになったので長津田巡礼後に部室に集合した。同じ1年会の鈴木に4年の中山さん、三井さんと共に松原さんの車に乗り込んで、大月へ。その車中で4年生3人そろって小屋の鍵を忘れていることが発覚。戸部さんに回収を依頼した。10時ごろにJR中央本線大月駅に着き、鈴木はジャージに着替えて出発する。「何やってんだよ〜、ふつう最初は走るんだよ。」出発直後に中山さんたちのほほえましい声援に背中を押されて私と鈴木は走り出す。そのまま走り去る車が見えなくなるまで走った。時間にして1分ないと思う。 |
(*1)忘年ワン---青梅線の川井駅あるいは中央線の大月駅から、甲府盆地と奥多摩の境界の柳沢峠まで夜間に歩くという行事。山での緊急時に山から下りて助けを呼べるようにするための訓練を兼ねている。いわばワンゲルの必修科目で、完走できなかった者は再履修となる。 |
|
甲州街道を歩いて1時間。鈴木が見えなくなった。その直後、三井さんたちが車を路肩に寄せて待っているのが見えてきた。写真をとってもらいそのまま先に進む。ほんの数分後、松原さんの車が横を通り過ぎていった。これで鈴木とはそれほど離れていないことがわかった。 ほっ、ハナめがねの刑(*2)を免れてよかった(笑)日付が変わった頃、JR中央本線笹子駅を通過する。この駅には今後もお世話になるだろう。笹子峠への分岐手前のコンビニで三井さんからヘツ電(*3)を受け取る。なんでもこの先は外灯もなく本気で暗いのだそうだ。それと差し入れに黒糖キャラメルをもらう。 いや〜ありがとうございます。歩きながら頬張れるので重宝しました。 |
(*2)三井君が差し入れた鼻メガネを一番後ろの走者がつけながら歩かねばならない、というルール。ただの思い付き。 (*3)ヘッドランプ(電灯)の略。ワンゲルはカタカナと漢字のチャンポンが多い。「ステ寝」(駅(ステーション)で寝ること)とか。 |
|
| |
|
笹子峠への道に入るとほんとに暗い。満月も近かったので月明かりがけっこう明るいのでヘツ電はいらなかったが、木陰に入ると目が慣れるまでけっこう時間がかかった。途中スクーターに乗った若者数人がすれ違った。すれ違う瞬間彼らが少し声を上げていたようだ。 ・・・リアルに(*4)幽霊を演出してしまったかな?笹子峠の道の最高点はトンネルになっている。これまでの道と同じく電灯などあるわけがなくはっきり言って、地縛霊の1つや2つでそうなほどなほど怖い。トンネル前で待っていた中山さんたちに催促されて、へツ電なしで突破しようとするが暗すぎる。トンネル内を抜ける風で聴覚は意味をなさず、平衡感覚も狂いそうになる(*5)。視覚だけが頼りとなるが、反対側の出口の向こうに見える月明かりを頼りに進むも、ごく小さな点でしかなくうっかりすると見失いそうである。見失ったが最後、方向がわからなくなりへツ電を使うことになるので必死だった。別にヘツ電を使っていいのだが(笑)。なんとか突破できたが、この後通った鈴木は普通にヘツ電を使ったとのこと。それが普通なんだろう。 |
(*4)リアルに---荒井の好きな言葉。荒井は仮想と現実の区別があいまいなので、現実に起こったことによく「リアル」という言葉をつける。ふつう省略しても文章は読める。 (*5)あまりに暗すぎて水平方向の感覚どころか道の傾斜もわからなくなってくる。はしゃいでジャンプしていたら、胸ポケットのデジタルカメラがぴょいーんと飛び出して、アスファルトにバウンドして動かなくなってしまった。 |
|
峠を甲州街道に向かって下りていると後ろから自動車に乗った人が来て、乗りますか?と聞いてきた。これが噂に聞いていた親切な人か。ありがたいがルールを守らなければならないので、事情を説明して断らせてもらった。ところでお互い様だが、あの人はこんな時間に笹子峠で何をやっているのだろうか? |
