アプローチ |
2001年12月14日 |
|
白毛門(*1)。雪上訓練の場である。これを書いている時点で2度行っている。今から書くのは一昨年の12月、2001年の山行のことである(*2)。 |
(*1)八木沢はすべて「白髪門」と書いていた。ここでは修正したが、確かに間違えやすい。 (*2)もう一つは2002年度雪山の項参照。 |
|
そもそも私が雪山パーティーに参加した理由は、夏の山に登ったならじゃあ冬の山はどうなっているのだろうという単純な理由からであった。「白毛門」という怪しい名前に不気味さを覚えつつも、電車で一路土合へと向かった。実はこの間には「ジ○イアールとの戦い」という章があるのだが、それについては触れません。同じ電車に確か一橋大の皆さんがいて、何人かが引っかかっていたような。ちなみに何故白毛門などという奇妙な名前がついているのかというと、山頂直下の二つの岩が通称「ジジ岩」「ババ岩」とよばれるからだそうな。 |
|
|
土合駅の階段は500段だかそれくらいあり、登山者のやる気をしっかりそぐことで有名である。上の方がガスっているのがまた怖い。文字通り「怪談」の雰囲気をひしひしと醸し出している。ブルーになりながら登りきって、やっと地上にでた。外にでて雪の量を確認したりしながら、その日は眠りについた。 |
1日目 |
2001年12月15日 |
|
翌日。この日は長かった(汗)。 身支度を整え、いざ出発。取り付きのところで細い橋(*3)をわたるのだが、今回は渡った瞬間からすぐラセール、じゃなかったラッセルがはじまった。ちなみに2003春の白毛門では入る前の駐車場から熾烈なラッセルが始まっているのだが。。 でけでけ登っていく。雪が顔にふりかかってきて、まつ毛が凍るのにはびびった。 |
(*3)東黒沢にかかる鉄製の小さな橋。これを渡ると白毛門山への急登が始まる。 |
|
あっそうだメンバーの紹介をしなければ。メンバーは、リーダーが戸部さん、サブが俵田さん、で、三井、永谷、俺、あと車の6人であった。テントは4テン(*4)を二つ持っていった。テントは確かに二つ持っていった。テントは。 |
(*4)4人用テント。東工大ワンゲルではエスパースを用いている。 |
|
ずかずか登って、松ノ木の頭(*5)についた。ここで一通りの雪上訓練を行う。アイゼンの使い方や滑落停止などなどである。とにかく今覚えていることといえば太陽がまったく見えなかったことと、なにか嫌な予感がしていたことであった。 そのときは全く突然にやってきた。 |
(*5)白毛門山の途中にある山。このあたりで森林限界をこえる。 |
|
ひととおりの訓練が終わり、テントを張ろうとしたまさにそのときであった。 「6テン用ポールキターーーーーーーー!!」 なんと俺が4テン用ポールの代わりに6テン用のポールを持ってきてしまったのであった。パーティー全員に緊張の色が走る。もちろん俺は凍りついた。なんとかポールを刺せないかと試行錯誤してみたり、雪洞を掘ろうとしてみたがうまくいかず、結局4テンに6人が入って寝ることになったのであった。 |
|
|
この夜のことは・・・。なんだったかなあ。とにかく長かったことしか覚えていない。俺が車のスパッツを燃やしたことくらいしか(笑)。あとたまに外に出て雪かきをした。 そんなこんなでこの夜は更けていった。 |
2日目 |
2001年12月16日 |
|
朝。行動食を食べて、速攻で出発。行きの長さに比べたら、帰りはあっという間でした。 そんなこんなで再び土合につきました。水上に戻り、ラーメンき○らのじゃーじゃータンタンメン(*6)を食べて、安らかな眠りについたのである。 |
(*6)伏せ字にする必要はないと思うが、雪山訓練のあとはこれを食べて帰るのが慣例となっている。 |
|
ってなわけで、もう記憶がないので、すごくいいかげんなことしか書けませんでした。すいません。ただこの山行から強引にでも教訓をひきだそうとするならば、「装填するまえに、ポールは中身をきちんと確認しよう」くらいなものです。 |
commented by Nakayama |