東京工業大学ワンダーフォーゲル部

2002年雪山合宿 - 南ア光岳・茶臼岳[4/4]

3年 戸部 孝広 Tobe Takahiro
メンバー:戸部(3), 永谷(2), 三井(2), 八木沢(2), 車(1)

4日目(停滞)

2002年3月18日
茶臼小屋(泊・停滞)

 三井の状態を見る為、一日停滞とした。少しでも良くなってくれれば、と考えていたが快方に向かう様子は見られなかった。ヘリを呼ぼうかとも考えたが、あんな事で怪我した奴のためにヘリを使うなんて馬鹿らしいことはする気になれない。それに登山は自力下山が大原則である。

 結局三井の足が良くなる気配も見られないので、翌日から、ここまでのルートを戻って下山する事を決定した(*1)。仁田岳以降ならば樹林帯で特に危険なところもないし、テン場もたくさんある。三井は痛がっているが、びっこを引きながらでも何とか歩けるので空身で歩かせれば、時間さえかければ何とかなるだろうと考えたからである。いざとなれば引きずって下山すればよい。敗退の決定である。私が持ってきたビールを飲み就寝する。

(*1)夏季であれば、上河内沢沿いの登山道を通って一日で畑薙第一ダムへ下れるのだが、冬で沢沿いの道が使えないため。

5日目

2002年3月19日
茶臼小屋…茶臼岳…仁田岳…易老岳(泊)
南アルプス南部の地図

 下山を開始する。三井の荷物はほかのメンバーで分担して持ち、三井は空身とした。プラ山を無理やり腫れた足に履かせて出発する。通常の3倍くらいの時間をかけてゆっくり歩く。三井は痛そうだが、自業自得である。アイスバーンの所などは特に通過に時間がかかる。蹴り込めないので慎重にならざるを得ない。

 その日の天気は良く晴れており、これから行くはずであった稜線がよく見えていた事が印象に残っている。私は三井に付き添いゆっくり歩いていたので、周りの景色をずっと見ていた。忘れ物をしたような気持ちで聖へと続く稜線を何度も見返していた。

 17時ごろまで行動し、易老岳からさらに下った平地でテン張った。ここからならば翌日は数時間で下山できる。三井のプラ山は一度脱がすと履けなくなる恐れがあるので、履かせたままで就寝した。

6日目

2002年3月20日
易老岳…易老渡(泊)

 易老渡には4時間ほどで着いた。登山道の途中で、タクシーを呼ぶ為に永谷を先に行かせることにした。永谷は運良く工事関係者の車を捕まえることが出来、無線でタクシーを呼んでもらうことが出来たらしい。登山口に到着後1時間ほどで朝日タクシーが迎えに来た。

 飯田駅に到着後は飯を食って風呂に入ってバスに乗って東京に帰った。打ち上げは後日行う事にして新宿のバスターミナルで解散した。

 結局私の現役最後の合宿は敗退という形で終了した。あのルートは茶臼を過ぎてから(*2)が面白い部分であっただけに、消化しきれていない気持ちが残る。聖岳に行けなかったのは残念であったがまぁ仕方が無い。ちなみに三井の足はやっぱり骨折していた。打ち上げには松葉杖で登場しましたとさ。これに懲りて、三井君がもう少し良く考えてから行動に移す人に成長・・・・・する訳ないか。

(*2)予定では茶臼岳から上河内岳から聖平へ行き、聖岳を往復して易老渡へ下る予定であった。

commented by Nakayama