東京工業大学ワンダーフォーゲル部

2002年里ワンしまなみ海道[1/5]

3年 堀井 浩之 Horii Hiroyuki
メンバー:堀井(3), 佐藤(3), 藤田(3), 中山(2)

アプローチ

2002年3月8日
東京駅=(JR東海道本線・快速ムーンライトながら)=神戸駅=(JR山陽本線)=福山駅(地下道泊)

 福山集合ということでどうやって行こうかなと思い、私自身夜行電車というものに乗ったことがなかったので、ムーンライトながら(*1)に乗っていくことにしました。幸い電車に詳しい中山がいるので、彼に連れて行ってもらうことにしました。しかし、ながらの指定券が取れなかったので、デッキに座ったり寝転がったりしながら西へ西へ。

快速ムーンライトながら乗車。指定券がないので1本前の列車に乗り、小田原で乗車。すでに午前1時をまわっていた。デッキに座るのでドアがあくたび寒い。しばらく本を読み、富士あたりで寝た。

堀井さんと藤田さんと私の3人がムーンライトながらで、佐藤さん一人が夜行バスで福山に向かった。

(2年 中山による記録より)

(*1)快速ムーンライトながら---東海道本線東京−大垣間を走る夜行の快速列車。青春18きっぷが使えるため、多くの乗客でごったがえす。全車指定席。

 途中姫路で下車して姫路城を観光してから、福山に着いたのが午後4時ぐらいだったような。福山に降りる時に藤田が「尾道集合じゃなかったっけ?(*2)」と大馬鹿なことを言っていたが、一緒の電車に乗っていなかったらどうなってたことやら。着いてからは適当に時間をつぶして、地下道でステ寝。しかし寒い。翌日の新聞で確認したら最低気温2度だったらしく、寒さに戦いながらのステ寝でした(*3)

(*2)しまなみ海道・尾道〜今治ルートは約80km。ふだんの里ワンの距離100kmに合わせるため尾道より20km手前の福山をスタート地点とした。

(*3)翌日歩いていたら霜を見かけた。

 出発地は福山。しまなみ海道(尾道〜今治ルート)は尾道が始点だが、尾道〜今治だと100kmに満たないため、尾道の20km手前の福山からスタートする。で、大垣でムーンライトながらを下車。姫路行きの快速に乗る。米原で新快速(快速より速い)の連絡があったらしいが、気付かず眠っていた。姫路までにすくなくとも3回新快速に抜かれた。堀井さんが明石海峡大橋を見たらしいが、私は山側を見ていたので明石の天文台を見て満足した。

 姫路で下車。福山に早く着いてもしかたないので姫路城を見に行く。世界文化遺産だかなんだかで、料金もお高い。600円。払う。天守閣まで長かった。姫路でまた下り電車にのって福山へ。大垣から福山まで姫路でしか乗り換えなかった。福山についても藤田さんは寝続けていた。尾道まで行くと思っていたらしい。

 福山はダイエーがあったりして意外に栄えていた。でも駅のみやげ屋でとなりの市の「尾道ラーメン」をのぼりにかかげるのはどうかと思う。福山城があるのでそれを見た。日が傾き、影になると肌寒い。地下道でねた。とても寒かった。

(2年 中山による記録より)

しまなみ海道の地図

1日目

2002年3月9日
JR山陽本線福山駅…向島

 寒い寒いといいながら出発。出発そうそうまた糞馬鹿の藤田が「尾道大橋ってこっちじゃなかったっけ」と東に行こうとしているのを補正して国道2号沿いに西へ。 途中バイパスがあったので私だけ回り道をして、他の3人はバイパスに吸収されていた。後で話を聞けば、トンネルが500mぐらい続いたり、一般道より何十メートルも高いところを歩いていて、居心地が悪かったような(*1)

(*1)里ワンで言うと、小河内ダム直前の長いトンネルみたいなのを何度も通り、地上50mくらいの陸橋を渡った。途中、山陽本線が下を走っているのを見てがんばって下まで下った。

福山駅前で出発写真その1
福山駅前で出発写真その1。中山「行くぞー」
福山駅前で出発写真その2
福山駅前で出発写真その2。左から佐藤、藤田、リーダー堀井。

 そんなこんなで、当初目的地としていた尾道大橋の手前に13時ごろ全員集合。ここで私堀井がJAをスーパーだと勝手に勘違いしていたため、いざJAを見て愕然。農協かよ!と勝手につっこみを入れつつも、さぁ困った。橋の向こうの向島が結構発展してそうなので(*3)橋を渡っちゃおうということになり、みんなで向島へ。

(*2)JA---Japan Agricultural Co-operatives、農協のこと。農作物の出荷や苗の購入の手続きをするところ。

(*3)本州と因島を結ぶ尾道大橋は尾道市街地よりも東よりで、我々は尾道を通らなかった。

尾道大橋
本州を離れ、向島へ。1つ目の橋、尾道大橋を渡る。
佐藤
佐藤。橋の上で。

 向島に入ってすぐに、ユアーズというスーパーがありここで買い出し、近くの公園で寝ることにした。ちなみに晩飯はハヤシライス。朝飯は炊き込み飯とコンソメスープ。以後食当藤田の職権乱用にメンバーは悩まされることになる。あと、中山が気象を取るが誰も天気図は読めないので、藤田が携帯電話で天気を確認してそれを信じて以後行動していたような。

兼吉第一公園
1日目のテント場、兼吉第一公園。
ブランコと藤田
ブランコと藤田。

 予定は尾道まで。いいテント場が見つからなかったので先に進み、向島で寝た。福山駅から少し歩き、国道2号線にそって歩く。だんだん暖かくなる。2号線と平行する川沿いに歩く。カモがいた。その斜面には霜がおりていた。道理で寒いわけだ。昨晩は氷点下だったようだ。

 やがて道は高架橋に入り、高速道路のようになってきた。自動車しか走っていないし、トンネルは長いし、信号・交差点はないし、歩いている人も自転車の人もいない。いくつかトンネルを抜け、高い陸橋の上を行く。と、眼下に線路が交差している。。山陽本線?だったらこの道はどこへ行くの?そう思うとあせって歩いた。その線路沿いの道に復帰する。どうやらいままで通ってきたのはバイパスのようだった。

 尾道市に入るあたりで向こうから来る中学生くらいとそのおじいちゃんらしき人の二人組に会った。とつじょ、私の目の前で自転車を降り、「どこまで行くんですかい?」と聞かれた。今治まで行くことを話したら別れぎわに「いい思い出になるから十分楽しみなさい」と言われた。尾道市に入って見かけないものを見た。大きな貨物船の船のへさきが地上30mほどのところに浮いているのである。尾道は造船が盛んなようだった。本州から次の向島にかかる尾道大橋の見えるコンビニで集合なので後続を待つ。いくつか船が隣の向島に出ていた。すぐそこに見える。海を隔てて200mといったところか。

 本州側にテント場を探す予定だったが、ありそうにないので、向島に渡る。初めての四国への第一歩だ。斜張橋を渡り、向島へ。ちょうど水もトイレもある公園を見つけ、そこで寝た。

(2年 中山による記録より)