沢パーティー事故報告書
沢パーティ 山行報告書
作成日 平成12年 7月 4日
作成者 沢パーティリーダー 斎藤 聡
1. 今回起きた出来事の概略
我々沢パーティが今回起こしてしまったのは、計画の最終下山日を過ぎても下山できず、
そのために連絡人である長浜さんをはじめ、家族の皆さん、OBや警察の方々に多大なるご
心配とご迷惑をおかけしてしまったことである。この報告書はその山行の記録を記すとと
もに、そのような事態に陥ってしまった理由を挙げるためのものである。
→なお、我々の通ったルートを記入した当該山域の地形図、および資料として用いたヌ
ク沢・左俣と鶏冠谷・右俣の遡行図(山と渓谷社、「奥秩父・両神の谷100ルート」より)
は部室にあるので、そっちで手に入れて下さい。
2. 山行計画
計画立案者 斎藤 聡
山行名 沢トレーニング山行第3弾
山行日時 平成12年7月1日(土)から7月2日(日)
予備日 0日
山域 奥秩父(ヌク沢左俣遡行〜鶏冠谷右俣下降)
パーティメンバー
リーダー 斎藤 聡 (3年)
サブリーダー 俵田 隆哉 (2年)
その他 藤田 淳哉 (2年)
中山 有 (1年)
永谷 達也 (1年)
連絡人 長浜 謙太 (OB 4年)
携行装備
ザイル:φ9mm×40m×3本 (2,3年が一人1本)
ハーケン×6、ロックハンマー×1、医療箱、ラジオ、
6人用テント、鍋セット、背板、ガス缶×3、ガスヘッド×2、
食料:米(朝食分3合×1、晩飯分5合×1、予備4合×1)、カレールー、乾燥野菜、
ウインナー、お茶漬けのもと(←いずれも1食分)、砂糖1kg弱、紅茶ティーバ
ッグ、コンデンスミルク100g
個人装備:沢タビ、ハーネス、カラビナ、テープシュリンゲ、ヘルメット、
シュラフ、シュラフカバー、カッパ、銀マット、防寒着、ヘッドライト、
ポリタンク2g×2、地形図(25000分の1):金峰山、雁坂峠
コッヘル、ナイフ他、
(カラビナ、テープの数は個人によって異なる。今回の山行において不足
するようなことはなかった)
3. 山行記録
6月30日 (金)
各自で塩山駅に向かう。9時40分頃現地で全員集合。
塩山タクシーの建物に泊めてもらう。
11:30 就寝
7月1日 (土) 天気:晴れ、16:00〜18:00にかけて雨
4:15 起床
5:00 タクシーで西沢渓谷に向け出発
5:30 西沢渓谷着
6:00 ヌク沢出合着
6:20 遡行開始
これ以後、1時間おきくらいに休憩をいれて、順調に沢をのぼる。
14:30頃 沢を詰めて稜線に出る
15:45頃 戸渡尾根との分岐あたりにビバーク地を決める←テントが張れるようなスペー
スがなかったため。テントは張らず、フライを木に結び付けて屋根代わりにする。
16:00 気象図をとろうとするが、地震報道が優先されてしまって作成できず
16:00以降 飯を食い、18:00頃就寝
7月2日 (日) 天気:晴れ、16:00以降時折強い雨→夜は止む
3:40 起床(予定より40分寝過ごす)→朝飯 →撤収
5:30 ポリタン1つをもって、甲武信岳のピークに向け出発(空身ピストン)
5:55 ピーク着 →少し休憩した後、テン場に戻る
6:45 鶏冠谷に向け出発
7:00 戸渡尾根のガレ場から下降、沢すじを目指す
これ以後、1〜2時間ごとに休憩をいれて沢を下降した
懸垂下降の回数としては、16回(うち3回はザイル2本を結んで用いた)
17:00以降 日没の時間を考え、ビバーク適地を捜しながら下降する
19:00頃 滝の下にビバークできそうな場所を見つけ、そこへの懸垂下降をこの日の最終行
動とする。(この時は気づかなかったが、次の日にこの滝が遡行図上の‘逆「く」
の字の滝‘だと確認した)
20:00頃 あたりはほとんど真っ暗だったが、全員がビバークポイントに着き、ビバークを
決行する
ビバークの状況について:
場所はまさに滝の直下付近。テントがちょうど1つ張れるほどの広さがあり、テントを
やや無理やり張る。全員ぬれており、雨も降っていたので寒さをしのぐためにもこれは必
要だったと思う。ただし、上から見えていたよりも水際に近く、さらに時折強く降る雨に
より、ビバークした場所と水との高度差はビバークしている間に最短20cmほどしかなくな
った。そのためその時点では川の増水を恐れ、すぐ逃げられるようにカッパを着たり厚着
したりするだけで、シュラフに入るようなことはしなかった。ザックはテントの外に残し、
脱いだ沢タビなどはもしもの時に流されないよう、それなりのところに置いておく。とり
