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1日目 |
2002年10月12日 |
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日光男体山は二荒山神社から入って往復日帰り登山の、デイパックサックを持った中高年登山者が多い。私達もそれらに混ざって、バスに乗り込み男体山へと向かう。日光市街地の広葉樹はいまだ青々としていて夏の面影を多分に残しているのだが、バスがいろは坂にさしかかり、その高度を蛇行しながら徐々に詰めていくと、周りの葉もそれに従ってその瑞々しい色味、青色を落として黄紅色に移ろっていくのが面白い。中禅寺湖が見えてくるともう目的地だ。登山口となる神社では入山料なるものが徴収され、一人五百円ほど支払う羽目になる。只、その代わりに登山お守りと山の簡単な地図が貰える。 |
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遥か昔には修験者が、神が宿る二荒山、その霊験を求めて苦労の果てに辿りついた、常人を寄せ付けない山奥に居を構える二荒山神社も、今では日光市街地から中禅寺湖に通じる道路が開発された事により、誰でも入ることの出来る様になってしまった男体山の見張り番の役を担っている。豆知識として、ここは山岳信仰の山であり、男体山は二荒(ふたら)山と呼ばれていて、二荒神信仰(どんな神様かは知らないが)というものが元々有ったそうな。そして、その名前「二荒」を音読みすると「ニコウ」=「日光」となり、現在の地名の由来がここの山岳信仰から伺える(*1)。 |
(*1)もっとうんちくを語っておくと、二荒山神社は男体山そのものを御神体としている。神社の裏の山や森の中に神がいる、という考え方が一般的だが、明示的に山そのものが神であるところは珍しいと思う。ふつう、神社の裏の山は神が棲んでいるので人が入ることは禁忌とされている(明治神宮、伊勢神宮など)。神聖な領域に入ったことを自覚するために入山料を払うのだろう。 |
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それはさて置き、神社の裏手に登山口が有り、そこから入山するのだが、最初の方は何度か自動車道と交差しながら急勾配の樹林帯を登る事になる。先にマイカー登山で入山したと見られる中高年を抜かしながら登っていたのだが、道が狭く、又、時間にかなりの余裕が在った事もあり、周りの歩速に合わせて登っていく事にした。登山みたいな長時間運動ではオーバーペースで歩いていると直ぐにばててしまう。逆に自分のペースよりもゆっくり歩いていると、それはまるで散歩のような快適さで登る事が出来るだろう。正にこの縦走そんな感じで、中山と私は終始話をしながら意気揚揚と歩きつづける事が出来た。 |
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針葉樹の合間に見られる広葉樹は金や紅の化粧を施し、土色をした本来地味な大地を、その周りだけくっきりと華やかに彩っている。後ろを振り返った際に目の前に広がる景色には、西方の彼方にどっしり構えた白根山からは左右にぐるりと峰が連なっており、その間に囲まれる様にぽっかりと大きな口を広げた湖が、アクセントになって見るものを楽しませてくれる。二人揃って取り囲む景色に感嘆し、只々素直に今回の登山を楽しむ事が出来た。他の登山者達も皆楽しげで、大きな犬(ラブラドールレトリバーだろう)を引きつれて歩いている人も居た。この山はアプローチが簡単で高低差が少なく(*2)、さらに、一部はガレてはいるものの登山道も結構整備されているので、家族連れで登るには持ってこいと言えるだろう。 |
(*2)二荒山神社から男体山山頂まで標高差は1200mあるので、少ないとは言えないだろう。ただ、歩きやすいのは確かである。 |
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頂上付近では地面がボクボクとした土くれのような岩場のような地形をしている。その色は赤茶けており、鉄分を多く含んでいるようだ。中山は、私が地球惑星科学科に所属していると言う理由で、このような特徴的な地質を見るとやれ説明しろだのと五月蝿いのだが、生憎私の専攻は天文なので中途半端な聞きかじった知識でしか対応できないのだ。ぱっと見で分かるのは、こういう黒ずんだゴツゴツした岩場というのは火山により形成された場合だろう。とりあえず黒くて構成粒子の粗い岩は珪素含有量の少ない火山岩(玄武岩とか)と覚えておけば、そんなに間違いでは無い筈だ。 |
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だいたい5時間程で頂上に着いた。そこには日本神話辺りの有名なオッサンの像が立っており(実はここは世界遺産である二荒山神社の奥宮であり、こんな失礼な事を書くと右翼に狙われそうだ)、その周りにちょっとした空き地が広がっている。まだ昼前だったので、二人は陽気を全身に浴びて昼寝をし、穏やかな(山時間における)午後を楽しんだ。流石に秋の山は気温が低く、30分もすると時折吹く風の為に体が冷えてきて、一通り写真を撮り風景を満喫した後でさっさと下山し、麓にある志津小屋へと向かった。下りに用いた道は少々荒れており、こちらから登る人が少ない事が伺える。やはり皆は往復登山で済ませてしまうのだろう。途中の立ち枯れた木に登ったりしながら、まるで小学生の遠足の如くはしゃいで下っていった。最近の中山氏の弾けぶりはかなりのものであり、私と二人で居る場合は両方ボケの為、途中で疲れるまでいつまでもボケ倒しが続いていく。やはり永谷のようなツッコミが必要になってくるのだろう。 |
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下山すると、中山は今回のような楽な縦走をしてしまった所為で、明日一人で女峰へと向かう気がしなくなったようだ。志津小屋はなかなか立派な作りの2階建てで、だいたい25名くらい泊まれるんじゃないだろうか。ただ、この小屋の唯一にして最大の欠点というものが水場である。事前情報では水場が在るという事だったのに、なぜかそこには汚い貯め池がぽつんと在るだけだった。仕方が無いので綺麗な部分だけラーメン用に沸かして使う事にした。小屋の夜は秋だけあって非常に寒かった。やはり防寒着は必要なようだ。小屋の二階に泊まったのだが、ここは採光が乏しく非常に暗い。そんな時に、ドラえもんの便利道具並に蝋燭が役に立った。蝋は芯さえ有れば幾らでも光源が出来るので、蝋を幾つにも分割してトイレットペーパーで作った芯を指しこみ、どんどん灯りを増やしていった。こうして暖かい灯りに取り囲まれて、男二人の幻想的で穏やかな、それは穏やかな夜が過ぎていった(*3)。 |
(*3)夜中に集団が来て4時間ほどの睡眠ののち出ていった。けっこううるさかった。 commented by Nakayama |