東京工業大学ワンダーフォーゲル部

2001年忘年ワン

2年 八木沢 勇介 Yagisawa Yusuke
出走者:八木沢(2), 三井(2), 車(1)

夜通し歩き

2001年11月某日
JR中央本線大月駅…塩山駅…柳沢峠…ワンゲル小屋(泊)
忘年ワンの地図

 忘年ワンキターーーーーーーー!!  忘年ワンか・・・。これはなんのためだか知らないが、深夜に山梨の田舎のあたりを走りまくり(後述のように俺は歩いていたが)、膝を痛めてみんなでマゾになりましょうという呆れた企画である。これは書きすぎた(笑)。忘年ワンというものは、自己の精神と肉体向上のため、夜を徹して走るというわれらがワンゲルにふさわしい行事です。今年度の参加者は以下の3人である。

車 拓哉
当時1年。当時からその浮世離れした言動・行動で周りを唖然とさせていた。
八木沢 勇介
当時2年。2年からワンゲルに入った。筆者。
三井 達也
当時2年。前年度は参加直前に膝を痛めて無念の棄権となっていたため、この年にかける意気込みは相当なものがあった(はず)。

といったなんともまあ形容しがたい三人でバトルが始まりました。

(*1)本来一年生に課せられたイベントだが、この年はまだ歩いていない2年生2人も参加になった。

 某月某日、JR大月駅に3人は集合した。そこには松原さんwithカローラワゴンと藤田さんが待っていた。トイレで着替え、いざ出発! と同時に、閃光のように駆け出していった一人の勇者がいた。車である。あいつは道程をほとんど走っていたらしい(汗)(*2)。三井と俺もつられて走り出した。しかしなんとも暗い道で、大きい車がぶんぶん走っていて、怖い。。山梨は田舎だなーとかどうでもいいようなことを考えているうちに、いつしか三井の姿が見えなくなり、俺は一人ぼっちになった。

(*2)小・中ではサッカー、高校ではハンドボールをやっており、走り込んだ距離は他の人の比ではない。

 とぼとぼ歩いていると、初狩駅が見えてきた。確かここまで1時間30分?はかかっていたはず。「これだけ歩いてまだ1駅?」と軽く鬱になりながら通り過ぎる。そしてさらにあるいていき、コンビニが見えてきたところで、そこにはなぜか松原さんと藤田さんがいた。なんでもここから通る笹子峠が通行止めになっているため、トンネルを通りショートカットするというものであった。そのときは嬉しかったが、今にして思うと通ってみたかったという気持ちもなくはない(*3)

(*3)峠道は峠でけっこう恐いトンネルを通る。

 トンネルを過ぎ、道程は第2ステージにはいった。ここらへん(笹子→塩山)は車もなく、ブドウ畑が点在するという非常に寂しいところである。当然歩いてどんどん進んでいくと、比較的大きい道路にでた。ここで再びM&Fコンビに出会う。差し入れを持ってきてくれたのだ。その優しさに俺は心を打たれ、それから2日間は二人の舎弟となることを肝に銘じたのであった。 ここらへんは微妙に車の通りが多く、ヤンキーの兄ちゃんたちに励まされたりもした。

 で、塩山市内についた。ここらへんは信号が多く、どの道を行っていいかわからない。さらにいい加減疲れてきた漏れ(*4)は、地図を楽観的に見るようにし、「柳沢峠まであと5km」などどいうアホなことを考え必死に自分を励ましていた(実際は後十数kmだったはず)。第3ステージは、塩山→柳沢峠である。ここから先はすべて登りなので大変きつい。しかも明かりがヘッドランプと月明かりだけなので怖いことこのうえない。北の方角がどちらかわからない俺は、カシオペア座をみながら街道を歩いていった。人生でカシオペア座を役立てるのは後にも先にもこのときだけだったであろう(笑) 。

(*4)「オレ」の打ち間違いか、インターネットの掲示板群、2ちゃんねるでよく使われる一人称。その起源はやっぱり打ち間違いだと思う。

 いよいよ、ラストスパート、柳沢峠ののぼりにさしかかった。ちなみに全く登場してこない二人(すまない)は、俺のかなり先をいっている。ここらあたりから膝が痛み出し、カーブを一つ越えては休み、また越えては休みといった動きを繰り返した。途中の空き地で休んだりもした。

 そして・・・ 朝8時?だったか、やっとこさゴールした。この喜びは言葉ではいいつくせない・・・と言いたいが、2年たった今となっては全く覚えていません。残念なことに。

 その後はお約束の山小屋での発狂、そして温泉につかった後のんびり帰りました。

commented by Nakayama