|
|
甲州街道に塩山へ分岐すると延々とブドウ畑の続く道を歩く。何もしてないのに途中よく犬に吠えられた。 |
|
|
空が白んできた頃にやっと塩山を過ぎて青梅街道に入る。そろそろ足がマジで痛くなってきた。重川(*6)を渡っていると先行していたはずの三井さんたちが後ろから来た。鈴木が行方不明だそうだ。大月ルートのときは必ず遭難者が出ると聞いていたが・・・私じゃなくてよかった(スマン)その直後、戸部さんが来た。丸いのと平べったいのどっちがいい?、と聞かれたので平べったいほうと答えたところ、パワーバーとオマケによっちゃんイカをいただいた。素敵フルな差し入れありがとうございました。少し行った後に、バス停があったのでそこでパワーバーを食べた。世界広し、と言えども下界でこれを朝食に食べるのは私くらいのものであろう。 |
(*6)「おもかわ」という名前の河川。柳沢峠はこの重川と多摩川の分水嶺である。 |
|
このあたりはリンゴ畑やブドウ畑の中のストレートな登りが延々と続き、しかも足が痛くて休んでは歩き休んでは歩きを繰り返していた。 |
|
| |
|
8時ごろ大菩薩の湯に着いて一本立てていると、松原さんたちが来た。無事に鈴木は見つかって塩山の近くだそうだ。2時間は差をつけたかな?この後の登りがまたしんどい。走り屋の皆さんが爆音を立ててすぐ近くを疾走していくので精神衛生上大変良くない。トンネルなどを通っているときなど轟音が頭を貫く。加えて、大菩薩の湯までにも増して変化の無い山の風景が続く。登り疲れて休んでいると、気さくなタクシーの運ちゃんに呼び止められた。どこまで行くのかと聞かれて柳沢峠と答えると驚かれた。考えるまでもなく当然のことであるが、さらに大月から来たことを言うともっと驚かれた。どうやらこの峠の上りで鈴木とおぼしき人物を見かけたらしいので、その運ちゃんは鈴木にも一言声を掛けると言って別れた。 |
|
|
この先も風景は変わらないが、カーブが増えてくる。もう足もかなりキていて普通に歩くのもしんどい(*7)。ヘアピンカーブを曲がるたびに立ち止まって休んでいた気がする。こんなにヘロヘロになっても最後くらいは景気をつけたい。そこで峠の最後の50mはダッシュ!かなり加速が遅いが、最後は熱血系ドラマの最終回の如くジャンプしてしめた。到着は10時40分くらい。柳沢峠の標高は1400mチョイ。塩山からは1000mアップはした計算になる。自分のことながらよく登ったもんだ。こうして、のべ12時間半に及ぶ戦いは終わりを告げた。 |
(*7)100回くらいカーブを曲がる。その度に道がまだまだ続いていて精神的に苦しいらしい。私は大月スタートじゃなかったのでよく知らない。 |
|
その後は中山さんと山小屋に行き、まだ到着しない鈴木のことも頭から消えるほどに眠った。(度々スマン)夜は、表彰式(*8)をして、鍋を食べて、酒を飲んで、生まれてはじめて酒でreverseして、私も鈴木もすぐ潰れてOBからクレームをくらって、寝た。そして翌日は前日に通った大菩薩の湯に入って、無事、東京に帰っていった。 |
(*8)1等荒井の賞品は高度計、2等のケンイチには鼻メガネ。 |
|
どうです? 大した事ないってわかったでしょう。私なんてこれを読んでも・・・あれ?何で目から熱いものが流れるんでしょう?こ、これはたぶん気のせいです。ええ、大丈夫ですよ。どちらにしろ今となっては笑えますし、まず体験できない珍しい経験となったってことです。 |
commented by Nakayama |