あえずもってきていた米4合を炊き、ふりかけをかけただけの夕飯をとる。これ以後は寒
さに耐えられるよう、1時間おきにガスを空焚きした(2:00頃には紅茶を作って飲んだり
もした)。メンバーには仮眠を取るように言っておく。気象をとることを考えたが、電波の
状態がよくなくあきらめる。寒さ(3時頃テントの外に出てみたが、吐く息が白かった)の
ため、全員あまり眠れなかったと思われる。
7月3日 (月)
4:00 紅茶を沸かし、藤田の個人装備のチョコレートなどをわけて食べる
4:45 撤収開始
5:30 テン場を出発
この後、懸垂下降を2回行い、出合まで2時間で下降した。
7:30 沢出合着 →連絡人に携帯電話を使って、下山報告する
メンバー各人に親に連絡をいれてもらうが、電波が不安定で途中で途
切れてしまったりした。もっと電波の入るところへ下って電話するよ
うに言う。
8:20 西沢渓谷着 →タクシーを呼んで塩山駅に向かう。
4. 今回の事故が起きた理由
・ 鶏冠谷の下降に相当時間がかかった
今回の事故の最大の理由である。ザイルを出した(懸垂下降した)回数を見てもわか
るかもしれない。ほぼ「ザイルを出した回数=10m以上の滝or崖の数」と見なしてよく、
こんなに懸垂下降を試みた山行は経験したことがない。懸垂下降をするには、ザイルを
出して木などに設置する、懸垂下降で下降する、ザイルを回収するというプロセスを含
めると、1度につき5人パーティーなら早くても30分はかかってしまうだろう。場所や
ザイルの絡み具合によってはそれ以上かかる。
また、尾根からの下降地点を間違えていた可能性が高い。遡行図に記されている地点
よりも大分上流に降りてしまったようなのだ。このことは沢を下っている時にも気づい
たが、それは遡行図と合わない(載っていなかったり、登るにはあまりに困難な)滝が
多かったためである。それでも地形図とはよく一致しており、自分たちの位置は大体見
えていたので、普通に下ることだけを考えてしまっていた。時間的に完全下降が無理だ
とわかった時点で尾根に出るなどすべきだったのかもしれない。
・計画時に鶏冠谷をなめていた
この山行を計画する上で、ただ漠然と「金曜夜立ちの日曜帰り」の山行になるだろうと
勝手に想像し、予備日のことなど全く考えていなかった。予備日の重要性をあまり認識
していなかったということも挙げられる。もしこの沢には地形的に滝が多数あるといこ
とを知っていれば、予備日を1日つくるか、ルートを削るなどしただろうが、何しろコ
ースタイムが出合から尾根まで3時間半とあったために、沢全体のレベルを甘く見てし
まっていたのである。「沢の下降点を間違えても、沢を下っていれば必ず合流する、それ
に沢も難しくなさそうだから遅くとも9時間くらいだろう」というのが計画時の考えで
あった。朝寝飛ばしながらも甲武信岳のピークに行ったのは、その現れだったと言えよ
う。
5. 今回の行動を振り返って
今回の山行で初めて自分のリーダーとしての資質を問われた気がする。自分では下降中
に冷静でいられたと思っているが、悪場の通過ではザイルを捨てる覚悟までした行動を1
度とったり(ザイルは回収したが)、またビバークを内心決めながらも日没すれすれまで行
動したりと、疑問のある行動をとってしまった。その時やはり焦っていたのだろう。しか
しながら、「ビバークを安易に決めるよりも確実に安全なところを目指せ」という昨年行っ
た文登研夏研での教えもあるように、敢えて危険の潜む場にとどまるよりも、それより先
の安全なところへ行ったほうがよい場合もある。もちろんこれは行くべきルートの状態を
知った上でのことであるから、今回の場合には当てはまらないかもしれない。今回は「沢
の下流は楽だからそこまで行ければ」という希望的観測を信じ、その期待は裏切られるも、
運良くテントがはれるようなビバークポイントを見つけることができたというだけのこと
かもしれない。ただ、雨が降る沢という危険な場においては、ある程度臨機応変に行動す
るべきであると思う。ビバークを決めたらなるべく早いうちに行動を終了する、という常
識を完全に信じて実行するだけというわけにはいかないだろう。もしこの報告書を読んだ
人の中で、似たような状況に陥ることがあったとしたら、このことも頭の片隅に置いてお
いてほしい。
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